昨日、彼女が死んだんだ

ジェン

プロローグ 彼女は死んだ

彼女は死んだ

 二礼、二拍手。

 赤く腫れた瞼を閉じる。


「もう一度神代さんに会いたい」


 芹澤紫月せりざわしづきは独りごちた。


 紫月にはどうしても叶えたい願いがあった。


 それは、神代礼佳かみしろれいかとの再会。

 叶うはずもない願いだった。


 だが、人間が神に願うのは叶うはずもないことだ。


 人間に叶えられる願いなら神には頼らない。

 神は不幸な人間しか助けてくれないのだから。

 いや、不幸な人間さえ助けてくれないこともある。


 それでも紫月は願い続けてきた。

 いつも礼佳がいたこの神社で、叶うはずもない願いを馬鹿の一つ覚えのように唱え続けてきた。


 一礼し、嘆息する。


 礼佳はもういない。

 好きだった彼女はもう死んだ。


 心にぽっかりと開いた穴を秋の肌寒い風が吹き抜ける。

 この穴を埋められるのは礼佳だけだ。

 この心を温められるのは彼女だけだ。


 紫月は両腕で自らの身体を抱きしめた。


 鎮守の森が慟哭する。

 赤い葉が雨のように降ってくる。


 赤く色付いた空に佇立するもみじの木を仰ぎ、紫月は涙をこらえた。


 礼佳と一緒に見上げたもみじの木。

 空に届きそうなくらい高く、夕日よりも赤いもみじの木。

 彼女も見下ろしているだろうか。

 それとも、隣で一緒に見上げているだろうか。


 視界が白くぼやけて、生温かい雫が頬を伝う。

 それはやがて冷たくなり、夕日の光を反射しながら落ちる。


「神代さん……」


 震える声でぽつりと呟くと、もみじの木はざわめいて赤い涙を流した。


 すぐそばに礼佳がいるような気がした。


 もう一度神代さんに会いたい。

 もう一度神代さんと一緒にこのもみじの木を見上げたい。

 その日まで僕は願い続けるよ。

 僕にはそれくらいしかできないから。

 僕は神様に頼ることしかできないから。


 赤色が影を帯びる。

 もうすぐ夜になる。


 紫月は涙を拭って踵を返した。

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