晃一…………2

「本物じゃあ」


 およそ老人とは思えない声量に、母も叔父も跳び上がって驚いた。一番驚いたおれは、尻餅までついてしまった。


 ところが、三人の顔にはすぐに笑顔が戻り、おれは大笑いの予感めいたものを感じていた。長老の表情から察するに、間違いなくツチノコだと信じ込んでいる。もしかすると叔父以上にだ。


 早くも吹き出しながら、叔父が長老に説明した。ところが、長老はこれが本物のツチノコだと言って聞く耳を持たない。そうなればなるほど、おれたち三人は可笑しくなって笑いが大きくなった。


 しかし、さすがに長老の興奮具合が心配になってきた。裏側を見せれば、これが作り物であるということを理解してくれるだろう。

 しゃがんでツチノコに手を伸ばす。もう少しというところで、また長老が叫んだ。


「危ない、手を噛まれるぞ」


 長老は、伸ばしていたおれの手をバンとはたき落とした。


 あまりの剣幕に一瞬怯んだが、そんな訳はない。なぜならこれは、おれが作った掃除機なのだから。しかし、もう一度言うがゴミを吸い込む機能は搭載しておらず、自律式掃除機と同じ動きをするだけで何の役にもたたない。せいぜい、何も知らない人間をほんの少し驚かすだけである。機械に疎い老人なら、心配になるほど騙すこともできるようだ。


 おれは笑いながら再び掃除機を取り上げようとするが、それを長老は許さなかった。


「危ないと言っとるじゃろう。こいつは何をするかわかりゃせんぞ」入れ歯が飛び出しそうだ。


 長老の怒号を聞きつけたのだろう、役場の連中が集まり始めた。これはさすがに大事になってきてしまった。


「長老、これは本物のツチノコじゃなくて実は掃除機なんだよ」おれは慌ててタネ明かしをするが、長老はツチノコ型掃除機を睨みつけたままだ。


 さきほどから笑っていた叔父も、さすがに収集がつかないと見たのか口を出した。


「ちょっと、長老。落ち着きなよ。そんなに興奮すると血圧が上がって大変だ。ほら、椅子にでも座って、お茶もあるし」そう言って、椅子をすすめるのだが、長老は頭を左右に振るばかりで言うことをきかない。叔父はため息をついて、諭すように言った。


「長老、ツチノコっていうのはね、いるようでいない妖怪みたいなものなんだよ。つまりいないんだって。そりゃあ、もし本当にいたら凄いことだよ。でも、今までだって話だけで、実際にツチノコを捕まえたなんてニュースも何も聞いたことがない。ということはやっぱり、ツチノコなんていないんだよ。これだって、実は晃一が作った偽物だって言うじゃないか」


「そうなの。騙してごめんね長老。これは息子が作った偽物で、実は掃除機なのよ。掃除機といってもゴミを吸うことは無いらしいんだけど。ほら、自動で動いて掃除してくれるタイプのやつあるでしょ。あれなのよ。だから長老、そろそろ落ち着いて一緒にお茶でも飲みましょうよ」


 叔父と母の説得にも答えず、長老は動かない。おれはやはり、ツチノコの裏側見せるしかないと思った。そこからさらに、ツチノコを形成しているシリコンを外してしまえば、中から掃除機本体が見える。そうすれば、さすがの長老も……。


「わしは、本物のツチノコを見たことがある」


 場の空気が変わった気がしたが、すぐにおれは笑った。なんだ、そういうことか。長老に、してやられたというわけだ。騙すつもりが、騙されてしまったのだ。老人の迫真の演技に、おれたちは一杯食わされたのである。長老は、これがはじめから偽物だと分かっていて、それであえて騙されたふりをしていたのだ。本物のツチノコを見たことがあるなんて。まさか長老がそんな冗談を言うとは思わなかった。


 しかし、笑っているのはおれだけだ。叔父も母も、深刻と驚愕を混ぜたような、つまり、表現のしようが無い表情で固まっている。本当に場の空気が変わってしまったらしい。


「じゃ、じゃあ。このツチノコは本物なの」母が言った。いやいや、おれが作った偽物だよ。


「長老がそう言うなら、これは紛れもなく本当のツチノコなんだな」叔父が言った。これは紛れもなく本当の偽物だ。なぜなら、おれが作ったのだから。


「ちょっと二人とも、ツチノコなんているわけないじゃん」


 そう言い終わる前に、一匹のカナブンがどこからともなく飛んできた。室内でわりかし大きな虫が飛んでいると、人は自然とそれを見てしまうものだ。もちろんおれもそうだし、この場にいた全員がそうなっていた。


 カナブンはブーンと羽音を鳴らしながら室内を一回りすると、床の上に着地した。ちょうどそこは、ツチノコの進行方向だった。


 あ、轢かれる。おれがそう思った瞬間、なんと、ツチノコはカナブンを吸い込んでしまった。


 おれは悲鳴のようなものを漏らし、他の全員は歓声を上げた。

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