慶次朗(十四歳)③

 これもか。

 違うんだよ、その薬をパッケージにどう宣伝していいかって話じゃないんだって。

 うー、疲れるし、面倒くせーな。

 でも、今やめちゃうとな。後でやろうと思っても、絶対にやらなくなっちゃうもんな。それに、ここでやめたら、「先延ばしにするな」って政治家に文句を言えねーし。

 ちくしょう。こうなりゃ、とことん調べてやる。


「兄ちゃーん」

 ……。

「ねえ、兄ちゃんってばー」

「何だよ」

 うるせーな。亘の奴が俺の部屋の前まで来て呼んでるが、何の用だ?

「今遊んでるゲームが面白いんだ。一緒にやらない?」

 チッ。まだゲームをやってたのかよ。しかもタイミングが悪い。もうちょっと早く来てりゃ、考えてやらないでもなかったのに。

 それに、母親がそろそろ帰ってくるんじゃねーか? そしたら絶対俺のほうが強く叱られるんだからな。

「今、忙しいんだよ。だいいち具合が悪い……」

「ねー」

 ぶっ。

「お前、勝手に人の部屋に入ってくるなって言ってんだろ」

「ねーってばー」

 こいつ、いつも俺の都合などお構いなしだし、いかにも子どもって感じでベタベタくっついてくんじゃねーよ。漫画か。

「触んなよ」

 うっとうしい。

「お前、俺が具合悪いの知ってんだろ」

 携帯をいじってて説得力はないだろうが。

「もう大丈夫なんじゃないの? だから、さっき部屋から出てきたんでしょ? 元気そうだったじゃん」

 何だよ、気づいてやがったのか。それも、音で気がついたんならわかるけど、「元気そうだった」って、いつのまにこっちを、しかもそんなにしっかりと、見てたんだ?

 天真爛漫で、のほほんと生きてるような顔して、けっこう抜け目がないからな。だから、親も末っ子ゆえに甘いだけじゃなくて、こいつにうまいこと乗せられたりしてんだよな。

「ねーえー」

「あー、もー、揺するな。今、勉強中なんだよ」

 負けるか。こいつに邪魔されてやめるなんてのは絶対にないぞ。

「えー? 携帯電話でー?」

「そうだよ。調べることを検索したりしてんだよ」

「嘘だー。遊んでるだけでしょ? 今までそんなふうに勉強してるとこなんか見たことないよ」

「ほんとだよ。親の前だと、今お前が言ったように遊んでるとか、宿題の答えを調べてるんじゃないかとか思われそうで、面倒だからやらないだけで、中学生になりゃ、みんなこうやって勉強してんだよ」

「ふーん。でも、具合が良くなったばっかりなのに勉強するなんて、やっぱり怪しー。もしかして、エロいの見てんじゃないの?」

「アホか。違うわ」

 エロいのだって、病み上がりなんかに見るのはおかしいだろ。こいつ、俺をそういう奴だと思ってやがったのか?

「じゃあ、見ろよ、これ」

「え? なに、これ?」

 フッフッフッ。難しい文章で驚いたようだな。

「薬機法っていう法律だ。まあ、お前に言っても、何が何だかわからないだろうがな」

 これで俺のことをちっとは尊敬しろ。

「へー。だけど兄ちゃんも、何が何だかわかってないんじゃないの?」

 な……。

「馬鹿言え」

 こいつ、やっぱ、けっこうするど……ん? 今、玄関が開く音がしたな。

「あ、多分お母さんだ。もういいや。じゃあね」

 亘は、ゲームをやってたのをバレないようにするためじゃなく、本命の彼女が来たから目の前の女に興味がなくなったという感じで、離れていった。

「おお、行け行け」

 ママが帰ってきて嬉しそうな顔をするとは、やっぱりガキだな。こっちもせいせいするわい。

 しかし、確かによくわかんねーな。なんで法律ってこうなんだ? 国民のためのものなんだから、子どもでも理解できる文章で書けよ。

 とにかく、続き……

「ほんとだー」

「ねっ。簡単なのに面白いでしょ? このゲームを作った人、天才だよー」

 うーんと……

「キャハハハハハ」

「ちょっと、ずるいー」

「油断しちゃ駄目だって言ったじゃん」

 うるせーな。また亘に丸め込まれてんじゃねーか。それも、一緒にゲームをやってるみたいだな。ふざけんなよ。

 おそらく母親もゲーム好きなんだよな、薄々感じてたけど。父親が興味ないのは間違いないし、俺たち兄弟のゲーム好きは母親譲りなんだよな。

「もう一回やろう?」

「いいよ、じゃあ」

 なに頼んでんだよ! まったく、あっという間に立場が逆転までして。目を覚まして、ゲームをやめさせろよ。あんたがいない間、ずっとやってたんですよ!

「慶次朗ー。もう元気なら、一緒にゲームやらないー?」

 ぶほっ!

「今、忙しい!」

 ゲームをやらせないようにしてた奴が、「一緒にやろう」なんて、よく堂々と言えるよな。

 ん?

「忙しいって、具合悪かったのにあんた、何やってんのよ?」

 もー。

「勝手に人の部屋に入ってくんなって」

 それに、今ゲームに誘った人間の台詞かよ。

「調べものしてんだよ」

「後でいいじゃない」

「駄目だよ」

 うるせーな。早く出てけ。

「あんたが好きな桃の缶詰を開けるからさ」

 なぬっ。

「マジで?」

「うん。災害時用の新しい缶詰をいっぱい買ってきたから、家にあったのは食べちゃう」

 うっほーい。

「わかった。行くよ」

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