大山奥村大騒動

中野半袖

プロローグ

 向こうの方から警官が走ってくる。片手に持ってぶんぶん振り回している棒状の何かが、夕暮れの太陽に反射してキラリと光った。ピーピーと笛を吹きながら何事かをわめいているので、意味はさっぱり聞き取れない。距離はまだまだ離れているが、相手の殺気を嫌というほど感じる。このまま捕まると、一発二発殴られそうだ。


 おれは振り返り逃げようとしたが、反対側からは、マイクを持ったリポーターらしき女とカメラマンがこっちに向かって走ってきていた。女はカメラを見たり、こっちを見たりと忙しなくしながらも、下半身だけはこちらに向けて器用に走ってくる。これでマイクとカメラを向けられようなら、余計なことをべらべらと喋ってしまいそうな気がする。


 やはり逃げようと思うのだが、振り返れば警官がいる。こうなれば、山に入るしかない。


 藪をかき分け一歩踏み入ると、おれはピタリと動けなくなった。なぜなら、たいまつを持った村人がそこら中にいることに気がついたからだ。たいまつはゆらゆらと動きながら、こちらに集まってくる。犬が激しく吠える声まで聞こえ、捕まったらただじゃ済まなそうだ。


 どうする、どうする。どこに捕まっても、ろくな事にならないだろう。


 連中はどんどん近づいてくる。何か一発で解決できる言い訳でもあればと思うが、そんな都合の良い言い訳などあるわけも無い。


 落ち着け、落ち着いて考えるんだ。いやいや、落ち着いて欲しいのは連中の方だが、いやいやいや、まずは自分が落ち着かないとどうしようもないような気がするのだが、そんな簡単に落ち着けるような状態ではないし、果たして落ち着いたからといってなにか解決策が見つかるのか、ああ、近い近い、警官はもうすぐそこだ、カメラとマイクもすぐそこだ、犬も近いたいまつも近い。


 こんなことなら、帰ってくるンじゃなかった。

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