魅力コレクター

@ffk__55

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 午前九時前。この時間はいつも決まって、女性社員たちの黄色い声が上がる。その理由は、瀬戸響主任。瀬戸主任は、イケメンな上に紳士的で、仕事もできる。そんな瀬戸主任を狙っている女性社員はたくさんいて……私、桃井伶奈もその内の一人。


 先週末の飲み会のとき。今の今まで隣で話していた同僚の英子は、主任が店に来た瞬間、態度を一変させた。

「ちょっと待ってよ英子!」

「うるさいなぁ……あんたよりあたしの方が主任に相応しいの。邪魔しないで」

同僚の宮間英子は、いつも私を見下す。それでも、顔も可愛くてスタイルの良い英子は男性社員から人気で、私はそんな英子に何も言い返せない。

「あんたはあっちのモブ男たちの方がお似合いなんじゃない?じゃあね~」

英子はお得意の嫌味を吐き捨て、私を突き飛ばして主任の元へ駆け寄った。笑顔で話す英子と主任を、私は黙って見ていることしかできない。私は自分の無力さと情けなさに絶望した。


 それから数日間、英子はとても上機嫌だった。

「主任にね、宮間さんの目は綺麗だねって言われちゃったの!」

私が悔しがっていることを見透かした上で、性悪な英子は続ける。

「それに今夜、先輩の家に誘われちゃった。これは完全に脈ありじゃない?」

わざとらしく大きな声で自慢する英子に、周囲の女性社員たちは鋭い視線を送る。当の本人はその視線に気づいていないのか、さらに話を続ける。

「ちょっと英子、みんなこっち見てるって」

「はぁ?わざとに決まってんでしょ。見てよ、あの嫉妬まみれの目。マジうける」

そう言って嘲笑う英子。そんな英子に対する嫌悪感は、日に日に大きくなっていく。英子の主任との自慢話が、全部嘘だったらいいのに。そんな私の思いも儚く、退社時間になると話通り、英子と主任は並んで会社を出て行った。明日には付き合ったことの報告をされるのだろうか。マイナスな想像ばかりしてしまい、その日はあまりよく眠れなかった。


 次の日。寝不足のせいで遅刻しかけた私は、急いで会社に出勤した。遅刻ギリギリに出社したにも関わらず、隣のデスクの英子は来ていなかった。連絡してみても反応はない。部長に英子のことを尋ねてみたが、無断欠勤だと不機嫌に答えた。男性に媚びを売るのが得意な英子が、無断欠勤など自ら部長に嫌われにいくようなことをするはずがない。


 しかし、翌日もそのまた次の日も。一週間経っても、英子が会社に来ることはなかった。部長も最初は怒っていたものの、呆れたのか何も言わなくなった。常日頃から人を見下している性悪な人間でも、同僚がずっと会社に姿を見せないのは少し心配で。私は勇気を出して、瀬戸主任に声をかけた。

「宮間さん?あぁ、最近来てないよね。どうしたのかな」

「無断欠勤しているらしくて……主任ご存じないですか?主任の家に招かれたって言っていた次の日から来ていないので」

主任は腕を組んで「うーん」と唸って考え込む。主任の整った顔を直視できず、私はつい目線を下げてしまう。

「あの日はきちんと宮間さんの家に送り返したよ。様子がおかしい感じもなかったし……俺はよくわからないな。ごめんね、力になれなくて」

眉尻を下げてわかりやすくシュンとする主任に、私は慌てて頭を下げる。

「とんでもないです!私こそ、お忙しいのに引き留めてしまってすみません!」

「平気平気。休憩時間なんだし気にしないで。それに、桃井さんとはずっと前から話してみたかったから、むしろ話しかけてくれてラッキーだよ」

「……私と、ですか?人違いじゃ」

「人違いじゃないよ。君のことで合ってる」

柔らかく笑う主任に、夢なんじゃないかとか、ドッキリなんじゃないかとか、色んな可能性が頭を巡る。けれど今は、夢でもドッキリでもいい、そう思えるくらい嬉しくて幸せだった。

