瞳(十九歳)④

 これから遊ぶ恵美ちゃんと顔を合わせるのは中学生以来で、私が今までの人生で唯一、心の内のすべてをさらけだせると思えた友達だ。

 小学校も一緒の学校で、中学に入ってから親しくなったのだが、同じクラスで仲が良い絶頂期に恵美ちゃんの一家がシンガポールに移り住むことになり、別れる運びとなってしまった。

 その後、他の友人たちとともに手紙を送り合ったりしたものの、慣れていない新しい場所での生活、まして外国で、いろいろ大変だろうから、あまり頻繁にそういったやりとりをしようとするのは迷惑なんじゃないかという意見が出て回数は減っていき、高校受験について考えなきゃいけなくなってきたことも加わって、関係は途絶えてしまった。しかし私は恵美ちゃんを忘れることは片時もなく、一人でも交友を続けたかった。けれど、慣れて大変じゃなくなっても、もう向こうでの人間関係とかがあるだろうし、恵美ちゃんはOKしてくれても、結局のところ気を遣わせてしまうだけで内心は迷惑かもしれない。「こういうのは初恋と一緒で、思い出となって終わるようにできているんだ」と私は自分を納得させた。二度と会えないことも、そのときかなり覚悟した。

 それが、数カ月前に、当時仲が良かった友達の一人で、今もたまに程度だけど付き合いがある弥生ちゃんが、SNSで恵美ちゃんと再会したと報告してきたのだ。

 なんでも恵美ちゃんは、仲が良かったメンバーのなかでも、私のことをどうしているか最も知りたがり、会いたいと思ってくれている様子だったという。

 一緒にいた当時から、恵美ちゃんは私のことなんて、私が恵美ちゃんに対して抱いているほどでは全然なく、友人の一人くらいにしか感じていないんじゃないかと思っていたのに、信じられないほど嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 そして今日、数年前に日本に戻ってきていて現在福岡に住んでいるという恵美ちゃんと、全員都内で暮らしているけれど場所はバラバラで会うことはめったにない私と弥生ちゃんに佐和子ちゃんというコの、当時仲が良かった四人で、ちょうど位置的に真ん中くらいだし、恵美ちゃんが引っ越すのがもう少し後なら一緒に足を運べていた修学旅行の行き先だった、京都で遊ぶ手はずになっているのだ。

 できるだけいろんな話は顔を合わせてからにしようということで詳しくはわからないが、恵美ちゃんはもう働いていて、けっこう忙しいようで、本当は土日の二日間くらいはかけて遊びたかったけれど、みんなも都合があるし、とりあえず最短で全員が大丈夫だった今日の一日だけになった。

 恵美ちゃんは私より数段頭が良かったのに、恵美ちゃんがすでに仕事をしていて、私が大学に行っているなんて、当時から考えると嘘みたいだ。勝手な推測だけど、恵美ちゃんは受験で希望通りにならなかったり、家庭の事情などで就職したわけじゃなく、最初から大学は頭になかった気がする。中学のときから学校の勉強に意味を見いだせない感じがあったし、自分のやりたいことや目指す道といったものが明確にあって、それは大学に通わなくても問題ないものだったんじゃないかな。そうした進む先の漠然としたイメージすらできなくて、なんとなくで大学へ行くことにした私とは、前からわかっていたけれど、器が違うんだ。

 まだやってないので正確なところはわからないが、就職活動のとき、高卒よりも大卒のほうが企業に良く思ってもらえるんだろう。でも、大学で真剣に勉学に励んで、ちゃんと行ったぶんの価値を加えられていないなら、高卒で働こうとしている人のほうが立派だし、優秀だとも言えるんじゃないだろうか。だから同じレベルだったら高卒が有利になるようにしたほうが、勉強する気がないのに就職でプラスにするだけの目的で大学へ進む人が減って、本人にも親にも国なんかにも、進学すればたくさんかかるお金とかいろんな面で、いい部分がたくさんあるんじゃないのかな?

 といっても実際にそうなったら、私みたいになかなか将来のことを決められない人は逃げ道を失っちゃうし、とりあえずで大学に行くのだって、そこで目指すものと出会えたりする人もいるわけだから、悪いばっかりじゃないだろうけれど。

 うーん……。

 要は、高卒とか大卒とか、どこの学校出身とか、学歴でその人を評価する割合が大き過ぎるのが問題なんだよ。昔と比べればだいぶましになってるらしいけどさ。

 ともかく、恵美ちゃんは私たちと一緒にいた頃と変わらず、いや、きっともっと尊敬してしまうような人になっているに違いない。

 会えるのが楽しみで仕方ないけれど、ちょっと不安もある。電話で話したりはしたが、顔を合わせた私のことをどう思うだろうか?

 恵美ちゃんはすごくしっかりしてて、本当は臆病なのに気に入られたい気持ちがあったから私も同じようにいつも堂々と振る舞っていたけど、彼女は全部見抜いていて、「瞳は瞳なんだから、無理することないよ」って言ってくれた。あんなに頼もしくて、なおかつ優しい人はめったにいない。自分を良く見せたりトラブルを回避したいだけといった、うわべの平和主義者じゃなくて、どれほど異なったタイプや価値観の相手でも一人の人間として受け入れたりできる、本当に寛容な温かい心の持ち主なのだ。脚色せず、そのままで、ドラマの主人公で描けるような人なのである。

 だけど、もうすぐ二十代に突入するというのに全然進歩していない、それどころか昔より不安を感じやすくなり、消極さが増えて退化しているっぽい私を目にして、さすがに幻滅しちゃうんじゃないかな?

 いやいや、恵美ちゃんに限ってそんなことはない。久々に会う私をどう思っても、きっと笑顔を見せてくれるだろう。そういう人なんだから。

 そんな恵美ちゃんが私のことを最も知りたがって、会いたいと思ってくれていたなんて、何回それについて考えても嬉しさが込み上げてくる。

「あ」

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