第3話 リュックの行方


 ハクに連れられて来たのは、浜辺から坂道を十分ほど歩いた高台にあるお屋敷だった。


「こっちは、灯りがたくさんあるんだね」

「あたり前だろ。ここは〈銀の君〉のお屋敷だぞ」


 珀はまるで自分の手柄のように得意げに胸を張る。


「へぇ。その〈銀の君〉って何者なの? あたしの荷物をその人が調べてるって、どういうこと?」

「おまえ、本当に何も知らないんだなぁ」


 珀は呆れた目で夏乃なつのを見たが、丁寧に説明してくれた。


「〈銀の君〉というのは、この国の王さまの弟、王弟殿下のことだ。この碧海国は、先王陛下の時代にバラバラだった多島海諸国をまとめ上げ、一つの国にしたんだ」

「じゃあ、ここは偉い人の島なんだ?」


 高台にあるお屋敷は、塀で囲まれた敷地の中にたくさんの建物が建っていた。

 床の高い建物だからなのか、それぞれの建物が屋根のある立派な廊下でつながっている。

 ほとんどの建物は平屋だが、中央にある一番大きな建物は三階建てで、細かい模様が彫刻された柱は確かに立派だった。


(でも……この島には、町みたいな場所は見当たらなかったな)


 珀の言う綺羅綺羅キラキラしいご身分の人が住むには、かなり淋しい場所のような気がする。


「〈銀の君〉の側近は神経質な方でな、おまえの話をしたら、異国の間者か刺客じゃないかと言い出したんだ。おれは違うって言ったんだが、念のため荷物を改めさせてもらった」


「刺客って……別に危ないものは入ってなかったでしょ?」


「まあ、おかしな物はあったがな。それで〈銀の君〉は、直接おまえから話が聞きたいと仰せだ」


「それはいいんだけどさ……」

「ああ、給金の話なら、ちゃんと今日の分も忘れずに払う」

「いや、そうじゃなくて、あたし帰らないと……」


 夏乃は言いよどんだ。

 さすがにもう、自分が夢を見ているのだとは思っていない。夢でないなら、考えられることは一つしかない。


(これが、物語によくある〝異世界転移トリップ〟というヤツなのかな?)


 もしそうなのだとしたら、ここで働くより、早く元の世界に帰る方法を探した方が良い。


「おい、まさか出て行くなんて言わないよな? 今さらそれは無理な話だぞ」


「えっ? あたし、働くかどうかは見てから決めるって言ったよね? 見る前に働かされちゃったけど、それは泊めてもらったお礼とご飯の分だから」


「ここを出てどうする? 何処から来たのか知らんが、食べ物や泊るところはあるのか? おまえの荷物には金目の物は無かったぞ」


 珀の右目、黒い方の瞳が、グイグイと夏乃に近づいてくる。


「それは……考えてなかった、かな?」


「なら、ここで少しでも金を稼いでから行っても遅くは無いんじゃないか? また不思議な力で帰れるってことなら話は別だが、その方法も分かってないみたいだしな」


 腰に手をあてて威嚇してくる珀に、夏乃はじりっと後退る。

 珀にこうして横に立たれると圧力が半端ない。


「おっしゃる通りで……」

「なら決まりだ。おまえはしばらくの間ここで働く。今日の分はこれだ」


 珀は満足そうに懐に手を入れると、夏乃の手のひらに二粒の銀を乗せた。


「これってお金なの? これで何が買えるの?」

「安い宿屋なら一晩は泊れる。言っておくが、他の娘には見せるなよ。取られるぞ」


 夏乃が少しがっかりした顔を見せたからだろう。珀が先回りしてそう言ってきた。


「わかった。ありがと」




 〈銀の君〉の部屋は、一番大きな三階建ての建物だった。

 建物の入口まで迎えに出てきた男は、珀と同じくらい背が高く、淡い茶色の髪を首の後ろで無造作に束ねていた。


(あれ、外国の人?)


 奴隷の娘たちや他の使用人たちが日本人に近い顔立ちをしていたから、夏乃もすっかり馴染んでいたが、この男の彫りの深い顔立ちは明らかに異人種のものだ。

 瞳も、珀の左目と似た淡い色をしているが、この男は珀と違って意地悪そうな三白眼だ。


「この娘か?」

「はい冬馬トーマさま。夏乃といいます」


 珀が紹介した途端、男────冬馬はハンカチで口元を覆った。


「この娘、臭いぞ」

「はい、貝割り作業をしていましたので」

「……仕方ない、入れ。ただし、控えの間までだ。月人つきひとさまには近づけるな」

「はっ」


 珀が丁寧に礼をするのを見ながら、夏乃はふて腐れた。


(確かに臭いのは認めるけど、すごく失礼じゃない?)


 ぷりぷりしながら珀について階段を上がり、内廊下を歩いて行くと、美しい布が壁一面に張られた豪華な部屋が現れた。


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