Lost Bible Chapter13 断罪を司る悪魔として召喚されたのでオカタイ聖女ちゃんと背徳的取引をしようと思う

訳者ヒロト

Prologue

大好きな女の話


 最初はこんな女の子じゃなかった。もっと堅苦しくて真面目でニコリとも笑わず、淡々として、僕はよく怒られた。


 銀色の髪の毛の先をくるくると弄りながら、上目遣いになって僕を見る。


「なんで私がこんなに苦しんでいるか分かりますか?」


 彼女は珍しく露出の多いワンピースを纏い、雪のような純白の肌を惜しげもなく晒していた。美しすぎて目を逸らす。僕はきっとひどく情けない顔をしているのだろう。


「あなたに教え込まれたからです。二つの料理をハンブンコすること、起きたら隣にいてくれること、愛してるって言われる感覚、そういうものを」


 普段は硬く冷たい意志で真っ直ぐな眼差しが、今は潤んで熱っぽく揺れている。


 真っ赤な瞳。


 ずっと前から僕はそれに魅入られていて、見つめられると木偶の坊になってしまうのだ。


「こんな気持ちになるなら出会わなければ良かった、とは言えません。神の教えで嘘は禁じられていますから」


 唇を開いて思いを話そうとしたが、パクつくのみで言葉は何も出てこない。


「もしあなたが悪魔じゃなくて、私がこんな運命じゃなかったら、世界一幸せになれたのに」


 彼女は悲しそうに微笑む。目を少し細めるだけの些細な表情の変化だ。控えめで慎み深くて、まるで”人生を楽しむ資格なんてないです”とでも言いたげな、僕が大嫌いな笑い方。


「神は残酷です。味見はさせてくれるのに、決して与えてはくれない。……これが罰なのでしょう」


 白い指先が僕の胸に触れた。そっと引き寄せられて、おでことおでこがぴたりとくっつく。僕が悪魔なら彼女は女神だ。抵抗なんてできるはずもない。


「とっても、とっても幸せでした。――大好き」 


 喉と舌は条件反射的に動いて同じ言葉を返す。何度も繰り返したセリフだ。


 赤い瞳はいよいよ涙を溢れさせ、あどけなさの残る頬を雫が伝っていく。


「なら、もういっそ、私を――」


 思う。あの日この女と出会ったことは、地獄の大魔王の御手によって定められていたのだろうと。

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