リヴ・スレイヴ・スレイプニル

寿屋

1-1. 最近の物語はだいたい理不尽から始まる

 山間の小さな村が燃えていた。

 その燃える村にある、他と少しだけ造りの異なる家の中。


「――ガキか」

「ああ。殺す?」

「いやちょっと待て。頭領が、この家にガキいたら連れて来いって言っている」


 ふうん。という気の無い返事をした男は、持っていた戦鎚を肩に担ぎ直してさっさと家を後にした。


「おい、俺が持ってくのかよ」

「ガキ苦手なんだよ」


 取り残されたもう一人は放心状態の少年を見下ろし、「俺だって苦手だっつの」と悪態をついて猫のように首根っこを掴んだ。


「ちっ。意外とおめぇ」


 そう零すと外に繋がる扉に向けて力任せに腕を振るう。先ほど重いと表現したにも関わらず、少年は軽々と投げ飛ばされ、開け放たれたドアから放り棄てられた。


 夜の村の地面に転がった少年は、そこで初めて外の状況を理解する。いや、理解はしていない。ただ、村の様子が目に飛び込んできたことは確かだった。


「ひっでえよな。まあ、俺らがやったんだけどよ」


 横たわったままの少年の後ろに立った男が、周囲を眺めてそう言う。返事も反応もないことに首を傾げたが、1秒後にどうでもいいことかと思いなおすと、やにわに少年の横腹を蹴り上げた。


 激しく咳き込む様子を見てまだ身体は死んでないことを確認すると、再び後ろ首を掴んで今度は強引に立たせる。


「うちの頭領が連れて来いってよ。これ以上怪我増やしたくなきゃ自分で歩け」


 そっちだよ、と指差された方向に彼は目を向けると、ややあって黙って歩き出す。それを後ろから眺めていた男は、呆然としたままの少年がふらつきもせず足を動かしていることに少し驚いた顔をした。


 夜が明るい。


 真上の空はいつも通り、吸い込まれそうなほど暗いが、地上は煌々と灯りが灯っている。これ程明るいのは年に一度のお祭りの時しか覚えがない。


 そう思いながらも一度として口は開かず、少年は松明のように燃える家々に挟まれた道を通り、この惨状を引き起こした元凶まで自ら歩を進めた。


――


「こいつか」

「そうそう」


 頭領と呼ばれる男は、俯いて立つ少年をじろじろと四方から眺めた後、目の前でしゃがみ込むと不意に肩や腹をまさぐりだす。それを見た周りの男達がどっと囃し立てた。


「お、頭領ついにそっちもイケるようになったんすか」

「見た目悪くないですもんね。俺は男は勘弁ですけど」

「ちげえよ」


 商品を品定めする手つきだったが、それも終えるとまた立ち上がる。


「悪くねえな。所詮この世は血筋、ってか」

「頭領?」


 独り言が何を意味するのか分からなかったが、一先ず満足そうな頭領を見て周りも納得する。別に不都合が起きていないなら、まずはこの村の整理の方が先だった。


「こいつの母親は?」

「いや、生け捕りは無理だったぜ。美人だったけどよ」


 報告を聞いて再び周囲が盛り上がる。どちらかと言うと今度はブーイングだった。


「おいおい、ネルともあろうもんが、生け捕りも無理ってどういうことよ」


 一人が訝し気に聞くと、ネルと呼ばれた男は少年を見、そして頭領を見た。


「顔立ちからして、ここらの奴じゃないんだろ、こいつの母親。曲刀みたいなの出してきて、めちゃくちゃ強かったぜ」

「……へぇぇ?」

「ちなみにルギと2人でも手こずった」


 ネルの言う「めちゃくちゃ強かった」だけでも半信半疑だったが、最後の言葉を聞いて少し場が静まった。視線がルギと呼ばれた鎚を持つ大男にも注がれたが、その男は鼻息を一ついただけだった。しかし否定しなかったことでネルの言が正しいことが証明され、削がれていて興味がぶり返す。

 ネルとルギが手を焼くほどの女がいる家。なぜ頭領はその家に執心したのか。


「ここら辺の女じゃないのは、そうらしいがな。母については俺も良く知らん。俺が知っているのは父親の方だ」

「ふうん?」


 相槌で先を促したネルを、しかし頭領は鼻先の笑い一つでいなした。


「まあ別に気にするな。特に金になる話じゃねえし、こいつが貴き血や、ましてやご落胤って訳でもねえ」

「あ、そうなんだ」


 てっきりそっちの線かと考えていたネルは拍子抜けしたように呟く。それを聞いて頭領はくっくと笑った。


「そういう事だ。そこらのガキと変わらんさ。まあ、見所はありそうなんでな。こいつはこの隊の奴隷として連れていく」


 その言葉に反対する者はいなかった。落とした村の人間を奴隷として売り出すことは多い。ただ道中の管理が大変なので高値で売れそうな人間のみに絞っているが。

 しかしネルは「この隊の」という言葉を聞き逃さなかった。


「隊で飼うってことか?」

「そうだ」


 肯定した後、少し驚いたような周囲を気にかけず、頭領は少年に目を向けた。


「ガキ、お前の名は」

「……」


 虚ろな目をした少年は声を出さない。目の前の男がやれやれと溜息をついた瞬間、音が鳴り少年が倒れ伏す。裏拳で振り抜かれた頭領の手の甲には血が付いていた。


「教わってるだろ。聞かれたことには答えな」


 立てと命じられ、今度は素直に立ち上がった後、少年は頭領の目を見て呟いた。


「ウル」

「ウル。……そうか。大層な名をもらったもんだ」


 この場の誰一人理解できない言葉を呟き、頭領のリンドウはウルの目を覗き込んだ。


「今日からお前はウチの奴隷だ。金さえ払えば自由も買える。せいぜい強くなれ」

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