慶次朗(十四歳)①

 六度八分か。

 昨日一日すごく高かった熱がようやく下がった。鼻が詰まってたのも解消したし、もう大丈夫だろうけど、ずっと横になってたせいか、なんかまだだるいな。

 今日は選挙の投票日で、学校が投票所になっているために、部活が休みだった。熱が出たのと部活が休みなのが偶然重なったかたちだが、実際は部活が休みだったから熱が出たという気がする。

 小さい頃から長い休みとかゆっくりできる状況になると、風邪をひいたり体調を崩してしまうことが多い。そういう人は自分では思ってなくてもストレスをため込むタチで、だから休めるときに無意識に頑張って抑えていた疲れが表面化して具合が悪くなってしまうので、元気だったのに突然大病を患うなんてことも起こりやすく、なにかと気をつけたほうがいいらしい。

 クラスの女子から聞いたその話を家族にしたら、父親が「じゃあ、ストレスが多くなる、来年の受験が心配だな」と言ったのに対して、母親は「私は受験、全然平気だったし、あんたも私に似てるから大丈夫」などと、普段はあまり口にしない安心させるような言葉をかけてきた。内容的にまったく安心な気持ちにはならなかったけれど、元々受験に関してそんなに不安を感じてないから別にいい。ちなみにどこが似ているのか訊いたら、「変わっているところ」と返された。

 母親と似ている自覚もないが、それよりも、変わってるか? 俺。理屈っぽいとか言われることはたまにあるけど、自分じゃかなりまともだと思ってるのに。

 しかし、母親はたしか以前、誰かに変わっていると言われたことを怒っていたはずだ。なのに人にも同じ言葉を、それも安心させるために使うなんて、よく思うが、大人ってのは相当いいかげんだ。

 そう、例えば将来について子どもに、「夢を見ろ」と言う大人と「現実を見ろ」と言う大人がいる。

「夢を見ろ」と言う大人は、子どもに理解がある良い大人っぽいが、それによってハードルが高い道を目指した結果うまくいかず困ることになったとして、責任を取れるわけじゃないだろう。子どもが自らやりたいと訴えることがあって、それを認めて応援してやるというのならわかるけれど、「夢を持たなければ駄目だ」的な強迫観念を植えつけるようなのはどうなのか。好きなことで悩んだりしたくないって奴もいるだろうし、好きなことは趣味にして、仕事はカネやそれをやることで助かる人なんかのためでもいいはずだろう。それに、子どもが夢を持たないとしたら、それは親だとか周囲の大人が許さないケースが多いんだろうから、大人たちに「子どもが夢を抱いたときは邪魔をするな」と説くべきじゃないのか?

 一方で、「現実を見ろ」と言う大人も、実はそっちこそ子どものことを真剣に考えている良い大人のようにも感じられるが、疑問がある。「現実を見ろ」の「現実」って何だ? おそらく世の中は甘くないから無難に一般的なサラリーマンにでもなれってことなんだろうが、今の時代、定年まで安泰でいるのさえ難しいって聞いたことあるけど。人口減少で就職はできても年功序列や終身雇用じゃなくなってきてるし、会社がどうなるかもわからないし、さらにはAIに仕事を奪われるかもしれないって耳にしたこともあるけど。それから、歯科医や弁護士なんかは人数が多くなり過ぎて、収入が少なくて大変な人もいるっていうのを新聞で見たが、そうした仕事の人たちは元は現実を見てその職業を選んだのかもしれないじゃんか。つまり「現実を見ろ」と言うだけで、そういう事態になりかねないことを教えたりはしないんだから、本人は堅い仕事もたくさんあるなかでなんとなく好みで選ぶしかなくて、夢を見るのとたいして変わらなくなってるんじゃねえのか? 人生の先輩として若い奴が本当に欲しい情報はろくに提供しないで、もっともらしいけど、単に自分が言いたいことをしゃべってるだけみたいなのが多いんだよな。結局、こっちのことを心底考えてくれてるわけじゃなくて、その都度頭に浮かんだことを口にしてる感じだからで、ゆえに夢を見ろ派も現実を見ろ派も無責任でいいかげんなんだよな。

 そして、そのいいかげんな大人の代表が、ここんところ選挙のためにうるさく騒いでいた政治家ってイメージだ。

 小さい頃は、政治家がテレビなんかで散々批判されているのを目にして、駄目なところはあるにしても、政治家だって必死に仕事をしてるんじゃないのか? 国会で居眠りしてるってよく聞くけど、それは朝から晩まで働き詰めだからじゃないのか? などと同情することが多かったが、だんだんと批判するほうの気持ちがわかってきた。

 一番はなんといっても、日本は借金がすごくて、俺たちの世代がそれを返していくかたちになるし、年金の保険料をちゃんと払っても、将来受け取れる額が少ないどころか、もらえるのすら怪しいという点だ。だから消費税もまだまだ上げなきゃいけなさそうだし。

