第7話 言葉の刃
「もー! むしゃくしゃするっ!」
楽しい筈のお昼休憩。
いつもなら昼食の後のこの時間、存分に読書を楽しむのだけれど、私は何故か今日はそんな気になれずにいた。
理由は分かっている。今朝見たドノヴァンとアリーシャさんのせいだ。
「なんで! なんであんな性格の悪い人に! よりにもよってドノヴァンがっ! 捕まるわけ!?」
両腕を振り上げては振り下ろし、激しい怒りに何度も自分の足に拳を打ちつける。
学園内には、ドノヴァン以外にも格好良い人が沢山いるのに。
ルーブルさんだって素敵だし、生徒会の人達なんて、顔で役員選んだの!? って疑いたくなってしまうぐらい、全員が全員見目麗しい。
まあ……かくいうドノヴァンも生徒会役員だから、幼馴染としての贔屓目抜きにしても、文句なしに格好良いんだけど。
そしてアリーシャさんも生徒会役員だ。だから当然彼女ももの凄く美人で、争奪戦が激しい──らしい。
私はその辺の噂には詳しくないから、よくは知らないけれど、彼女が学年一の美少女だと持て囃されていることは知っている。
だから、ドノヴァンが彼女に誘惑されて、コロッといってしまったとしても、仕方がないということも……。
「だけどあんな風に腕を組むんなら、恋人繋ぎの練習なんてしなくても良かったじゃない……!」
悔しいのは、そこなのだ。
馬車内で、ドノヴァンと初めて恋人繋ぎができたことに、心の底から喜んでいたのに。
昔から手はよく繋いでいたけれど、恋人繋ぎはしたことがなかった。
だからいつかは、ドノヴァンと恋人同士になれたなら、真っ先にしてみたいと思っていたことだったのに。
「そりゃあ私達は恋人同士じゃないし、只の幼馴染でしかないから、そんな関係で恋人繋ぎができたっていう事実には、喜ぶべきかもしれないけど……」
でもそれは、只の練習で。
だとしても嬉しい。ドノヴァンと恋人繋ぎができた! と喜んでいたら、彼は他の女の子に腕を取られ、胸を押し付けられるようにしながら教室へと消えて行ってしまった。
恋人繋ぎをした自分より、余程親密そうに見えて。
手を繋ぐより、腕を組んで歩く方が、より親密度が高いような気がした。
十年以上もドノヴァンと一緒にいて、私は漸く恋人繋ぎができたのに、アリーシャさんは……。
ふと二人の腕を組んだ姿が脳裏に浮かび、それを追い出すかのように、激しく頭を横に振る。
「お弁当……本当にアリーシャさんが作ってたんだ……」
別に嘘だと思っていたわけじゃない。
ただ、ドノヴァンが他の人の作るお弁当を食べているなんて、私以外の人が作ったお弁当を美味しいと思うなんて信じたくなかったから。
学園への登下校を最初に戻すなら、もしかしてお弁当も?
そう期待したけれど、お弁当は……頼まれなかった。
もしかしたらもう一度、私の作るお弁当が恋しくなって、作るのを頼んできてくれるかも? と思ったけれど、アリーシャさんの言った言葉から、それはないのだと痛感した。
「ドノヴァン……私、辛いよ」
幼馴染という関係が。彼の都合でしか関われない、不安定な立ち位置が。
もの凄く──辛い。
私は俯き、膝を抱える。
泣きそうになって鼻がツーンとした時、何の因果か、またも背後からドノヴァンの声が聞こえてきた。
「っあーーー! もう食えねぇ!」
「ははははは! 確かにあの量はしんどかったな。ある意味拷問だろ」
もう一人の声も、先日と同じ。どうやら二人は昼食を共にしていたようだ。
そっか……。ドノヴァンは、アリーシャさんと二人だけでお昼を食べているわけじゃないんだ……。
そのことに少しだけ安堵して、泣きたい気持ちがちょっぴり薄れる。
けれど、次に聞こえてきた会話の内容に、私はピシリと固まった。
「……で? アリーシャと付き合うことにしたんだろ? っていうか、もう付き合ってるってことで学園内には広まってるけどな。朝も仲良く腕組んで歩いてたみたいだし? 公認万歳だろ」
「ああ、それ……」
「なんだよ、歯切れが悪いな。この前は幼馴染がどうこう言ってたけど、今じゃアリーシャが全部やってくれてるんだろ? だったら幼馴染なんていらなくねぇ?」
そうだ、その通りだ。
つい先日ドノヴァンは同じ場所で同じ人に、幼馴染の熟す役割について語っていた。
その役割を熟す幼馴染は便利で、且つ気を遣う必要もないから楽だと。そして、それとは別に恋人を持てるから、自分は恵まれていると言っていた。
でも、恋人が幼馴染の担っていた役割を、全て熟せるのならば?
「ああ、まあな……」
瞬間──グサリ、と私の胸に刃が突き立てられたような感覚がした。
幼馴染は、もういらない? 恋人が優秀なら、幼馴染は用無しということ?
そんな、そんな……。
だったら今朝「元に戻そう」と言ったのは? あれはどういうつもりだったの?
「もうこの際さ、アリーシャと身体の関係でも持っちまえば良いんじゃねぇ? アリーシャのやつ発育が良いし、家柄も侯爵家だろ? 今から唾付けといて損はないと思うぜ?」
「ああ……そうだな」
嘘っ!?
ドノヴァンの返答に、私は耳を疑った。
嘘、嘘、ドノヴァンが……ドノヴァンがアリーシャさんと身体の関係を? 嘘よね?
胸に突き立てられた刃の先から、真っ赤な血が流れ出す。
あまりのショックに私の心臓は傷付き、血を流しているのだ。
その後も二人は何か話しをしていたようだけれど、私の耳にはもう何も聞こえてはいなかった。
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