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坂条 伸

第1話 転生×登校

 夢を見ていた。


 夢の中のおれは、倒壊したビルの中で傷だらけになりながら、かけがえのない女性を両腕に抱き抱えている。


 腕の中にいる女性は、今まさに生命の終焉を迎えようとしていた。


「ありが、と……ぅ」


 女性は最後の力を振り絞り、笑顔でお礼を伝えてくれる。


 最後の言葉を残して、眠るように逝ってしまった彼女の、様々な姿と声が走馬灯のように浮かんでは消えていく。


 少しずつ冷たくなっていく彼女を抱きしめながら、ぼく自身の命もまた、その灯火が失われていくのを感じていた。


 どうしたら彼女を守れたのだろうか。

 死にゆく最後の瞬間まで、彼女の亡骸を抱きしめながら、そのことだけを考えていた……。



 わたしはただ、そのことだけを考えていた……。






  ◇◇◇◆◆◆






「さあ朝だよ、起きてミコトちゃん!」


 目覚まし時計のアラーム音を遮ぎるように、起床を促がす幼馴染の声で目を覚ました私は、寝起きの気怠さを隠さすことなく彼女と朝の挨拶を交わした。


「ゔー、おはよーユキ……」


「おはようミコトちゃん。なんだから早く準備しないと遅刻しちゃうよ」


 そう言って私を急かす彼女は木花こはなゆき

 身長は一五〇センチほどで、髪型は短めのボブカット。物怖じしない性格な上、可憐で天真爛漫という言葉がぴったりな、隣の家に住む幼馴染だ。実は私たちだけでなくお互いの両親も全員幼馴染で、昔から家族同然の関係でもある。

 双方の子供が一人っ子で同い年ということもあり、生まれてから十五年間、何処に行くにも一緒だった。


 ユキは寝起きの良くない私の手を引いて、隣にある幸専用の部屋へと向かう。


「何となく今日は女の子な感じがしたから、もう下着と制服の準備はしてあるよ」


「むぅ、いつもありがと」


「わたしが好きでやってることだから。それよりも、わたしたち今日から高校生だよ。遅刻なんてしちゃったら、その後のくらすかーすとが大変なことになっちゃう」


 また何かの漫画かアニメで得た知識なのだろう。言い慣れていないからか少し言葉遣いがたどたどしい。



 私の名前は天津あまつ命音みこと。十五歳の高校一年生だ。

 ユキの言う通り、先日入学式が終わり今日から授業が始まる。少し特殊な学校へと進学したため、どんな授業なのかは具体的には分からないが。


 私たちが通うことになったのは国立三河探索者高等専門学校、通称『三河探専みかわたんせん』だ。

 のせいもあり、選択肢は他には無かったのだけれど……。


 この世界には不思議なことに、魔法や魔物といったファンタジー特有のものが実在していた。というのも私には前世の、三十歳まで生きた男性の記憶が少しだけあるのだが、その前世の世界には魔法や魔物なんてものは全く存在しなかったのだ。


 今から三十年以上前、この世界の西暦一九九九年の七月。東京を含む世界各地にあるメガシティ八都市の中心地に、不思議なエネルギーである魔素マナを生み出す巨大な樹木、世界樹ユグドラシルが突然出現したという。

 それ以降、世界中に満ちた魔素による影響で、魔物アダプターが生まれたり、迷宮が発生したり、人類の一部が魔法ギフトに目覚めたりと、当時はとんでもなく大変だったようだ。


 かく言う私もこの世界に生まれた時から、何の役にも立たないが魔法を持っている。

 その魔法の名は〝三身流転トリニティ〟と言い、眠るたびに性別が変わってしまうという能力だった。

 女性、男性、そしてそのどちらでも無い中性の三つ。完全にランダムであり、両親が言うには寝ている間に何度も性別が変わっているようなのだ。

 私の家に、隣家に住むユキの部屋があるのも、女性のときに必要なものを母とユキの二人で管理しているからでもある。

 寝ている間に性別が変わるのは、私が魔法を制御出来ていないからであるらしく。制御出来るようになる為には、迷宮に入り魔物を倒して、魔物が体内に保有する魔詛マソを吸収する必要があった。


