リアルコネクト〜レベルアップすると性転換が進んで美少女化していくんですけど〜

大神祐一

ゲーム初日〈1〉

 誰そ彼たそかれどき――誰がそこにいるのか分からないほど日が暮れだした時刻。逢魔が時と言われるほど不吉な時間帯。

 まさしく悪魔と言っても過言ではないほど、禍々しい波動を撒き散らした全身真っ暗な騎士がこちらに向かって歩いてくる。

 

 世界が闇に染まるより更に濃い闇。

 突然の邂逅。

 目に入った瞬間から冷や汗が止まらない。

 鼓動が激しく高鳴る。落ち着かない。喉が異様に渇く。木々が震える。風波が潮のように吹き荒れては体を押し、戻るように身を引っ張ってくる。

 

 絶対的強者だ。


「美羽ー!」

「……え?」


 左足の踏み込みの微妙な変化に危険信号を感じた俺は、蛇に睨まれた蛙のように身が竦んでいる妹を抱き抱え横に押し倒すように飛んだ。


 何も言葉を発することなく問答無用で斬り掛かってきた闇騎士。剣先の下の地面は亀裂が入っている。

 受け身を取り損なったが、間一髪、攻撃を避ける事が出来た。


 至近距離の悪魔がこちらを振り向いた時に、全身から血が抜かれたような身震いと心臓が握り潰されたような錯覚を覚えた。

 相手はこちらを殺す気でいる。

 お姫様抱っことか抱き方を気にしている場合ではないが、必死に距離をとる。

 あの動きが出来るのに追い討ちをかけない。

 その場からまだ動かない闇騎士。だが、逃す気は更々無さそうだ。

 

 最初の目的通り街に向かって助けを求めるか、障害物の多そうな雑木林を突っ切るか、考えてる余裕も与えてくれそうにない。

 美羽の手を握って、後者を選んで走り出す。

 それが短くも長い二十分ほどの逃亡劇の始まりだった。


「美羽ー、薙ぎ払いがくる」

「了解、まこちゃん」


 闇の波動を纏った黒ずくめの騎士の右手が既に外側に振り抜かれていた。

 回避するだけで精一杯。

 一振りは無音。音はあとからやって来る。

 たかだか横に一振りした一撃は、飛翔物となって後ろの木々を次々と勢いよく切り倒していく。

 そのさまを見せ付けられて初めて、斬撃が自分たちの横を通り過ぎていったことを知る。

 振り抜く瞬間も斬撃も目視では不可能。攻撃されてからでは避けられない。


「いや、だから、そのまこちゃん呼びやめろって何回も言ってるだろう。緊急事態なのに気が抜ける」

「いいでしょ? 別に〜。お兄ちゃんよりまこちゃんの方が響きが可愛いんだから〜」


 こちらは今日始めたばかりの超初心者だっていうのに、こいつ絶対に初日に遭遇エンカウントする敵じゃない。

 ゲーム開始時に持っていた初期装備は、防御も攻撃力も紙切れ同然。

 だというのに、その二人に死刑宣告を告げに来た死神が、じりじりと威圧感を放ちながらにじり寄って来る。

 運営は調整デバッグしてるのか? どうなってるんだよ、これ。期待に満ち溢れて始めたゲームなのに最低最悪、惨憺さんたんだー!