 日本は戦後、復興どころではなく、世界で一、二の経済大国にまでなったはずだ。いくらその後バブル崩壊なんかがあったにしても、今や世界で圧倒的一位の借金大国になるっていうのはどういうことなんだ? それに関しては現在の政治家の責任じゃないと言えるのかもしれないが、借金を返すための稼ぎ手となる子どもの数を増やす政策が素人目でも明らかに不十分だし、消費税をいくら上げても節約する気があるのかが疑わしい。困っている人のためといった本当に必要な部分に使うのはしょうがないけども、実際はそういうところのはケチったりするくせに、自分たち政治家のために使われる税金をできる限り抑えようとする意識なんて、あるようにはまったく見えない。

 政治家をやっていくにはカネがかかるらしいが、何にそんなに必要なのか。世の中のあらゆる実情を、見て、聞いて、調べて回るのに、ある程度費用がかかるのは理解できるけど、選挙に勝つため、名前を売るためっていうのが大きいんじゃないか? だとしたら、カネがかからない選挙の仕組みをなぜ考えないんだろう?

 候補者の名前を叫ぶだけのために走っている選挙カーも、そこらじゅうの壁に貼られている政党や候補者のポスターも、禁止にすりゃあいい。そもそもあまり意味があるとは思えないし。いい大人があれらを見たり聞いたりして一票入れようなんてまず思わないだろうし、もしあんなのを判断材料にしているようじゃ困りものだろう。

 候補者を一堂に集めて、立会演説会や討論会をやって、それをネットはもちろん、テレビやラジオでも可能な限り流して、基本的に有権者はそれだけで選ばなきゃいけないくらいにしたらどうなのか。別に演説会や討論会は一回とはいわず、候補者たちがやりたいなら五回でも十回でもやりたいだけやりゃいいし。そうしたって、そんなにカネはかからないだろう。

 まあ、どうせそうはならないだろうけど、だったら自分、あるいは、うちの政党は、選挙にお金をかけませんというのを前面に打ちだせば、有権者の心をつかめるかもしれないのにな。そんなの、知名度があればいいけど、なけりゃ存在を知られないまま落選するだけで意味がないなどと反論されそうだが、選挙運動を控えるっていうんじゃなくて、少ない費用で効果的にアピールできるように努力して、そうできているのを見せることができれば、税金を無駄なく有効活用してくれそうだってことで、その人や政党に任せてみようかと思わせられそうなものなのに。そういうことをどの候補者や政党もやらないんだから、知恵もないよな。

 そんで国のふところが厳しいなら、まず、何にお金を必要とするのか、公務員の給料からありとあらゆるものの内訳をできるだけ細かく世間に公表して、それぞれに対して税金を使う前に、寄付を募ったらどうなのか。

 そして、寄付で十分な額に達しなかったもののなかで、絶対に必要なのから順に、税収でまかなえる範囲内で、予算をつけていく。絶対に必要なのにそれでもまだ足りないものには、その必要性を国民に説明したうえで、改めて寄付を求める。そこまでしても、やっぱり絶対に必要なのに十分な金額が確保できていないものがあるときに初めて、国債を発行するようにすればいいだろう。

 そうやれば、国民が政治家のお金の使い道や優先順位といったことがよくわかるし、おかしなものに税金を使っていないかチェックしやすくなるし、財政に対する国民の意識も向上するんじゃないか?

 それから、財政が苦しいなかでも、特に高齢化で医療費の伸びが大きいのが問題らしいが、窓口負担の額を上げたりして病院に足を運ばせにくくしたら、症状が重くなって余計にカネがかかるようになるだけで、逆効果だろう。それで思うんだけど、今俺の目の前にある風邪薬の、例えばこのパッケージに広告を募集して載せて、そのお金で無料や安くして、国民や財政の医療費を軽減させるとかできないのかな?

 それは法律で禁じられているのか、できるけどどこもやってないだけなのか、どっちだ?

 多分法律で禁じられているほうだろうな。そんな気がする。だけど、当たってんなら、なんで駄目なんだ? 広告料でまかなってるから無料や安いっていうものはいろいろあるが、医療費に限らず生活上必要な分野にもっと活用できないものなのか?

 こういうことか? テレビは、公共放送は国民から受信料を取って運営してるのに対して、民放は企業の広告費でまかなっていて、だから国民はタダで見られるけど、民放はそのぶんそのスポンサーの意向に沿わなきゃいけない部分が多いみたいだから、医療費だとか必需品でそういうことをやると健全な運営に支障を来しかねないってことか?

 だったら、広告は載せるけれど、それだけって条件にすりゃいいんじゃないか? そんでも、その企業の好感度はアップするからうまみは大きいんで、たくさん手を挙げるだろう。

 だけど、本当にそういうことなのか? もっと他に何かあるのか?

 うーん……。

 あー、もうやめやめ。

 病み上がりなのに面倒くさいことを考えて、神経を疲れさせるべきじゃないよな。何やってんだ、俺。

 でも、十分寝たから眠くないし、何かやるにはだるいんだよな。どうしよう。

 とりあえずリビングに行って、テレビでも観っか。携帯より目が疲れないし、それが一番楽で良さそうだもんな。

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