 魔法の制御に関しては、成人までに出来るようになることが義務として法で定められており、私たちには進学先の選択肢が三河探専以外には存在しなかったのだ。



 ユキの部屋へと連れていかれ、いつも通り身だしなみを入念に整えられる。

 ユキは楽しそうにしながら、一晩で背中辺りまで伸びた私の髪に丁寧に櫛を入れた。


「ほんとミコトちゃんの髪の毛、さっらさらだよね。はすっごい癖っ毛なのに不思議」


 私の魔法は性自認まで強引に変化させられるのだが、ユキは幼い頃から一緒にいたためか、私を性別ごとに明確に区別しつつも、基本的には同じスタンスで接してくる。

 慣れているので女性や中性のときはまだ良いが、男性のときは少しどぎまぎとさせられた。

 性的指向が女性であることと、それが性別が変わっても変化しないことは、ユキにも伝えてあるのだけれど。


 いつもそうだが、ユキは時間がないと言いつつも、女性のときの私の準備には一切手を抜かない。

 登校時間ぎりぎりになり、仕事に出かけた母が用意してくれた朝食を二人で急いで食べると、駆け足で学校へと向かうこととなった。



『国立三河探索者高等専門学校』



 愛知県三河地方にある高等専門学校、謂わゆる高専の一つでもある私たちが通うこととなったこの三河探専は、迷宮に巣食う魔物を間引くための迷宮探索者を育成する学校であり、通常の高専とは違う点がいくつかあった。


 まずは入学資格が魔法に目覚めていることのみ、であることだろう。

 魔法に目覚めていない者は例外なく入学が出来ず、逆に魔法に目覚めている者は半ば強制的に入学させられることになっている。

 殆どの魔法が他者にとって危険であることから、制御方法を学ぶためにも仕方がない側面があった。


 つぎに通常の高等専門学校が五年制であるところ、探専は三年制であり普通の高校と変わらない点だ。

 三年制であるために、高専では可能な大学への編入は当然出来なかった。

 これについては、毎年一定数の探索者を確保するためであり、我が国の国防政策の要でもあるので、短期間での人材育成は急務でもあった。

 また、国防政策でもあるため一定以上の評価さえあれば、卒業後は防衛大学への進学が無試験で可能となっている。


 そして専門の科目である「迷宮探索」の授業だ。

 現役で活躍している迷宮探索者を招聘して実際の迷宮にて行うため、高度に実践的なことを学べる一方で、その危険度から毎年少なくない死傷者が出ていた。



 一時間ほど電車を乗り継いで、県境にある閑散とした駅へと辿り着くと、そこから更に専用のバスへと乗り換える。

 駅のバス停から見上げた小さな山の頂上に、これから通う高校の校舎があった。


 山頂に建っている校舎以外は、全て山林といった景観であり、何となく眺めてみただけでも明らかに迷宮だろうと思われる、空間が歪んだような箇所がいくつか確認できる。


 この世界の迷宮とは、魔物と化した一部の樹木群の固有魔法により形成された、特殊な異空間のことを指す。つまり此処は、迷宮と魔物に囲まれた危険地帯ということでもあった。



 山頂へと辿り着いたバスを降りると、満開の桜たちが私たちを出迎えてくれる。


 桜の花びらが舞い散る中、隣を歩くユキを見ると、同じタイミングでこちらを見た彼女と同時に目が合う。

 何となくおかしく感じて、一頻り二人で笑い合うと、浮き立つ心を抑え校舎に向けて歩き始める。


 こうして私たちの、少しだけ特殊で期待と危険に満ちた、新たな高校生活が始まった。



—————————

▼《Tips》



 西暦一九九九年七月二十一日、世界各地にあるメガシティのうち、カイロ、ジャカルタ、東京、デリー、上海、ダッカ、マニラ、ニューヨークの八都市の中心部に、忽然と天を衝くような巨大な大木が出現した。

 世界中の人々が気付いた時には、地面が隆起して生まれたかのような丘に大木が聳え立ち、元々あった建造物や生物は、まるで最初からそこにあったかのように地面ごと移動していたという。


 突然現れた三〇〇メートルを越える不可思議な大木を、世界中の様々な分野の科学者たちが調べた結果、大木が自ら放射冷却を起こし、巨大な枝葉に集めた朝露と早朝の僅かな光で光合成らしきことを行い、酸素を発生し二酸化炭素を固定化した上で、同時にしていることを突き止めた。

 大木が使用しているエネルギーと放出しているエネルギーは全く同質の同じものであり、そのエネルギー効率は非常識なことに二〇〇%にも達することが分かった。


科学者達は枯渇する危険のない、その夢のようなエネルギーの利用方法を夢中になって模索したが、それが解明される前に世界は急激な変革を迎えることとなった。

 大木が放つエネルギーに影響を受けた鉱物の一部が変異し、一部の生物が進化(変態)を始めたのだ。

 やがて、人類の中にも不思議な力を発現するものが現れ始める。


 世界中の為政者と科学者達は、大木を「世界樹ユグドラシル」、未知のエネルギーを「魔素マナ」と名付け、魔素マナに適応して進化した生物を「魔物アダプター」、魔物や人類の一部が使用できるようになった特殊な力を「魔法ギフト」、魔法に目覚めた人類を「魔法士ギフテッド」と呼称することにした。

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