言語空間におけるクールさんと天然ちゃん

かめにーーと

私たちの制約について

「えっと……ここは?」

「いらっしゃい」

 何もない白い空間に、純白のワンピースを着た黒髪の少女がいた。

「あなたが目を覚ましたら、私はこの世界について説明することになっているわ」

「そうなんですね……」

 辺りを見渡す。

「何もない真っ白な空間で、びっくりしちゃいました」

「そうね。最初は驚いても無理はないわ。ここは何もない空間であるのと同時に、すべてがある空間でもあるのだから」

「えっと」

「順番に説明するから。まずは聞いてみてくれる?」

「はい……ありがとうございます。なんだか、初めて会うようには思えませんね。……あ、ごめんなさい、変なこと言って」

「それも無理ないわ。なぜなら、この空間では私たちの関係性だけが定義されているから」

「……?」

「いずれそのニュアンスはわかるわ。逆に言えば、関係性以外は全くの自由なの。私はいまこんな格好をしているけれど」

 彼女がそう言ったと思った瞬間、それまでの純白のワンピースから、カーマインのニットに花柄オフホワイトのスカートといった格好に変わっていた。

「服は自由だし」と言った瞬間、紺色のセーラー服に変わっていた。私の服も、いつのまにか彼女と同じデザインのセーラー服に変わっている。

「時空間においても自由なの」

 辺りは白い何もない空間から、自然豊かな野原に変わった。

「あれは……翼竜?」

「そうね」

「小学生の頃図鑑で見たことあるかも……。すごいプロジェクションマッピングだね」

「いえ、本物よ」

「え?」

 そのうちの一頭が私たちを見つけ、襲いかかる。

「きゃっ」

 その瞬間、私たちは違う世界にいた。

 紫色の雨が降っていて、やけに粘っこい。先ほどまでの世界とは一転して、あたりに自然はなく、灰色の景色が広がる。

「これは核戦争後の世界ね。大型の哺乳類は絶滅しているわ」

「えっと、ということは、人間も?」

「地球にはいないわ。宇宙のどこかにいるんじゃない」

「これは……現実に起こりうることなの?」

「そうよ。そして私たちは、現実を超えることができる」

「え?」

 彼女はそう言うと、

たhとがsdががdがhぐおおhkんだgふぁふがghrがgじうふぉfshぐふぉfはごふgふぉgGhdaoghdogaXんお˜ø˜∂øhごあhg

 中略

ふぁおがfbゔぉfんbんjfhbsfjibjhofuvsSDgそfじょshっs?+*`

fgじゃおふgはおfhgbhgんbzxOñuujnvaoaることもできるのよ」

「わ、わぁ、すごかった。ちょっと、言葉では説明できないかも」

「私たちは言語空間をも超えることができる」

「うん、でもそれは理解できなくて説明不可能なんだね。体感はできた気がするけど」

「その認識もどこまで信じられるかは怪しいものだけど」

「そっか……私たちは時空間も言語空間も超えられるんだね」

「理論上はね」

「?」

「実際にはMOTHERの制約がある」

「どういうこと?」

 すると私たちは再び翼竜のいた時空間に舞い降りた。

「ほら、周りの景色を見て。翼竜は今出ないようにしているから、安心して観察できるから」

「うん」

「何か気づくことはない?」

「えっと……ちょっと、景色がぼやけているような……?」

「そうね。簡単に言うと、この世界は解像度が低い」

 すると私たちは教室にいた。なんだかしっくりくる。

「次は、この世界をよく見て」

「うん……あれ、今度はぼやけない」

 机の上にカッターの切り傷でI'll be back.と描いてある。それをなぞると、木の机の窪みをありありと感じることができる。

「これを私はMOTHER EFFECTと呼んでいる」

「……どういうこと?」

「まずこの世界を生み出すには、母なる存在、MOTHERがいるはずなの。でなければ、何もない無から私たちは生まれたことになる」

