晃一…5

「でも村の人たちにはなんて言えばいいのよ。役場の人たちは走り回っているし、警官なんて見たら怪しむんじゃないの」

「村興しの準備をしていると言えばいいだろう。警官のことは、今回の駐在は信用できないから村に入れないようにと回覧板を回しておく」


 ああ、こうやって行政と一般人との間に軋轢が生まれていくんだな。おれは、不思議な生き物でも見るような気分でふたりを眺めていた。


 母は、適当な紙切れに手書きで「不審な警官に注意! 絶対に村の中に入れないこと」というシンプルかつ強烈なメッセージを込めた回覧板を自作して、早速、回覧板をまわしに行った。おれは何度も母を止めたが、叔父と同じようにおれの姿が見えないようで全く反応してくれなくなた。親子の絆さえも超えていくツチノコの力に、驚愕したし、がっかりもしたし、なんてものを創り出してしまったのだと後悔した。きっと人間を創り出した神様も同じ気持ちだったに違いない。いや、そんなことは無いか。


 しかしなるほど、小説で言ったらこの辺でプロローグが終わり、物語が本格的に動き出すんだろうな。小説には大して興味も無いが、国営放送の深夜番組でそのようなことを言っていた気がする。物語が動き出すには準備段階があり、そこでこの話はこういうことですよとあらかじめ読者に説明するのだそうだ。


 そう考えれば、おれが今体験していることを読者に説明するとしたら、この話はこうだ。


 東京から帰省した主人公がツチノコを持って帰る。皆はそれを見て驚くが、実はツチノコは掃除機で、それを知った相手は騙されたと笑う。ところが一人の発言がきっかけで本物のツチノコだと勘違いされてしまい、村中、警察、マスコミを巻き込んで大事になる。ということか。


 そうして、そこからどう話が展開していくのかは、作者の腕次第だということになるが、今のところはおれには全くわからない。普段から小説なんて読みもしないし、もちろん書いたことすら無い。今はとにかくツチノコを捕まえて、みんなの勘違いを解き、一気に結末まで持っていきたいと思っているがどうだろうか。そうなるか、ならないかはおれ次第である。


 しかし、これは小説では無いのだから、そんなことを考えたってしょうがない。だったらこうして、この村長室で無駄なことを考えている暇など無く、今すぐにツチノコを探しに行くべきなのだ。


 おれはそのことにようやく気がついて、役場を飛び出した。


 外に出て思い出したのは、こんもりと重なった夏の暑さだった。そこら中で鳴いているセミが、おれに頑張れと言っているような気がする。何を頑張れば良いのかはっきりしないが、とりあえずツチノコが向かいそうな、いや、掃除機が向かいそうな神社にでも行こうと思った。


 さっそく、背中に一筋の汗が流れた。

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