第9話

「そだ、さっきの奴知ってる?」

 今日の朝思いついたことを思い出した俺は、隣に居る彼女に問いかけてみる。

 彼女は少しだけキョトンと小首を傾げる。

「確か……正義さんでしたっけ。それがどうかしましたか?」

「んーにゃ、同じクラスの人なら覚えてんのかなって。ふと気になっただけだ」

 予想通り、女神様はクラスのことを覚えているらしい。流石だな。 

「クラスに誰が居るかくらいは覚えるでしょう。流石に」

と彼女は苦笑するが、残念ながら俺はクラスの殆どを覚えていないのでその気持ちは分からない。

「そういえば、光月さんが正義さんと関わっているの意外なんですよね。実は」

「というと?」

 俺と誠吾は同じ水泳部だし、関わっているのは結構当たり前のことだと思うのだが。

「光月さんって落ち着いているタイプでしょう。逆に正義さんは明るいというか、活発な方ですから。同じ部活といえど部活外でも関わるような仲には見えなかったのです」

 確かに、言われればそうかもしれない。と彼女を見ながら思った。

 俺は静かなタイプ……ってのは分からないが、確かに騒がしい奴は嫌いな人間だ。そして、傍から見れば誠吾はその騒がしい奴に当てはまると思う。

「アイツ、ああ見えて結構冷静なんだぜ」

 だが、俺はそう思わない。高校で出会って一年経ったが、奴はただ煩いだけではない。

「そうなのですか?」

 意外、という言葉を彼女は顔に描いたので、つい苦笑してしまう。

「そうなんよ。確かに騒がしく聞こえるけど、それは話してる相手次第なんだ。俺と話してる時は結構落ち着いてたりするんだぜ」

 勿論、話題の内容にもよるため、たまにうるさい時がある。女神様の話とかな。

「凄いですね、それ。どうやって人に合わせているのでしょうか?」

「気持ち悪いくらい他人のことを把握してんだよ、アイツ。多分だけど、常日頃から周囲を観察し続けてるんじゃないかな」

 去年、いつかに話していた。「常に周囲を知り行動しろ」と父親に教わったと。

 彼の親父さんは元軍人らしく、彼の軍人時代の経験らしい。詳しいことは忘れたが、軍人の世界は大変なんだと知ったな。

「なるほど、それなら納得です。貴方が関わっているということは良い人なんですよね」

と彼女が言うので、ついクスッと笑ってしまう。俺基準なのが面白いな。

「そーだな。アイツは良い奴だよ」

 本人には絶対に言わないけどな。

「羨ましいです。そんな言葉をハッキリと言えるお方が近くにいらっしゃるのは」

 そう言う彼女は、どこか寂しそうな顔で目を伏せた。

「清水さんには居ないの?」

と俺が聞くと、彼女は控えめに首肯した。

 意外だ。彼女は女神様と呼ばれるほど慕われている存在だし、一人くらい親友と呼べるような人間が居るものだと思っていた。

「たしかに、清水さんとずっと関わっている人は見たことないかも」

 彼女が誰かとプライベートで話しているところを見たことがない。それこそ、俺くらいではないだろうか。

 そう考えると、電車の中で会話するのは危険な行為だったか。と、今更になって気づく俺であった。同じ車両に生徒が居なくてよかった。ナイス時間稼ぎだ、誠吾。

「やっぱあれ? 女神様の立場的な」

「それもあるんですけど、大部分は私個人の問題ですかね」

「清水さんの問題?」

 想定外の言葉が聞こえてきたので、ついオウム返しをしてしまった。

 彼女をジッと見つめると、彼女は苦笑しながら「はい」と短く返事を返してくる。

 彼女のどこに問題があるというのか、俺としては全く分からなかった。

 話していて気が楽だし、退屈もしない。言葉の節々から女神様と呼ばれる所以を感じられるし、それほどに完成された人間なのだ。それのどこに問題があるというのだろうか。

「私って褒めてもらえることは多いんですけど、同時に嫌われてもいるんですよ」

「まあ、しゃーないことよな」

 人気者は、全員から好かれる訳では無い。それは俺も理解している。なんたって、桜桃にもアンチや荒らしが存在するんだから。

「誰かを嫌う人間は、まず本人に行動を起こします。分かりやすい例が、いじめですね」

 彼女は顔を伏せる。電車の照明しか明かりがないため、彼女の表情はよく見えない。

「それは対処が簡単です。しかし、本人に効かないと分かると話が変わってくるのです」

 彼女は大きくため息をついて、俺の顔を見る。と、そこで少し目を見開いた。

「……こんな暗い会話は辞めましょうか」

「そこまで言われると気になるんだけど?」

「それより、テストは大丈夫ですか?」

 どうやら本当に話したくないようだ。猿でも察してしまうほど露骨に話題を変えた。

「テストはまあ、どうにかなるかな」

「僭越ながら、順位をお聞きしても?」

「三十位くらいだよ。そこそこって感じ」

 青南高校の一学年は二百人。私立にしては少ない部類だろうが、その分問われる学力が高い。その中で三十位ならそこそこ取れていると思う。

「そういう清水さんは毎度一位よな」

 そう。この女神は文武両道、才色兼備。勉学に関しても抜かりはない。

「勉強はしていますので」

「羨ましいよ。そこまで頑張れるのは」

「貴方が言います?」

 本心から羨ましがると、なぜか彼女は不満げにため息をついた。

「何がよ」

「桜桃として活動していてその順位の方がおかしいと言っているのです」

「そんなおかしな話でもねえよ。ちゃんと授業聞いて課題してりゃ出来るって話だ」

 そう、三十位程度なんて先生のありがたいお話を聞いていれば取れる。なんならテストの範囲を課題として復習させてくれるのだから、出来ないわけがない。

「授業中ずっと寝ているのに?」

 やべ、寝てんのばれてーら。

 立場が悪くなった気がしたので、ジトッと見つめてくる彼女から逃げるように目を逸らした俺なのであった。

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