「可愛いのは求めてないから普通に呼んでくれ」

「だってお兄様呼びは嫌がったじゃん?」

「それはお前のキャラじゃないし、俺のキャラでもない!」


 ただ何分か戦いが続いている中で、技の癖なのか予備動作があることに気付いたおかげで、戦いを継続することが出来ている。だけどジリ貧であることに変わりはない。


「わがままだなあ〜」

「普通にお兄ちゃんでいいだろ?」

「普通過ぎてつまんない」


 別に妹と言い合いしている余裕はないのだけれど、美羽と二人きりプレイではいつもこうなってしまう。


「上、後ろに飛べ」

「うわ、あぶないあぶない」


 死角である上空から黒い槍が雨のように降ってきては、地面に突き刺さる。

 瞬時に動かないといけないため、指示も簡略しないと間に合わない。


「全力で走れ!!」


 けたたましい破裂音が離れていても耳をつんざくようだ。

 槍が地面に刺さってから数秒のタイムラグがあったあと、最初の爆発に巻き込まれて同程度の爆発が次々と襲ってくる。


「ひぃ〜」


 流石さすがに爆風までは回避できない。飛んでくる土や石、木の枝などが当たらないことを祈りながら全力で駆け抜ける。


『グフフフ』


 闇に覆われた鉄仮面を着けているからきちんと認識したわけではないけど、闇騎士はきっとニヤついている。俺たちを追い込む姿が、徐々に獲物を弱らせてから狩る変態染みたソレだからだ。

 こっちは全力で走っているというのに簡単に追いつかれる。


「まこちゃん次は?」

「今は分からん」


 はっきりいって、現実世界での武道で培った気配スキルが無ければもうすでにお陀仏に違いない。

 それとまだあいつが本気でないからだろう。

 逃げ道を防ぎながらこちらが回避できるギリギリスレスレを狙っている。能力差が歴然としているのにとどめを刺さないのがその証拠だろう。なにせこちらは二人共レベル1なのだから。


「美羽ーー」


 くそしまった。

 縦型の斬撃を避けるために左右に散ったところで、足を挫いてしまったのか怪我で動きが止まってしまった妹。

 助けなきゃの一心で精一杯走ってなんとか美羽の前に出る。


(あ、このスローモーションは……)


 だが前に出ることに全力を注いでしまった結果、防御が間に合わない。剣を盾にしようとするも相手の振り下ろしがゆっくりと俺の剣を粉々に砕いて俺の上半身を切り裂いていく。


「ぐがアッ――」

「ま、こちゃ、ん? え? いやああああああ――」


 胸付近で剣を左手で握り締める。剥き出しの刃を握るなんて初めての行為ではあるが、胴体を裂かれている今、痛みというより感覚そのものが麻痺しているみたいだ。もしかして頭もやられたのかもしれない。でもそのおかげで握りしめても痛みがない。

 残っている武器もないし回復アイテムも無い。ただこのまま死んでしまうのも嫌なので、破れかぶれでポケットの中に突っ込んでいた身代わりの札を数枚握って闇騎士目掛けて殴りつける。

 身代わりの札はいじめっ子集団に無理矢理押し付けられた。あいつらの負傷を俺に肩代わりさせるためのものらしい。それ故にこの札には俺の呪いがたっぷり込められている。

 

 この至近距離ならこいつはきっと避けられない。これが俺たちの最初で最後の攻撃になると思う。

 右手の最後のイタチっぺは闇騎士に吸い込まれるように中に入る。

 闇騎士から緑の閃光が漏れる。


――美羽は逃げられるだろうか。

 意識が薄れていく中で刃を握っていた左手の指が落ちていくのが見えた。


(ごめ、ん……み、う……)


 どうかせめて美羽だけは無事でありますように――、


――『システムエラー感知』――『バグナンバー不明』――『修正プログラム検知デキズ』――『対象者アカウント削除』――『実行』――


 暖かい光に包まれていた。なんだかすごく眠い。「まこちゃん」声が聞こえる。「まこちゃん」懐かしい声だけど五月蝿い。「お願い。目を覚ましてよ」やかましい。「なんだか、まこちゃん女の子になってる」


「はあ?」

 

 思わず飛び起きた。

 五体満足で痛みもない。怪我が完治している。 

 思わず胸と下半身を触ってみたものの膨らんでいる訳ではなかったし、あるべきものはちゃんと付いていた。一体何を持って女体化したと勘違いしたのかと問いだそうとしたところ――、

 目に髪の毛がかかる。髪がさっきより全然伸びている。手の指が細い。女爪。腰回りが細くなっていて、背が縮んでいた。美羽の身長と変わらないことに気付く。え? なにこれ?


「お姉ちゃんと呼んだ方がいいかな?」


 なんでそんなに貴女あなたは冷静なの? 混乱ここに極まれりなのは俺だけ?


 

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