第14話
朝、お小言を言われないためにも朝食をしっかり摂り、前日に準備を済ませていたリュックを持ち、思い出したかのようにバイクの鍵を手に取る。
数日間、電車に揺られていたため、今日は久しぶりに我が愛車に跨るのだ。
バイクで走るのは好きなため、今日はいつもよりも少しだけ早く家を出てしまった。
「あ、おはようございます」
……それが不幸を呼んだのか、最近聞き馴染んできた声が聞こえてきた。
「おはようございます。清水さん」
この人はこの時間に家を出ていたのか。誠吾ではないので、全く把握してなかった。
……いや、知っていたらキモイか。
「今日はお早いですね」
「まあ、起きちゃったし」
そんなことを言ってから、ハッと思い出す。
「清水さん、ちょっと待ってて!」
バタバタと家に戻り、キッチンから洗ったタッパーを取り出す。そして即座に清水さんのもとへ戻る。
「この前の。ありがと、美味しかった」
「お粗末さまでした。では、今晩もご用意しますね」
彼女は受け取ったタッパーを彼女の家の入口に置きながら、そんなことを言った。
「はえ、申し訳ないっすよ」
俺は彼女に何かしたというわけではない。借りを返すという意味で俺に渡しているというなら貰うが、何もしていないのに貰う訳にはいかない。
「気にしないでください。殆ど私のワガママですので」
ワガママ。そう聞いて、俺は土曜日に聞いた遥の話を思い出した。
彼女とその話をしようと口を開いたが、声を出す寸前のところで発音を変える。
「それじゃあ、そろそろ行きますね」
最近この人と話をし過ぎている気がする。
俺は今までのような関係を望んでいるため、なるべくこちらから関わるのは辞めていこう。無駄な会話はしない。必要な時しか会わない。これを徹底しなければ。
「あの、今日はバイクなんですか?」
そそくさと駐車場に向かおうとすると、そんな質問が飛んでくる。
「うん。そうだよ」
チラッと彼女を見ると、とても残念そうな顔をしていた。
……いや、もしバイクじゃなくても電車ずらすからね。約束忘れちゃったかな。
などと考えて、苦笑する。
◇◇◇
「よーし。そんじゃ、始めようか」
次の週、四月最後の土曜日になる今日、俺達水泳部はプールサイドに集合していた。
「桃、お前中だら?」
「おう、全体のサポートだ」
まだ多少冷えるが、昼間は暖かくなってきた。毎年この時期になるとプール掃除が始まる。
ウチはなぜかプールが昔ながらのコンクリプールで、しかも外にある。分かりやすくいえば、公立高校と似たようなもんってことだ。
そして、プール掃除は俺達水泳部が担当する。授業で使う連中から金とってもいいと思うんだよね。この苦労なら。
といっても、その苦労というのが少しだけ掃除とは異なるのだが。
「おい! 水かけんな!!」
ホース片手に水を求める部員の元へ回っていると、少し離れたところからそんな怒号にも似た叫びが聞こえてきた。
「おーい、まだ水遊びにゃはえーぞ」
少し先でワチャワチャしてる一年達に向かって声をかける。すると、「はぁい」という声が聞こえてくるので、苦笑してしまう。
その苦労とは、掃除の時の恒例である水遊びだ。より詳細に言うなら、こんな時期に冷水をかけ合うのだ。
楽しいには楽しいのだが、普通は真夏にやるもの。それをまだ四月であるこの時期にやるのだ。身体が芯から凍えるに決まってる。
それでも、毎年これで風邪をひく人が居ないと聞く。水泳部は人じゃないのかもしれないな。誰が両生類だ。
「にしても、なんでお前先週あんなことを聞いてきたんだ?」
誠吾に呼ばれて彼の担当している床を水で流していると、そんなことを聞かれた。
俺は片手にホースを持ちながら、反対の手で後頭部を掻く。
「んーにゃ、当代の女神様はなんて呼ばれているのかを聞かれてな」
「聞かれた? 誰によ」
「友人。初代女神様のいっこ下なんだと」
「はあ!? あの時代の生徒なのか!?」
流石女神の狂信者である我が友だ。俺が最近知ったことを当然のように知っている。正直きもちわるい。
「らしーよ」
と軽く返すと、胸ぐらを掴まれてガチ恋距離になってしまう。おい、服伸びるだろ。
「詳しく聞かせろ」
短く、しかし覇気に満ちた声で命令されてしまったので、つい反射的に頷いてしまう。
コイツ、女神様のことになるとこんなに怖いのか。これから誠吾に相談をするのはやめよう。少なくとも、彼女との秘密は絶対に死守しなければならない。
と、そう誓った俺なのであった。
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