第25話 諦観少女
僕とクリスはめげずに頑張って職探しを続けた。
もはや剣士と復讐者以外のクラスを得ることは無理なのではというクリスの懸念は、パン職人になれたことで解消された。
可能性はゼロではない。そのことは僕にとってもクリスにとっても救いとなったのだ。
僕たちはアウルベルナ中を飛び回った。使える伝手はすべて使い、冒険者ギルドに頼んで僕の知らない神殿を紹介してもらいもした。
オフィーリアに出会う前に訪ねたものを合計すれば、三百近くの神殿で才能を測ってもらったことになる。この街アウルベルナにあるほぼ全ての冒険者向きクラスを試した。
現在、僕は事務所の執務机の前に座り、机の上で手を組んでいる。
ビビが僕の正面に立っていて、この部屋には二人きりだ。
いつもの場所で、いつもの席に座り、いつものビビの顔。僕は深呼吸した。ここなら落ち着いて話すことができる。
「クリスはどこに……?」
ビビがついに沈黙を破った。相変わらずの無表情だが、瞬きの間隔がいつもより早い。緊張し、心配しているのだ。
「部屋に戻ったよ。寝ているはずだ」
連日連夜連れ回している。疲労が溜まっているのだろう。食事と風呂を終えて、クリスはすぐ自室に引っ込んでいった。
「そうですか。……今日はどうでしたか?」
「驚かないでくれよ…… なんとクリスに三つも適性があったんだ! 三つ! 三つだよ!」
「す、すごい…… 今までは運が悪かっただけということですね……」
その通りだ。今までの不運がすべて裏返って幸福になってくれた。
今日もダメだったらいよいよ剣士か復讐者しかなくなっていたのだ。しかし最後の最後で神々はクリスに微笑んだ。四つのうちから好きなものを選びなさい、と。
「いやー、良かったよ。なんとかなりそうだ。あとは三つの中からじっくり選ぶだけさ」
これで辛い日々はおしまいだ。泣きそうになるクリスを慰めるのも、方々を駆け回って秘匿されている神殿を教えてもらうのも、今日でおしまい。
クラスを授かりさえすればクリスが魔王に覚醒する可能性はぐんと下がる。不快なことも困難も障害もすべて無くなるのだ。
僕の指導下であれば効率よく成長できるのは確定している。最高の環境を整えることができるのだ。ちゃちゃっと一流の冒険者にしてしまおう。
「ビビ、前に約束した高級レストラン、明日にでもどうかな?」
「え!? ……いいんですか?」
「いいんだ。クリスの精神も安定するだろうし、少しくらい目を離したって構わないさ。家にはオフィーリアもいるし。彼女はなんだかんだランク4だ」
たまにはビビのことも労う必要がある。いつも助けてもらっているのだ。
「じゃあ明日……」
「うん」
ビビは僅かにはにかんだ。滅多にみられない彼女の笑顔なので、焼き付けるべく食い入るように見つめておく。
「最近ビビはどんな調子かな?」
「……オフィーリアを襲う教会の異端狩りたちの動向を探っています。まだアウルベルナを捜索中ですが、この事務所は捜査線上には上がっていないようです」
「ありがとう。助かるよ」
何も言わずともビビはすべきことをこなしてくれる。教会の追手が捜索を諦めればオフィーリアは解放だ。鬱陶しい彼女がいなくなれば、本当に平穏な日々に戻る。僕としては待ち遠しい……
「……それから、魔王とジヴァーナムについての調査も続けて行っています」
「そう。よろしくね」
うんうん。なんだかよくわからないが、よきにはからえ。そんな気分だ。
「……そうだ! 状況が落ち着いたら旅行でも行こうか。オフィーリアを連れて行ったっていい。そして旅先で置いて帰ろう」
「…………」
「どこか行きたいところある?」
「そうですね。――北大陸で新発見された魔術を使うレイスを倒してみたいんですけど……」
北大陸? だめだよ。旅行じゃなくて苦行になっちゃう。ビビは旅行が何か知っているのだろうか。
「却下だ。アウルベルナより南の地域を選ぼう」
ていうか、しばらくそこに住んだっていい。アウルベルナ付近の魔物は強いので、ランク1が戦うのはなかなか難しいのだ。魔物が弱い南方ならクリスも立ち回りやすい。
僕は机の中から世界観光マップを取り出した。道端の露天商から高値で買った、たくさん書き込みがされてある世界地図である。
「ビーチのある街でもいいし、山の麓で湖の側みたいな街でもいい。夢が膨らむなあ。僕の密かな夢に、世界中すべての国を訪れるっていうのがあるんだ」
「あの、エディ」
ビビは腕を組み替えた。
「それで、クリスが適性のあった三つのクラスってなんだったんですか?」
「ははは。知りたい?」
彼女はジト目になった。かわいい。
「もったいぶらないでください」
「最高のクラスだよ。クリスにぴったりでどれも選びがたい……」
「……」
「正直、こんな運がいいとは思っていなかった。世の中不思議なこともあるもんだね」
どれも希少なクラスだ。運用法や修行法も確立されておらず、最初に慣れるまで少し時間がかかるかもしれない。
しかし僕は知っている。希少なクラスほど最強になれる可能性は高くなるのだ。神の寵愛は決して無限ではない。信者の多い神殿でランク6以上に成り上がるには非常に厳しい競争を潜り抜ける必要があるが、小規模な神殿ではそうではない。僕がいい例だ。
今回クリスが適性を示したクラスはどれも一流になるに足るだけのポテンシャルを秘めている。僕は確信していた。
「クリスがなれるのは、放火魔、サイコキラー、悪魔崇拝者だ」
ビビは目を閉じた。
「……邪神ですね」
僕は泡を吹いて倒れた。
▼△▼
僕はソファの上で目を覚ました。すぐそばにビビの無表情な顔がある。どうやらソファまで運んでくれたらしい。
「ビビ…… 邪神じゃないよ…… あの子はこのクラスで世界に羽ばたくんだ……」
「…………現実を受け入れてください」
クソッ!
