第8話 幸運ですか?
「これが有名な銀の鈴か…」時計の針は10時10分前を指し先程から何度も何度も時計を気にする僕はいつにも増して緊張している。
平日とは言え東京駅には田舎では考えられない数の人が右へ左へと流れていく、スーツ姿の男性はどの人も出来る男にしかみえない…普段着とは別次元の着飾った女性達はどの人もキラキラと光ってモデルさんの様にみえる。
僕の実家は房総半島南部の漁村だ、漁村と言っても漁師しかいないわけではないがファッションには無沈着だと言わざる終えない。
そんな町で育った僕ではあるが上京してひと月が過ぎ周りの知人に教えを請い、なんとか繁華街に出ても悪目立ちしない衣装は手に入れました…たぶん…
「トキオ君!」銀の鈴の前で人混みに呆然としていた僕の耳に新緑の様に爽やかな声がこだますると先程までの人の波が嘘のように途切れ一筋の道が出来上がった。
その道の先に現れた彼女は僕を見つけるとその場で小さく小刻みに腕を振り少し照れながら僕の名を呼んでいた…『キュン死させる気かよ!?』
〜〜〜〜〜
新歓も終わり今日はサークルでGW中に行う河川敷清掃活動の為の部室ミーティングが開かれる、狭い部室に大人数が見込まれるために僕は室内の清掃を済ませ椅子を並べる作業をしていた。
「おっ?トキオじゃん!助かるよ!」代表の宗(柴田宗治)さんがミーティング準備の為に一足先に来たようだった。
「…でも、準備係ってお前だったっけ?」本来の準備係は僕と同じ1回生の白石君だったのだが「急なバイトの呼び出しで行けなくなったから!トキオ暇だろ?頼むわ!」と半ば強引に代行を押し付けられた事を説明した。
「…まぁ二人の関係をとやかく言うのもなんだが…」白石君は此れまでも何かしらの当番の度にバイトと言って僕に押し付けてきた前科持ちだった、僕としては時間が無いわけでもないので引き受けてきたのだが周りから観ている先輩達は目に余ると思ってくれているらしい。
「…アイツは何でもお前に押し付けるな!俺からもそれとなく注意しとくけど…時には断ることも大事だぞ!何でもかんでも引き受けるのは辞めとけよ!」宗さんは決して僕を責めて言ってるのではない!心配からの助言なんだ、だから僕はそんな宗さんの事を先輩として尊敬してるし好きなんだと思う。
ミーティング開始の時刻になり狭い部室には30名程が集まっていた、代表の宗さんが議長を務め清掃活動に関する諸々の議題をひとつずつ片付けられていった。
「…まぁこんなところか!後は足りない備品の買出しなんだが誰かいないかぁ?」議長の宗さんは立候補者が出ないか会場を見渡すが買出しなんて雑務を好きこのんでいく人なんていないだろう…
「…じゃあトキオ行ってくれ!」僕はキョトンとした…買出しに身分の低い1回生が駆り出されるのは世の常なのは重々承知している、しかし先程の助言が頭をよぎる…アンタも何でもかんでも僕にですけど!少しモヤモヤとした気持ちを抱えながらも承諾せざる終えなかった。
「あ〜でもトキオだけだと頼りないな〜…(西村)紗絵!すまんがお前も一緒に行ってやってくれ!」宗さんのその発言に場内の男性諸氏が色めきだったが後の祭りである、早々と終わりを告げる宗さんと(今更?行くなんて言うつもりじゃ無かろうな!)と言う冷たい視線を投げかける女性陣の前に下心満載の男性諸氏は黙って肩を震わせていた。
『宗さん!グッジョブ!』僕は宗さんへありがとうの視線を送りながら心の中で大きく叫んだ、宗さんは僕をちらりと見ると皆には分らないように少しだけ微笑んだ。
〜〜〜〜〜
『キュン死させる気かよ!?』天使様は僕の方へと微笑みながら小走りに近付いてくる、見た目も衣装も雰囲気も仕草も何から何まで可愛すぎる!『こんな娘と今日1日を過ごせるかもしれないなんて…』歓喜で感情が大爆発寸前です!『神様…と宗様もありがとう…』
「トキオ君ゴメンね待った?」僕は心の中で感涙しながら、でも気づかれないように平然を装いながら「いや…いま来たとこだから…」と天使には答えた、(偶然にも30分程!)隣りにいる人には聴こえない様に…
「じゃあ行こっ!」彼女は僕の腕を掴んで先導する、良い方に考えれば彼女から照れながらのファーストタッチだ!悪い方に考えれば…ハイテンションの今の僕に悪い方の考えは浮かばないぞ!
彼女は胸元にフリルをあしらった白いブラウスと黄緑系のカーディガン、淡い花柄のスカートは膝丈でつい見惚れてしまう…ファッションに疎い僕でもこれが都会のお洒落なんだと納得した。
彼女は買出しの内容を口付さみながら目的の店へと僕の腕を引いてゆく、道中ですれ違う人達が彼女に目を留める・二度見する・振り返る…街なかでも彼女は間違いなく『可愛い』のだ。
日用品店・雑貨店・100均等など足早に各店舗を周り備品を買い揃える、彼女が何故そこまで急ぐのかは考えないようにしていた、もし『こんな買出しなんて早く終わらせて帰りたいから』なんて思いを少しでも感じてしまったら辛いから…
「買出しは以上だね…結構な量になっちゃったね!」想定はしていたけども確かに…僕は両手にぶら下がる大きなビニール袋をみながら漠然とする、彼女も小さいとは言え両手に袋を持ってくれているし…
時刻は午後1時を少し過ぎた頃…僕だけが楽しい時間は終わる、なぁに!買出しとは言えこんな娘と疑似デートを味合わせてくれただけでもラッキーだった!余りに終わりが早過ぎて少し心残りではあるが贅沢は言ってられないと自分の心を説得する。
「トキオ君!この後はどうするの?」はい僕はこの荷物を部室に届けるか一旦自宅へと持ち帰るか…どちらにしても僕だけで事足ります…だから貴女はここで…
「用事がないなら!この後も付き合ってくれるかな…」
「…………」僕は立ち尽くしたまま彼女を見つめる…
「ダメならまた…」
「いいい…行きます!」余りの衝撃に意識を失いかけていたのだが何とか持ち直し僕は慌てて返答する。
「良かった!夏物の洋服をみたくって…折角だから一緒にと思って…」少しはにかんだ様子の彼女と引き続き疑似デートが出来るなんて!
いや!これは疑似以上本物未満位には考えてもバチは当たりませんよね!?
夢にも思わなかった幸運が転がり込んできたと大喜びの僕はその心の高ぶりを悟られないようにするのに精一杯だった事は言うまでも無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます