第12話 ダメな理由

「だから……ラケシス以外の女子はみんな同じように感じてたっていうか。告白されてから、アリーシャが学園に送り迎えしてくれたり、弁当作ってきたりしてくれて、これが彼女か……こういうのが恋人同士なのかって思ったのは事実だよ。でも、そうか……恋人ってこういうものなのか……って思っただけで、それ以上は何も思うことがなくて。それでつまり、実際には付き合ってないんだけど、恋人っぽいことしてた自覚はあったから、付き合ってるようなものって言ったっていうか……」 

「はああ!? なんだよ、それ! じゃあなにか? アリーシャはお前のに付き合わされただけだって言うのか!?」


 至近距離で詰め寄ってくるお友達から距離を取りつつ、ドノヴァンは項垂れる。


 申し訳なさそうな顔をしているのは、恐らくお友達の言ったことが的を射ていたからだろう。


 まさか、恋人気分を味わうためにアリーシャさんと一緒にいただなんて。


「でも言っておくが、俺からは何一つアリーシャに頼んだことはないからな。学園への送迎も、弁当も、俺は今まで通りラケシスがやってくれればそれで良かったんだ。けどアリーシャが、ぜひ自分にやらせて欲しいって言うから、告白の返事をするまでってことで好きにさせてただけで、俺が言ったわけじゃない。そこは誤解しないでくれよな」

「なっ! そんな……」


 ふらふらとお友達が後退り、その拍子に出っ張っていた木の根に躓き、尻餅をつく。


 けれど、そんなことは意に介してもいないようで、茫然とその場に座り込んだままだ。ドノヴァンの言葉が相当ショックだったんだろう。思わず心配になってしまう程に顔色は青く、蒼白といっても過言ではない。


 アリーシャさんとドノヴァンの関係に、彼はどうしてあんなにも衝撃を受けているんだろう?


 もし彼がアリーシャさんを好きだったとしたら、ドノヴァンと付き合っていない方が嬉しい筈なのに。


 さっきもやたら「アリーシャと付き合え」としきりに言っていたけれど、一体どういうつもりで言っていたのかしら。


「おい……クレスト、どうかしたのか?」


 お友達の様子がおかしいことに、ドノヴァンも気付いたのだろう。


 立ち上がり、お友達に声をかけながら、恐る恐るといった態で近付いて行く。


「……おい、クレスト、おい?」


 放心状態のクレストさんの肩を、ドノヴァンが軽く揺する。


 どうやら、お友達の名前はクレストさんというらしい。


 名前を知らなくても特に不便はなかったけれど、知っていた方が都合が良いこともあるかもしれない。なにより、いつまでも『お友達さん』と呼び続けるのも、失礼な気がするし。


「クレスト、どうした? おい、クレスト?」


 何度か声を掛けつつ、ドノヴァンがクレストさんの肩を揺すり続ける。


 それでも反応のないクレストさんに、ドノヴァンがもう一度声をかけようとした時──。


「……本当に、付き合わないのか?」


 クレストさんが、ポツリと言った。


「お前は本当にアリーシャではなく、ラケシスと付き合うつもりなのか?」


 それは、尋ねているというより、独り言を言っているかのような物言いで。


 彼は何故、そんな言い方をするのだろう? 


 まるで、何かを諦めてしまったかのような、希望を失ってしまったかのような、そんな声音で。


 けれどドノヴァンはクレストさんのそんな様子には気付いていないかのように、「急に黙るからビックリしたぞ」なんて言っている。


 ドノヴァンって、こんなに空気読めない人だったっけ? 普段からドノヴァンとは二人だけでしか一緒にいないから、知らなかったけど。


 何故だかもの凄く腹が立つ。「いや、他に何か言うことないの?」って。


「いいから、俺の問いに答えろよ」


 答えを急かすクレストさんに、仕方ないなというように肩を竦めるドノヴァン。


「なんでそんなにしつこく聞いてくるのか分からないけど、俺は……ラケシスが俺を受け入れてくれるなら、当然ラケシスと付き合うつもりだよ」


 ちら、と私の方を見ながら、そう答えた。


「なんでアリーシャじゃ駄目なんだ?」


 そこでクレストさんに間髪入れずに問われ、「う……」とドノヴァンは返事に詰まる。


 そこで詰まることなくサラサラと答えてくれたなら、私の気持ちも違ったのに。


 どうしてそこで、馬鹿正直に詰まるのかしら。そんなの「自分はまだ内心で迷ってます」と言っているようなものじゃない。


「アリーシャは今、幼馴染の代わりを完全に熟しているじゃないか。なのにどうしてアリーシャじゃ駄目なんだ? その理由をきちんと説明してもらわないことには、俺は納得できない」


 茫然自失の状態から、いつの間にかクレストさんは瞳に光を取り戻し、真っ直ぐにドノヴァンを見つめている。


 そんな彼の視線にドノヴァンは明らかに狼狽えた様子を見せると、またも私のことを振り返った後、そっとクレストさんとの距離を詰めた。


 見ている限り、私に聞かれたくないことをクレストさんに言うつもりみたいね。


 でも、アリーシャさんでは駄目な理由って、逆に言えば私を選んだ理由になるのよね?


 なのにどうして私には聞かれたくないんだろう?


 私としては、ぜひとも聞いておきたいことなのに。


 そっと近付いたらバレるかな? などと考えていたら、不意にクレストさんが大声で言った。






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