第四局

お誘い

 ウィリアムズ君が転校してきてから、一週間。

 彼は、クラスどころか学年の枠をも飛びこえて、学校にすっかりなじんでいた。

 明るくて素直で、気さくな彼。

 何より、元から日本語をしゃべれるっていうことが、仲良くなる上でかなり大きな役割を果たしていたんだと思う。

 同級生も下級生も上級生も、みんなが、ウィリアムズ君のことを好きになっていく。

 休み時間には、いつだって彼の周りは友達でにぎわっている。

 そんな様子を、私はほとんど遠目にながめているだけ。

 それでも、いつ見ても彼が笑顔で楽しそうに過ごしているのは、他人事ながら安心したし、嬉しくもあった。

 同じクラスでも、私とウィリアムズ君はほとんどしゃべらない。

 私は一人で本を読んでいることがほとんどで、あまり友達らしい友達もいない。

 対するウィリアムズ君は、授業の間の休み時間には必ず誰かしらと一緒にいる。中間休みや昼休みは、他の教室から遊びに来た人たちに引っ張られて、どこかへ行ってしまう。

 だから必然的に、私たちは、放課後の将棋クラブくらいでしか、きちんと顔を合わせることはない。

 それでも、私たちの付き合いは、クラスの中の誰よりも濃いものになっていた。

 だって私たちは、クラブのある日は、最初から最後まで、ずっと一緒に将棋を指し続けているんだから。




「負けました」

「はい。ありがとうございました」


 投了の意思表示をしたウィリアムズ君に、深くおじぎをする。

 顔を上げると、目の前に座る彼は、「もう! もう! もう!」とくやしそうに地団駄をふんだ。あんまりもうもう言ってると、牛になっちゃうよ。


「何でこんなに勝てないの!? 君、最初に話した時は、あんまり強くないかもって言ってたじゃないか!」

「わ、私に聞かれても……」


 実際、私だって、学校のクラブの外では勝ったり負けたりのくり返しなのだ。

 今のところは、ウィリアムズ君相手だと勝ちが続いているけれど、それも単に調子がいい日が続いているからっていうだけ。いつ私が負かされたっておかしくない。

 そのくらいには、私とウィリアムズ君に大きな実力差はない――


「(……はず、なんだけどなあ)」


 盤をにらみつけてうんうんうなっているウィリアムズ君。

 週に二日、クラブがあるたびに私と対局しているけれど、彼は一度も勝てていない。そろそろストレスもたまっているんじゃないだろうか。

 ――あれ? でも……

 盤に目を落としたまま、眉間にぐっとしわを寄せた彼に、私は、ふと気になったことを聞いてみた。


「……ウィリアムズ君って、私以外と将棋、指してる?」

「え? 指してないよ?」


 まさかの即答である。


「えっと……何で?」

「だって、このクラブじゃ君が一番強いんだろ? だったら、君と指し続けたほうが強くなれると思って」

「……なるほどなあ」


 まっすぐすぎるその答えに、私は思わず苦笑いした。

 強くなりたいなら、強い人と指せばいい。それは確かに正しいんだけれど、ウィリアムズ君の場合はあまりにも極端すぎる。

 将棋は負けて強くなる、なんて言われるけれど、それは半分嘘だ。

 色んな人とたくさん指して、そして、勝ちを重ねてこそ強くなれる。私はずっとそう思っている。

 だから、ウィリアムズ君にも、ぜひとも経験してほしくなった。

 たくさんの人と指す楽しさ、そして、勝つことの嬉しさを。


「ウィリアムズ君、土曜日って、ひま?」

「え?」


 我ながら唐突な質問に、ウィリアムズ君が目をぱちくりさせる。


「予定はないけど……もしかして、将棋してくれるの!?」

「半分当たり、かなあ。私だけやなくて、色んな人が相手になってくれると思う」

「? どういうこと? 休みの日は、クラブはないよね?」


 その通り。

 学校のない週末は、当たり前だけれど将棋クラブもお休みだ。

 そのかわり、とっておきの場所があるんだよね。

 子どもだけじゃなくて大人も集まる、たくさん将棋を指せる場所が!


「ウィリアムズ君。明日やけど、一緒に出かけへん?」

「え? いいけど……何があるの?」


 不思議そうに首をかしげるウィリアムズ君に、私はニッと笑ってみせる。


「それは、当日のお楽しみ」

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