なぜクリスは邪神ばかりに好かれるんだ!
「私にはなんとなく分かっていました。パンと裏切りの神アンダルシタに気に入られるということは、クリスはきっとそういう星の下に生まれたのでしょう」
「……そうだね」
邪神と辞書で引けば、第一に「教会にそう認定された神」、第二に「邪悪な神」と出てくるだろう。
パンの神も放火の神も殺人の神も悪魔の神も、第一の意味では邪神ではない。しかし第二の意味では邪神だ。
つまり、教会に金を払って大人しく従っているので邪神認定は免れているが、その性質は邪悪極まりないということである。
ビビの言葉によって、僕は目を逸らしていた現実を叩きつけられた。
クリスは邪悪な神様にしかクラスを与えられない……
「一応聞いておきますが、放火魔っていうのはどんなクラスでしょうか?」
「……放火が得意なクラスだ。放火しかできない」
「……サイコキラーは?」
「殺人が得意だ」
「……」
ビビは口を閉ざした。そうだよね。かける言葉も見当たらないって感じだ。
「悪魔崇拝者は……悪魔を呼び出して戦ってもらうらしい。代償に心臓やら血やらを要求される」
クリスよ。なぜ世界はこんなにも君に厳しいのか。泣いてもいいですか。
「知り合いにクラスを恵んでくれそうな神様とかいない?」
「……いません」
そらそうだ。僕もいない。我が女神アリス=マリアはだんまりである。クリスに加護を与えてくれと何度も願ったが返事はない。ふざけんじゃねえ。
くらくらする頭を抱えながら僕は体を起こした。柔らかいソファにどっぷりと沈み込む。
「ビビ」
「はい」
僕は彼女のひんやりとした両手を握り、正面からそのネイビーの瞳を見つめた。昼と夜の間の最も美しい空、ビビの瞳はその色だ。
「一つ、考えがある。これは――最後の手段だからできれば使いたくなかったけど、もうこれしかない」
「聞かせてください」
ビビはぎゅっと手を握り返してくれる。柔らかで滑らかな手だ。
彼女には――少し酷なお願いをすることになる。
「君はきっと反対する。でもよく考えた上でのことなんだ。協力してほしい」
「……エディにそこまで言われたら、私は反対なんてできませんよ」
息を大きく吐き出す。鼓動が高まっているのを感じる。
このふんづまりから抜け出す方法はたった一つ。
神がいないなら、作り出せばいいのだ。
「クリスに加護を授ける神がいないのなら、僕が神様になる!」
「………………」
道はこれしかない。僕が神になるのだ。方法もなんとなく分かっている。伝説が残っているのだ。それを踏襲していけば何かが見てくるはず。
難しいなんて言葉じゃ表現しきれないが、それでも僕とビビならやれるはず。
「そして僕がクリスに
ビビの頰を雫が伝っていった。涙なんていつぶりだろう。呆気にとられていると、僕は抱き締められた。
涙で肩口が濡れていくのが感じられる。熱い息が胸にかかって熱が伝わった。
「こんなになるまで追い詰められていたなんて...... 私がずっと側に付いているべきでした。ごめんなさい……」
「え?」
え?
僕はとりあえず彼女の背中を撫でた。サラサラの髪の毛は僕の指を阻むことなく心地よい感触だけを返してくれる。
「どういうことだろう?」
「人は――神にはなれません。その伝説は童話で、作り話です」
「…………」
「疲れているんですよ。休みましょう。さすがのエディでも――神様になるのは無理です」
「……じゃあビビがなったらいい」
ビビは首を横に振った。
「私には無理です」
「……」
最後の手段は木っ端微塵に粉砕された。
僕は白目を剥いて倒れた。
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