第16話

「別に構わねえけど、面白くはないぞ?」

「んーや、きっとオモロイから大丈夫」

 などと言いながら俺が笑みを浮かべると、遥は大きくため息をついた。そうして俺のために椅子を用意してから、口を開く。

「何が聞きたいんだよ」

 コトッとお茶が入ったコップを俺が座る椅子の傍にあった作業台に置きながら、遥は疑問を簡潔にぶつけてきた。

「アクターズの廃部について、それから出来れば入部条件も聞きたいな」

 俺は指を二本立てる。すると作業を続けている遥は小さく苦笑した。

「あれは廃部じゃねえよ」

 その言葉に、俺は頭の上にハテナを浮かべてしまった。

「それだよ。廃部じゃないなら、なんでその部活は無くなったんだ?」

 誠吾の話を聞いている時も思ったのだが、部活が無くなる原因なんて廃部以外にあるのだろうか。

「アクターズは『解散』したんだ」

「解散?」

 部活で聞くことがない単語が出てきたので、ついオウム返しをしてしまった。

「そう、解散。五年前の卒業式の日。俺たちアクターズは女王様、神崎部長の宣言によってそれぞれの道を歩くことになった」

 後輩たちに引き継がせることも、学校に爪痕を残すこともなかった、と彼は語る。

「理由は、先輩たちが覚悟を決めたから」

 その言葉に、俺は小首を傾げてしまう。

 理由が理由になっていない。なぜ覚悟を決めたのか、そうしてその覚悟がなぜ部活解散に至るのか。それが分からない。

「その覚悟ってのは、言えねえんだよな。ていうか詳しくは知らないし」

「遥でも分からないのか」

「そりゃあな。あの人達は隠し事が多いし、俺たちよりも何個も次元が違う話をする時があるんだ」

 次元の違う話、というのがどういう事なのかは気になるが、遥が分からないなら知る術は本人に会うしかないだろう。

「ひとつだけ言えるなら、俺達は絶対に彼らには会えない。ということだ」

「なんだ、会えねえの?」

「長い旅に出てんだとよ。知らねえけど」

 旅、ということは帰ってくる可能性もあるとは思うのだが、彼の言い方的にそれはないのだろうな。残念だ。

「これが解散の真相、つーか俺が知ってること。入部条件はもっと簡単だぞ」

 修理が完了したらしく、遥はそのバイクを車庫らしきところに移動させ戻ってきた。

「入るためには、女王様に気に入られる必要がある。んで気に入られてしまったら強制的に俺達は彼女の配下って感じ」

「まるで自己中だな」

「『我侭』の女神様だしな」

「たしかに」

 そこまで語って、遥はニヤッと笑った。

「そだ、お前が二代目女神様の騎士になる日を楽しみにしているよ」

 驚きで出そうになった液体をなんとか抑えて飲み込む。口内が空になったところを確認したあと、耐えきれずにむせてしまう。

 危ない、出されたお茶を飲んでいる時に言われたので吹いてしまうところだった。

「俺がなるわけないだろ。女神の騎士とか」

 俺と清水さんはあくまでも近隣住民でクラスメイトの関係。騎士だとかそういう関係になるつもりはない。

 最近ではライバーとリスナーの関係も追加されたが、それは桜桃と彼女であってリアル体の俺には関係ないし、なんなら本来であればリアルで関わりがある方がおかしいのだ。

「あるかもしんねえぜ? 神崎先輩の右腕である異彩先輩は神崎先輩と家が隣だったんだ。まるで今のお前たちじゃないか」

 遥は楽しそうに、そしてニヤニヤと気色悪く笑っている。

 やめろ、煽るように揺れるんじゃねえ。

「言ったろ。俺は多少知名度があるし、彼女は俺のリスナーだから必要以上の関わりは持たないって」

 睨むように遥を見つめると、彼はケラケラと笑いながら謝ってきた。

「お前のプロ意識は知ってるよ。だからそれはそこまで心配してない。ただ、少しだけ期待してんだよ」

 彼は打って変わって優しい親のような目で俺を見つめる。その雰囲気と言葉に俺は小首を傾げた。

 急になんなのだろうか。そんな目で俺を見た事なんてこれまで無かったのに。

「お前友達作り下手くそだろ。華の高校生だってのに彼女の一人も居ないというのは流石の俺でも心配なわけですよ」

「うっせ」

 余計なお世話である。俺が関わりを作るのが苦手なのは否定しないが、彼女が欲しいと望んでいるわけではない。

 しかし、彼の言葉から感じるのはヒャクパーの善意のみであるため、強く拒絶することが出来ずに微妙なパンチになってしまう。

「我侭の女神様には、異彩先輩という騎士が居た。なら御伽の方も必要だと思うんだよ」

「アイツには必要ねえよ。相方なんて必要ないほどにシッカリしてる」

 まあでも、気になるから今度覚えていたら聞いてみよう。「彼氏居るの?」と。

 ……いや、俺と帰っている時点で居ないかもしれないな。てかそれ以前に彼氏持ちなら誠吾の奴が絶望で溶けてるか。

「分かんないぜ。ちゃんとしてる奴ほどそういう人が必要なもんだからな」

と彼はニヤリと笑うのだが、俺には彼の言葉の意味が理解できなかった。

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