ベンタブラック
狼貌
1
カフェのバイトをはじめて三ヶ月経つ。美咲にとってこれは新記録、いや快挙と言ってもいい。
コンビニ、一週間。
本屋の検品、三週間。
コールセンター、三日。
どんなバイトもろくに続かない。いや、コンビニは推しの配信をどうしても逃したく無かったのだ。シフトをばっくれた私が悪いんじゃない、推しが可愛いのが悪い。
「でもなぁ……」
夕方前の穏やかな時間が流れるカフェの店内、レジに立つ美咲は誰にも聞こえないくらいの声で呟く。
通りに面した大きなガラス窓の向こうには、下校中と思われる子供のグループ。猫背でのそのそと歩く初老の男性。車はほとんど通らない。
ふと、風に舞う何かが視界に入る。白いビニール袋、……あ、そういやエコバッグ干しっぱなしだったわ。
美咲は軽く眉をひそめる。
気持ちがそっちにいっちゃうと、頭の中もあっちこっちに振り回される。いちど好奇心が刺激されるともう止まらない。
ちゃんとバイト続けたい気持ちはある。仕事のやりがいとかまだ分からんけど、そういうことに取り組んだり作業するのは嫌いじゃ無いんだ。
文化祭とか軽音部のライブとか楽しかったなあ。あの頃は常に目の前が楽しいで満たされていた。
「好きだけどね、そういう美咲と一緒にいるの」
幼馴染の香澄は、そんな目移りの激しい自分の性格を励ましてくれる。まぁそこが好きでもなきゃ幼馴染なんてやってらんないよな。
いや、もう過去のことばかり考えるのはよそう。こうしてカフェのバイトも順調だし。
ふと、レジカウンターから視線を客席側に向ける美咲。
メインストリートから少し外れた、柔らかな西日が差し込む小さなカフェは、ピークタイムを過ぎ、数人の客たちから聞こえる談話、静かな笑い声、これがカフェのお手本です、と言わんばかりの空間。
美咲はさらに視線を窓際の席へ泳がせる。
……今日も、いる
瞳の奥がほんのりと熱を帯び、首筋に走るじわっという感覚。美咲の好奇心が刺激される時のサイン。
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