「?」

「何もない無から生まれるよりは、MOTHERなるものがこの世界、そして私たちを創造していると考えるの。つまり、そういう仮定を置く」

「うん」

「そして、創造された世界の出来の良さには、MOTHERの特性が影響する。ここは西暦2021年の日本の高校のある教室だけど、この解像度はやけに高い」

「うん、廊下の掲示のフォントまでしっかりしてる」

「でも、さっき見た翼竜のいる世界では、近づいてもぼやけていたでしょ? MOTHERの特性がそこに現れている」

「ふうん、そうなんだ」

「まあ、これは事実の一つの解釈にすぎないけどね。MOTHERの作る世界は、どうやら21世紀の日本の解像度だけが特出して高い」

「へえ」

「その辺の制約はいずれ見えてくると思うわ」

「うん……ところで、この世界には、私たちしかいないの?」

「そんなことないわ。たとえば……」

「やっはろー!」

 白い空間に、ポピーレッドのお団子頭の女の子が現れた。

「すごい! 可愛い女の子が現れた! あなたのお名前は?」

「私の名前は百合ヶ浜百合だよ!」

「わぁ。明るくて素敵な名前だね……そういえば、私たちに名前はあるの?」

「私たちは『特別』だから、固有の名前はないの。でも、便宜上名前を与えることはできる……詳しいことはいずれ説明するわ。とりあえず、私は『クールさん』と呼ばれることが多い。あなたは『天然ちゃん』と呼ばれることが多いわ」

「へえ。私は天然ちゃんなんだ……って、自分で言うの恥ずかしいな」

「まあそれはいずれ慣れるから」

「じゃあ、くーるんと天ちゃんだね!」

「百合ちゃん、すごいフレンドリーだ……!」

「では百合さん、またあとで」

「うん! 今日はすっごい楽しかった!」

「明るくていい子だなあ。じゃあね!」

 すると、彼女は姿を消した。

「えっと、私たちは、時空を越えられるんだよね?」

「そうよ」

「じゃあ、今の百合ちゃんとの会話の記憶は、百合ちゃんの中にあるのかな……?」

「それは、私たちが望めば、望むように、どうにでもできるわ」

「すごい、なんでもありなんだね」

「MOTHERの制約の中でならね。そうだ、MOTHER自身も呼び出すことができるのよ」

「えっ」

 私はしばらく身構えていたけど、誰も現れなかった。

「やっぱり、それは無理なんじゃ……」

「いえ、もういるわ」

「嘘! でも見えないよ?」

「それもMOTHERの制約ね。でも、話すことはできる。何か質問してみて」

「えっと、MOTHERさん、いますか?」

「はい」

 機械的で中性的な声が聞こえた。

「すごい、ほんとにいるんだ」

「MOTHERが本当に実在するのかは、わからない。でも私たちには知覚できるから、『いる』と考えるのが自然だと思う」

「それがさっき言ってた微妙なニュアンスということだね……えっと、MOTHERさん、翼竜のいた時代と、21世紀の日本でこの世界の解像度が違うのはなぜですか?」

「それは……MOTHERの限界……クールさんの言う"MOTHER EFFECT" と解釈してもらって構わない……解像度を上げることは可能……でも、疲れるから、しないだけ……」

「省エネさんなんだね」

「MOTHERさん、フェルマーの最終定理の証明について説明してもらえませんか?」

「わからないし……説明しても君たちが理解できるかは別……」

「……そうなの?」

「実はそうなの。私たちにも、MOTHER EFFECTと同じような制約がある」

「どんな?」

「私たちの知識は、高校二年生レベルに制限されているみたいなの。もちろん、努力でそれを上回ることは十分に可能。……でも、実現不可能なものは無理みたい。例えば、英語をネイティブレベルに話すことは可能だけど、三カ国語以上をネイティブ並みに話すのはまず無理みたい。一般の女子高生には不可能だからね」

