ほットけえ木

皆月 惇

この木なんの木?




 一番の得意料理は、ホットケーキです。そう言ったら、あんなのただ混ぜて焼くだけやろ、と友達もどきにバカにされた。それのどこが料理ではいけないのか。アイツは同じ言葉を繰り返すだけで、納得はいかなかった。小学1年生の秋だった。

 母が包丁を使わなくても作れるもの、として教えてくれたものである。粉から食べられるものへと自分の手で変える魔法が嬉しくて毎日作っていたら、両親共に飽きられてしまった。

 嫌な顔せずいつでも食べてくれ、メープルシロップだけでなくジャムの甘酸っぱさもまた美味しいと教えてくれたのは、よく家に遊びに来ていた同い年の女の子だった。そういう子との関係を幼なじみと呼ぶらしい。知ったのは、小学5年生の夏だった。


 中学生になっても、それまでの頻度とはいかずともその子は遊びに来ていた。学校ではなかなか喋らない代わりに、テスト1週間前になると勉強会と称したお茶会の開催。持ってきてくれたティーと、自信作のホットケーキで甘い空気を堪能していた。

 3年生の夏には、様子のおかしい時期があった。口数が減り、負のオーラが表に出ていて、自分はそれを高校進路の不安へと勝手に変換していた。


 それが誤りだったと、どうして齢15の自分が気付けただろうか。


 異なる高校へ進学し、彼女が遊びに来ることは全く無くなって。得体の知れない感情を形にするように、持つようになった連絡ツールでメッセージを送り続けた。返信は1日以上経ってからではあったが、来る度に安心感を得ることで苦悩の日々を乗り切った。

 短い人生の中で2度目の失敗は、高校2年生の冬。疑問形にしないと返ってこない不安から「どうしてる?」「大丈夫?」といった発言が多くなっていた。


『もうほっといてや』


 泣きそうになるのを堪えて、言葉通り受け取って連絡を絶った。

 この頃、母からよく冷蔵庫の牛乳を消費してほしいと言われることが多くなっていた。


「成長期のアンタのために買ってるんだからね」


 どうしていつでも材料が揃っていたのか。今度はつみ重なる疑問や思いを形にするように、小さなパンケーキをいくつも重ねていった。バターのしょっぱさを感じれるようになっていた。


 季節がさらに一周して、桜の木が気になり出した頃。既読がつかないトーク欄に、新たなメッセージを残した。


『地元の大学に進学するよ』


 相手のことを何か訊くわけではなく、一方的な報告。第1志望でもなく思うところはあったが、思惑が一切こもっていないコメントは初めて送った。

 入学してからはまた、忘れよう忘れようと日々を過ごしていった。自由だと聞いていた大学生活は、掛け持ちバイトの忙しさでいっぱいにしたところで、彼女の名前で通知が数年ぶりに入った。


『またあの味を食べたい』


 その次の日、バイトを初めて仮病で休んだ夏休み後半、昼下がり。玄関に現れた彼女は、大人びた装いに身を包んでいて。別人のような錯覚は「久しぶり」の声で、打ち消してくれた。

 オシャレ感を出すためにパンケーキにしようと思ったが、リクエストと違うからやっぱりホットケーキに。暑いからホットなのか、心温まるからホットなのか。そんな疑問を投げかけた幼い夏の記憶がよみがえる。


「うん、おいしかった。またつくってね」


 会話はなかった。緊張ではない。しょうがなかった。正当化したわけでもない。

 すぐに帰ってしまったその日の夜に、東京に行ってしまったことを一言メッセージで知った。



 ♢


「この庭に、柿のなる木なんてあったっけ?」


 あれから1週間経った。あの子と一緒になんか植えてたことなかったっけ。そう先に答えをくれたのは、まさかの父の方だった。確かに、これが育てば何とかなんて話していた記憶。その様子を見ていた事実に驚きでしかなかったが、家の外を見張るのが父親の務めだからな、との返しに妙に納得させられてしまった。

 8年前に抱いた違和感の正体にはさすがに気づいていた19歳の秋。取って食べてみた果実には甘さがなく、今度はおいしい干し柿の作り方を身につけようと決心する。今度は待つ方ではなく、思いの丈をぶつけに行くくらいの覚悟を、会わなかった過去の埋め合わせにいく勇気を欲した木曜日だった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ほットけえ木 皆月 惇 @penowl

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