釣り糸

DA☆

釣り糸

 空は青く澄み渡り草に白く露が降りる、心地よい晩夏の朝でした。ある池のほとりに、釣り人がひとり現れました。

 澄んだ空気とは裏腹に、池の水はひどく濁り、底が見通せません。

 けれど、水清きに魚棲まず。それこそが良い釣り場です。釣り人は岸の岩場に腰掛け、のんびり糸を垂れました。





 大都会。ビルの谷間から見上げる、晴れているのに、淀んだ灰色の空。残暑がいつまでも厳しい朝、それでもネクタイを締めた、白いシャツ黒いスーツの群が、汗をだらだら流しながら無言で行進していく。

 何もいいことなんてない。どこか別の世界へ行きたい。みな虚ろな目のまま、叶わぬ願いを抱えて。


 空から、釣り糸が下りてきた。


 誰もがすぐに理解した。この糸をたぐり昇れば、この灰色の世界から逃れられるのだ。俺が昇る。私よ。いっせいに群がり、少し登った者は他の者を蹴落とそうと足を振り回す。その足をつかんで引きずり下ろす。醜い争いが、歯止めなく続いて。


 やがて糸は、ぷつりと切れた。





 釣り人は糸が切れてとても残念そうでしたが、釣りとはしょせん時の運です。しかたないと竿を担いで、池の畔から去っていきました。日は高く昇り、朝露はすっかり乾いていました。

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釣り糸 DA☆ @darkn

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