戦いの後の酒

 目を開ける。戦場に飛ばされる前に見た、だだっ広い部屋の中に自分たちを認める。

「はああぁ、疲れた!」

 その場で座り込むクリプトン。

「お疲れ。いい戦闘だった」

 手を差し伸べられる。

「ハイドロもな」

 差し出された手を取り、クリプトンは立ち上がる。

「腹減ったな。街のことはクリプトンの方が詳しいだろ? いい店、連れてけよ」

「いいぜ。職探しで散々歩き回ってるからな」

 二人の戦闘員は、何もない部屋を後にするのだった。




 ネオン街の一角、二人の男がブラックスーツに身を包み、食事を楽しんでいた。

「ハイドロ、ビルの廊下で見たあの五人。アイツらはどこの国の奴らなんだ」

 ハイドロは酒を一つまみ、口に含んでから答える。

「全員、“コイオリード”だ。クリプトンも知ってるだろ?」

 その国の名前はクリプトンも知っている。二人のいる国、“プッイ”の一番の敵とされている国だ。

「コイオリードか……今はプッイが押されてるって聞いたけど、本当?」

 ハイドロは頷く。

「それは事実だな。前年に比べて二十パーセント増で、プッイの戦闘員が殺されてる。その分、プッイに不利な条約や決まりが強制締結されてる。ここ最近の物価上昇も、そのせいだ」

 戦争と非戦闘員の生活は切り離せないのだと、最近まで非戦闘員だったクリプトンは理解した。

「俺、尚更、強くならないと」

「手伝うぜ」

 ガリウム暴れる照明の下、二つの頭が頷き合った。


 ハイドロの太っ腹な奢りに目が飛び出た後、店を出る。疑問に思っていたことを聞いてみようとクリプトンは考えた。

「ハイドロが街でブラックスーツを着るのって、その探し人が原因だったりすんの」

 ハイドロの話だと、戦闘員だけは街でもブラックスーツを着る必要はないと言っていた。

 頭上を迷う電球虫が飛び去るのを眺めてから、ハイドロは振り返る。

「証明材料が正確ではないから非自明だけど、大まかに言うと、目立たない方がいいと思って……」

 言い終わる前に首を振る。

「回答を先にすべきだったな。どちらかと聞かれると、答えは“はい”だ。悪いな。せっかく卒業したダサスーツをクリプトンにも着させて」

 戦場でなくてもハイドロはゴーグルを付けているため、クリプトンには彼の表情が読めない。

「俺はブラックスーツ生活がイコールで年齢だから、慣れたもんよ」

「謎に決まってるわけだ」

「それ、褒めてんのか?」

 フッと笑って、ハイドロは歩き出した。

「俺といない時はドレスでも着ていればいいさ。じゃあな。また迎えに来る」

 どうせ暇だろうから、と付け加える声は、足音と共にネオン街へ消えていった。


 ブラックスーツがここまで似合わない人間は初めて見たと、ハイドロの後ろ姿を見て思う。

「ゴーグルのせいか?」

 さりげなく主張が激しいネオン色たちを眺め、クリプトンはネクタイを緩めて反対側へ歩いていった。







 情報を大量に含んだ分子が巡る管を避け、ハイドロは未来に計算式を与えていた。

 通り過ぎる人、人、人。その一人一人の、誕生からの原子動向を探る。


 違う、コイツも違う。


 こんな日々を、数えるのも億劫な時間、続けている。求める核の声、見た目、色、求めては求めては、より遠くなっていくように思える。追いかけるように数を流動させても流砂に飲み込まれる感覚∴証明不可能。思考細胞がもう一つあればと、何度妄想したことか。

 躁鬱を患った貯蓄方程式。漫ろ歩きする森羅万象。二人のソクラテスは、侃侃諤諤に一と六を競う。パッチワークで完成された惑星は謀略を隠密に遂行する。自分がすべきことは、どちらだろう。

 テンプルから手を離す。今日も見つからなかった。

 永遠の夜を今晩も見下す。ゴーグルの下に光る目は、何色なのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る