第27話 竜殺少女
邪神を浄化する。目的はシンプルだ。
しかし、どのようにして?
創造神に赦しを乞う? 神の世界にあるとされる聖なる泉に身を浸してもらう? 人間界に生きる僕にはどちらも無理だ。
僕は復讐と破滅の神ジヴァーナムがどんな存在なのか知らない。話したのも二回だけだ。弱くてうるさくてお腹が減ってる可哀想な神様としか認識していない。
浄化するためにはもっと詳しく知る必要がある。
そう考えた僕はジヴァーナムを最もよく知るであろう女性に協力を要請した。かの邪神を普通の神に戻すためにどうすればいいだろうかと。
彼女の助力があれば道は切り開ける。そう確信していた。
僕の話を聞いたあと、オフィーリアががあっけらかんと言い放った。
「え、いやですけど」
「……」
「だって、頑張って考えた妄想設定が意味なくなっちゃうじゃないですか」
「……こちらにはデザートの頻度を三日に一度から毎日に増やす用意がある」
「えー、ぜんぜん釣り合ってないですよー。だってせっかくランク4になった復讐者のランクが1に戻っちゃうじゃないですか。雑魚魔物を狩るのが私の飯の種なのに。まあお兄さんが一生養ってくれるなら考えます。あ、もちろん待遇はお嫁さんですからね」
クソッ。僕は悪態をどうにか飲み込んだ。
確かにオフィーリアの言葉にも一理ある。ランクを上げ直すのは数年以上の時間と労力が必要になる。デザートじゃ釣り合いが取れないだろう。
「結婚式は伝統的なスタイルでしましょうね。あの衣装、憧れだったんです。それから――子どもは何人欲しいですか? オフィーリア頑張っちゃいますよ。…….ああ恥ずかしい、私何言ってんだろう。キャッ!」
オフィーリアは顔を手で隠した。指の間から上目遣いの黒い瞳が覗いている。
「……声が大きいよ。クリスが起きるだろ」
「はーい、あなた。二人だけの秘密ですもんね」
あまっあまっな台詞に僕はむせ返りそうになった。まずい、この部屋の空気に耐えられそうにない……
結婚はなしだ。僕は邪教徒とは結婚しない。せっかく引退したのに、教会に追われ続ける一生なんてゴメンである。
「ジヴァーナム様に聖水かけたんだけど、どうだろうか? 復天しそう?」
「ちょっと弱ってますけど、復天するってことはないかなあ…… てかお兄さん、私に相談なく浄化しようとするなんてひどい! 責任とって!」
「……ごめん。一旦この件は置いておこう。――それじゃあ、ジヴァーナム様がどうして邪神に堕ちたか聞かせてくれない?」
「ふっふっふ。聞きたいですか? ならば語りましょう。聞くも涙、語るも涙、宿命付けられた秩序神と我々の因縁、その悲劇の物語を」
オフィーリアはベッドの上で立ち上がり、ヨガでありそうな珍妙なポーズを取ってみせた。
「始まりはそう、世界創生のときまで遡ります。現在常識とされている歴史は、敵の使徒によって都合よく脚色されたプロパガンダなのです。真実はこうです、創造神はまず二つの神を生み出しました――」
「待って。すごく長くなりそうだ。現代まで飛ばしてくれ。……今度最初から聞くから」
オフィーリアは「もう」とぼやいて唇を尖らせた。僕の横に座って足をバタバタさせる。
「絶対ですよ? 約束ですからね。――分かりました。信じましょう。それでは三日三晩終わらないサーガは今度にします」
三日三晩終わらないって…… さすがに冗談だよな。安請け合いをしてしまっただろうか。
「それでは大幅に省略しまして、ジヴァーナム様の本来の力を恐れた教会が尖兵を派遣したところから始めましょう。創造神の直接のお子であるジヴァーナム様は人とともに生きる道を選び、ある村で穏やかに暮らしていました。しかし権力に固執した秩序神は謀反を恐れてジヴァーナム様を邪神と貶め村を焼いたのです! 虚飾と暴虐のホワイトドラゴンによって!」
信じがたい妄想と入り混じってどこまで本当か分からないが、教会のドラゴンに村を焼かれたらしい。
教会が突然攻めてくるっていうのは、まあよくあることではないが、たまにあることではある。
その土地に根ざした弱小の神を邪神と定めて侵攻するのは教会の常套手段だ。皆殺しにすれば真実はうやむやになる。
きっとその侵略の背後には高度に政治的な駆け引きや大物たちの陰謀があるのだろうが、僕には知ることはできない。
「ん? ホワイトドラゴン? メロナワイバーンのこと?」
虚飾と暴虐のホワイトドラゴンってのは聞いたことがないが、メロナワイバーンは数日前に見た。見たというか襲われた。
「ええ、世間一般ではそのように名乗っているらしいです。真名を隠して市民を騙す、悪辣な竜ですね」
「……広場にいたあのワイバーンに村を焼かれたってこと?」
そうだとしたらすごい偶然だけど。
「分かりません。似てましたけど同じ個体かどうかは…… 村を襲ったワイバーンをはっきり覚えているわけじゃないですし、混乱してましたから」
「そう」
「はい。――話を戻すと、ジヴァーナム様と私は秩序神とその手先である白竜への復讐を企図して日夜奮闘しているというわけです!」
白竜への復讐か。秩序神なんて実在しない妄想は置いておいて、メロナワイバーンに村を滅ぼされたのは事実なのだろう。
「それは……メロナワイバーンを殺したらジヴァーナム様の気が晴れて浄化されるってこと?」
そうだとしたら、僕は今からでもメロナワイバーンを殺しに行くけど。
オフィーリアは少し顔をひきつらせた。
「いや、やっぱり嘘です。メロナワイバーンに恨みなんてないかも。そもそもジヴァーナム様が復天したってクリスに寵愛を与える保証もないですし、やめときましょうよ」
「そうだね……」
メロナワイバーンを殺しても浄化されるかは分からない。
あのメロナワイバーンがオフィーリアの村を焼いた個体なのかも分からない。
復天したとして応報と再生の神ジヴァーナムがどんなクラスをくれるのかも分からない。
しかし、やるしかないのだ。行動しなければクリスはサイコキラー一直線である。それはだめだ。
「分かってくれましたか。わたし復讐者っていうクラス気に入ってるんですよ。性に合ってますし、かっこいいし、人と被らないし」
オフィーリアがべたりと僕にすり寄ってくる。
「面倒くさいことは忘れていちゃいちゃしましょうよ。一日部屋の中で寂しかったんです。お兄さんとお話できて嬉しいなーって」
媚びるような声を無視して、僕の脳細胞はこの状況をまとめて解決する革新的一手を弾きだした。
「よし、決めた。今からメロナワイバーンの手足翼をもいで連れて来る。クリスにトドメを刺してもらおう。これにジヴァーナム様は感謝して浄化され復天し、クリスに加護を与える。最高のシナリオだ」
「ちょっとお兄さん! 本気ですか!?」
「――僕はいつだって本気だ」
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