瞳(十九歳)③

 だって、選挙前になると「誰に入れてもいいから投票にいきなさい。とにかく棄権だけは駄目だ」的な発言をするくせに、選んだ国民が悪いってことは、あなたの言う通り投票にいった人を批判してるわけだよね? 投票にいってもいかなくてもけなすの? それに、選んだ国民が悪いったって、良い候補者に投票した人だっているはずでしょ? 良くない人に入れた有権者も、そのときにそういう人だとわかっていたら投票しなかったはずだし、だからみんなに望まれているあなたが立候補すればいいのに。

 それから、選挙以外のことでも、現代の日本人がいかに駄目かみたいな発言をしがちだけど、あなたたちだって現代の日本人の一人でしょうに、なんで「私たちが悪い」じゃなくて「今の日本人が悪い」って言い方をするのか。自分たちだけは別で、ちゃんとしてるって感じの、上から目線も気に入らない。

 ほんと偉そうに好き勝手言うんだよな、ああいう人たちとかマスコミって。自分たちは仕事で政治なんかのニュースに日々接してしっかり理解しているからって、情報量が十分じゃない多くの庶民を、社会の問題に無関心で、遊ぶことしか頭にないくらいに思ってるんだから。私自身はそうだろうと言われたら強く否定はできないけれど、毎日育児や介護や仕事や勉強や病気とかで手がいっぱいで、どうしても政治や世の中の出来事に目を向けられない人だってたくさんいるだろうにさ。

 自分たちはさぞかし好ましい候補者をわかっていて、その人たちに投票できるんでしょうね。だったら、誰に票を入れたらいいのか、こっちにその情報を提供してほしいよ。

 あ、そうだよ。だから、自分の一票を投じる先を、代わりに決めて投票してくれる人を、選べるようにしたらいいんじゃないの? 議員になるにふさわしい、良い候補者をわかっているんであろうジャーナリストみたいに、自分とまったくつながりがない人にでも頼めるようにする。

 でも、それだと、「あの人はどの候補者や政党に票を入れるんだろう?」って、それを知りたいだけの目的で依頼する不純な人も出てきちゃうか。

 ネットとかで公表されたら困るから、代わりの投票を拒否する人だらけになるかもしれないし、そしたらその制度を導入した意味がなくなっちゃうよな。

 じゃあ、代わりの人が誰やどの党に入れたのかを、元の投票主に教えないようにすればいいのか。忙しくて政治なんかのニュースに目を向けられず、誰に入れるか考える余裕がない人などのなかには、自分の票の行き先がわからなくても構わないから、信頼できる他人に任せたいって人も、それもけっこうな数、いるかもしれないしな。

 不真面目だから選挙に行かないんじゃなくて、むしろすごく真面目で、誰を選んだらいいのかわからない状態でいいかげんな投票はできないと思って棄権している人は、絶対に相当いるんだから。

 例えば、代わりの人に頼んだけれど、やっぱり票の行き先がわからないのは嫌だったから、次の選挙では自力で候補者や政党を選んで投票しようっていうので、政治への関心を高める効果もあるかもしれない。

 あと、議員の数とか選挙のやり方とか、政治家に関することを決める人を、別で投票で選ぶようにすればいいのに。いくら誠実な人が総理大臣になって、汚いお金の問題の発生を防ぐ仕組みなんかをつくろうとしても、今のままだと政治家、とりわけ与党に都合が悪いことは他の議員たちに賛成してもらえなくて、そんなに実現するわけないんだから。

 ま、こんなふうにいろいろ考えたところで意味ないけどさ。

 政治不信だから投票を棄権する人が多いなどと言われるが、本来それはおかしいはずだ。逆に、現状に満足ならわざわざ投票所に足を運ぼうという気にはあまりならず、不満なほうが変化を求めて投票しようと思うでしょう。今の状態が嫌なのに選挙に行かない人は、野党も評価できず、票を入れるところがないからという言い分なんだろうけども、なんとかしたいと本気で思うんだったら、野党のなかで一番ましなところに入れるべきだ。とにかく、駄目な与党は政権の座から降ろすということを何度くり返す羽目になってもやって、権力の地位に居続けるには国民のためにまっとうに仕事をするしかないと政治家たちに思い知らせるんだよ。与党に問題が大ありなのに、消去法でそこに投票したり、棄権したりして、選挙に勝たせて、今のままでいいのだと勘違いさせるのが一番良くない。そういったことを国民に理解させられていないマスコミや教育にも問題がある——みたいな話を、いつだったか親から聞いた。そのときはなるほどなと納得した。

 だけど、投票を棄権する人に対してのほうが、今の私は共感できる気がする。国民のためにまっとうにやるしかないとわからせるっていっても、わからせたら良くなるだろうという期待感が政治家から少しも感じられないんだもん。政治家は年寄りが中心で、現実的に考えて、今さら人間性も能力も大きく変わることなんてないだろうし、「何回真剣に選んで投票しても所詮無駄。とにかく時間も労力も政治家のためになんか使いたくない」っていうのが多くの人の気持ちなんだと思う。「選挙に行くのは政治家のためじゃなくて自分のためなんだぞ」って正論を言われても。理屈じゃない。

 今日は、これまで散々親に言われてきたからっていうのと、やっぱり一回くらいはという心理もあって、投票したけど、次の選挙は果たして行くかなあ……。

 まあ、次の選挙のことは、そのとき決めればいいや。なんで選挙についてこんなに考えてんだろう? この市には周りに目がいくものが少ないから、一人で歩いてると、今みたいにどうでもいいようなことをひたすら考えちゃうときはよくあるけれど、どうせ考えるならこの後のことだよな。

 あー、恵美ちゃん。やっとだー。でも、早く会いたいような、会いたくないような。

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