この世で暮らす人

白象作品



どうしてか、この町は快適に見えた。世界中からいろんな人々が、この世の出口を求めてこの町の施設にやってくるらしい。確かに坂の上のほうに、無機質で装飾性のないその建築物はあった。青空に、まるで月のように黙ってあった。



落ちている小銭に気がついても、私は拾うことができなかった。



町のふもとにある旅館に入る。旅館には音楽は流れていない。フロントに入る。廊下に入る。与えられた部屋に入る。部屋にすわる。部屋に横になる。

町には雑音がすくない。


いちばん小さい音、ごく微かな音として、波の音が遠く遠くからした。


傾斜のある高い町なのに、何処に海があるのか。


・・・


飛び起きて目が覚める。部屋には誰もいない。




旅館の隅の休憩所のようなところに、1人誰かがいた。窓に身を寄せてくつろいでいるふうに見えた。

私は近づいてみる。

真向かいにすわると、静かにこちらに気づいた。

得体の知れないまなざしを、表情無くこちらへ向けている。

ミツギ「外の人だ。物腰ですぐ分かるね」

シンプルなイヤリングが揺れ光っていた。その人は決して微笑んでは無かった。初めはそう見えたけど。


私は何も返事をしなかった。その人の言い方は何なんだろうか。優しさではない。でもいたずらでもなかった。


私のことを、その人はまだ見ていた。


ミツギ「坂を昇る人だけが、ここに泊まるんだけど。ここで暮らしてるのなんて自分くらいだな」


と、意味のありそうな事を言った。



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