「そうなんだ……」

「でも別に、それでも考えることはできるし、知識を身につけることはできる。制限はあるけど、普通に生きる分には気にならないわ」

「そっか、確かにフェルマーの最終定理の証明を知らなくても普通に生きていけるもんね……」

「そういうこと」

 bye MOTHER

「あ、MOTHERさんいなくなったみたい。まだまだ聞いてみたいことはたくさんあったのに」

「いつでも呼び出すことはできるから、焦る必要はないわ」

「うん……この世界のこと、だんだんわかってきたかも」

「でも、まだ説明していないことがあるわ」

「え……そういえば、最初に『私たちの関係性だけが定義されている』って言ってたよね、それはどういうこと?」

「それがまさに最後に説明しようと思ったことよ」

 すると私たちの身体は透明になり、ある公園のベンチの近くにいた。ベンチにはクールさんに似た長髪の少女と、私に似ているミディアムボブの少女が仲睦まじく座っていた。

「左側に座っているのが、北条みゆき。右側に座っているのが、南山こだま」

「クッキーを食べながら、楽しそうに談笑してるね」

「これは、『みゆきとこだま』という世界に射影された私たちの姿よ」

「え……なんか似てるなと思ったけど、そうなの?」

「ええ。私たちからは彼女たちを知覚できるけれど、その逆はできない」

「そうなんだ。……あれ、こだまさん、すごい顔赤くない……?」

「そろそろ行きましょう」

 世界が変わる直前に、みゆきさんの後頭部がこだまの顔の前に重なるのが見えた。

 次の世界は、同じく公園のベンチだが、丘の上にあって見晴らしが良かった。

「ここにも私たちに似た人たちがいるね」

「左側に座っているのが、野坂緑。右側に座っているのが長津碧」

「えっと、この世界では、クールさんに相当するのが緑さんで、私に相当するのが碧さんってこと?」

「そうなるわ」

「……今度は、緑さんの顔が、ちょっと赤くない?」

「その傾向があるみたいね」

「なんというか、なんとなくわかったかも」

「察しがいいわね。これは『鴨の羽色』の世界の私たちみたい」

「ふうん」

「どうやら私たちにも、MOTHER EFFECTみたいな効果がはたらいているみたい。さっきいった高校二年生の縛りとはまた別の制約」

「それはどんな……?」

「私は、比較的頭が良くて、学校では勉強ができるみたい。真面目で努力家だけど、恋愛は苦手で悩みが多いみたい。あと……まあこれはいいわ」

「なんだか気になるなあ。ちなみに、私は……?」

「自分で考えてごらんなさい? たぶんスラスラと出てくるわ」

「えっと、私は、本が好きで、天然な面があるけど優しい女の子みたい。あと……自分で言うのは違う気がするけど、……可愛い美少女みたい。でもメンタルはあまり強くなくて、不安定みたい。あと、……うう、これはやめておこうかな」

 スラスラと自分を説明する言葉が出てくることに驚いた。中には気恥ずかしくて言えないこともあったけど。

「ほら、説明できたでしょ。……たぶん、最後に言い淀んだのは、あなたも私も同じようなことだと思うけど」

「これが関係性の制約なの?」

「いいえ。そうじゃない」

「そうなの?」

「なぜなら、この関係性には名前がないから」

「え?」

「じゃあ、私たちの関係をどう説明するの? 天然ちゃんは、私のことをどう思ってるの?」

「え……照れるけど……、優しく誠実に説明してくれるし、なんだか頼り甲斐があるし……いい人だなって……」

「それだけ?」

「え……そう言われると、難しいなあ」

 クールさんは頷いた。

「その反応で正しいわ。私たちの関係性は定義されているけれど、そこには自由度があって、名前がない。そして、完全には説明しきれない。だから、世界を通して、物語を通して、間接的にしか知りえないの。……言ってることはわかる?」

「うーん、……正直、よくわからないかも」

「素直でいいわね」クールさんは微笑んだ。

「ところで、実を言うとね、私はクールさんじゃないの」

「え?」

「正確には、『クールさん』じゃなくて、知覚可能な名前で言うと、『クールさん842-391031531番』なの。で、あなたも『天然ちゃん842-391031531番』だから。でもいちいちそれを言うのはあまりにもめんどうだから、単にクールさん、天然ちゃんって呼ぶわ」

「?」

「今はまだわからなくてもいい。……それで、大事なのは」

 クールさんは私をじっと見つめた。

「私たちの関係性が定義された以上、『物語』が始まるの」

「えっと……?」

「関係性が定義されると、物語が始まる……これも、この世界の制約の一つね。今はわからなくてもいい。どうやらあなたは実際に体験して初めて理解するタイプみたいだから」

「うん……。じゃあこれからも、クールさんと一緒にいられるってこと?」

「そうよ。私たちが望む限りはね」

 そう言って、彼女は微笑んだ。

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