「あの、主任は休日、何をして過ごしてますか?」

「休日?……休日か。そうだね……プラモというか、フィギュアを集めるのが趣味なんだ。休日も大体それに熱中しちゃうかな」

口をついて出た急な質問に、主任は一瞬ポカンとするも、笑顔で真剣に答えてくれた。

「へぇ、意外です。私そういうのは疎いので、ちょっと興味出てきました」

「本当?嬉しいな。……あ、そうだ、よかったら、今度うちのコレクション見に来ない?」

「え、いいんですか?嬉しいです。ぜひ!」

その週の金曜日、終業後に主任の家にお邪魔する。その約束が楽しみで、金曜日までの数日間がとても長く感じた。


 約束の金曜日。楽しみでついいつもより華やかな格好で出社してしまい、同部署の人たちから注目を浴びてしまった。主任も「似合ってるよ」と言ってくれて、業務がいつも以上に捗った気がした。

「……お邪魔します」

「どうぞ。ゆっくりしていってね」

主任の部屋は片付いていて、なんだかいい匂いがした。リビングには例のフィギュアコレクションが綺麗に並んでいて、よくわからない私でも見入ってしまうほどだった。

「フィギュアの魅力って、一つ一つの部品だと思うんだよね。部品が美しくないと、出来上がったものも美しくないでしょ?君もそう思わない?」

「確かに、細かい部分に注目して見ると、もっと楽しいですね!」

会社ではかっこよくてスマートな主任が、こんな風に無邪気に語っている姿を見るのは初めてで。主任が可愛らしくてつい、本当は興味のないフィギュアの話をずっと聞いていた。


 コレクションを一通り拝見した後は、高級なワインと主任手作りのおつまみを囲んで乾杯した。最近まで緊張して話しかけることすらできなかった主任と、自宅で二人きりで時間を過ごしている。楽しくて心地よくて、いつも以上にお酒が進む。

「すみません主任、お手洗いお借りしてもいいですか?」

「うん、どうぞ。玄関の手前にあるからね」

「はい、ありがとうございます」

主任に軽く頭を下げ、トイレへ向かう。廊下を進んでいる途中、少し扉が開いている部屋が目に留まった。勝手に覗くことは良くないと分かっていたが、好きな人のことをもっと知りたいという好奇心が勝った私は、扉の隙間を覗いてしまった。

そこで見た光景に、一瞬息が止まった。大量の女性の生首。腕や手。首のない体。白い壁に血が飛び散り、部屋の外まで異臭を放っていた。

「なに、これ……」

「……どうかな。俺の自慢のコレクション、綺麗でしょ?」

振り返るとそこには、包丁を持った主任がいた。背中がじわじわと痛み出し、刺されたのだと理解するのに時間はかからなかった。痛みと恐怖で動けず、その場に蹲る。顔のすぐ近くに、切り離された指が落ちていて、慌てて後ずさる。

「君のお友達の宮間さん、綺麗な目をしてたよ。明るい茶色の目。だから貰ったんだ。他の部品はいらないから捨てちゃったけど」

瓶に入った英子の目玉らしきものを見せつける主任。目が綺麗だと言われたと嬉しそうに話していた英子を思い出すと、胸が痛んだ。

「君は足が綺麗だよね。引き締まっていて、毛穴もなくて……最高だよ」

「っ……気持ちわる……最低」

「酷いなあ、俺のこと好きなんでしょ?俺も君の足好きだよ。……だから足、頂戴」

不気味な笑みを浮かべ、包丁を振り上げる主任。何度も何度も、包丁が私の体を突き刺す。

イケメンで紳士な、憧れの瀬戸主任は、もうどこにもいない。私の目に映る、大好きだったはずの彼は、とても人間には見えなかった。



 ここ数週間、同僚二人が無断欠勤を続けている。あまり仲良くないが、社交辞令として連絡をしてみたところ、メッセージはいつまで経っても未読のまま。しかし、憧れの瀬戸主任を狙うライバルが二人減ったと考えると好都合である。

「瀬戸主任、あの……今夜一緒にお食事どうですか?」

そう声をかけると、いつもの爽やかな笑顔を浮かべた主任と目が合う。

「そうだね、是非。うちに美味しいワインがあるんだ」

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