一年に一個でも食い過ぎだ
改めてガランバンをまじまじと見上げる。
キョトンとすっとぼけた
「っつうか、世界を作るってなんだよ。晩飯じゃねぇんだぞ」
思わずこぼした独り言を、飛田のおっさんが苦笑いで拾い上げる。
「現実世界でも、『神が数日かけて作り上げた』ですとか、『神々が産んだ子供が世界になった』ですとか……そうした伝承や伝説は世界中にあるんですよ」
黙って話を聞いてたカツが、急に勢いよく手を上げる。
「あ、はい!俺も日本の伝説は知ってます、クサナギとイタガキですよね?」
「どこの若手漫才師だよ。イザナギとイザナミだ」
「え、意外……兄貴、この話知ってたんですか」
目を丸くした素直すぎるカツに、思わず苦笑いが出ちまう。強面ヤクザの口から日本の伝説が出てくるだなんて、カツじゃなくたってそりゃ驚くか。
「
「え?!道中ずっとトイレってことですか?!」
「……俺は『うんちく』って言ったんだがな」
じんわり始まった頭痛を感じつつ、ガランバンのクソデカい胸板をバシンと叩く。
「今うちの連中が言ってた話、あれマジか」
「うん。ちっちゃい頃、ママンに聞いたことあるぞ。『ご先祖さまたちがこの世界を作ったんザマス』って」
「結構アク強ぇな、お前んち」
とはいえ、どうやらストームジャイアントとやらがこの世界を作ったのは本当らしい。となると、魔王軍の狙いも薄々見えてくる。
「……ってことはアレか。魔王軍に好都合な世界の形を作らせるために、無理矢理お前を引き込んだってことか」
「ううん、ちがうよ」
前言撤回だ。魔王軍の狙いはまるで分からない。
「なんかね、幹部にでっかいヤツがいなかったんだって。だから入れって言われたんだ、俺」
「どういう理屈だ、そりゃ」
「うーん……よく分かんないんだけど、見栄え?が大事とかなんとか」
「絵面気にしてんのかよ、魔王軍」
呆れながら返すと、次の疑問が湧いてきた。
「じゃあお前は、人間ぶっ殺してやるとか世界征服してやるとか、そういった類の気持ちはまるでねぇのか?」
「そんなのないよー。ただ、言われたことやってればお腹いっぱいご飯食わせてくれるから、魔王様に従ってんだ」
ニコニコと笑うガランバンの笑顔に、苦い気持ちになる。
悪気なく悪に染まっちまうヤツってのは、「悪いこと」の本質と弊害を知らないガキに多い。
そして、こういう自覚のないケースが一番、
結果、人を信じられなくなって落ちるところまでズルズル落ちてったヤツを、俺は何人も見てきてる。
図体こそデカいが、話してる限りじゃガランバンもどうやらまだガキだ。飯に釣られ、言われるままにあっちこっちで暴れてんだろうが、きっと本人にしたら遊んでる感覚でしかない。
分別があるって意味じゃ、腹くくって悪の道に進んでる俺らの方が、正直まだマシだ。
「……小知恵の回るヤツってのは、どこの世界にもいるもんだな」
久しぶりに浮かんだ
「……俺らが腹いっぱい食わせることが出来りゃ、お前は魔王んとこから足洗えんのか」
「足ぃー?あんまり洗ったことないなぁ」
「そういう意味じゃねぇよ。あとたまにゃ足ぐらい洗えよ、汚ぇだろうが」
噛み合わない会話にイラつきながら、どうにか会話をつなげる。
「お前、俺らの仲間にならねぇか」
「ち、ちょっと兄貴!急にパンイチでなに言いだしてんですか?!」
「今パンイチ関係ねぇだろ」
当然くるだろうと思ってたカツの異議申し立てに、いっそ堂々と腰に手を当ててやる。
「ゼフトが連れてきた千人がかりでも倒せねぇんだ。そんならこっちに引き抜いちまった方が話が早ぇ」
「あんたさー……ほぼ全裸で簡単に言ってくれるけどね、」
腕を組んだフェリダも、珍しく難しい顔でこっちを見てくる。
「あれだけの巨体だよ?どんだけ食べると思ってんの。とてもじゃないけどウチじゃ面倒みきれません」
「捨て犬拾ってきた子の親かよ。そんなもん、聞いてみねぇと分かんねぇじゃねぇか」
ムッとしながら、ガランバンをまた見上げる。
「なぁガランバン、お前普段なにをどんだけ食うんだよ」
「俺が食うのはねー、山!」
「やま?」
多分だが、目が点になった。俺が知ってる山の話か?
首を傾げてる俺をよそに、ガランバンはニコニコと続ける。
「俺、あんまり腹へらないんだけど、一年にひとつだけ、山食うんだ。うんちなんかも、その時に一回だけするんだよ」
「今日はやけに汚ぇ話ばっか飛び交ってんな」
ぼやいてはみたものの、山が主食とは恐れ入った。そして残念ながら、どう考えたって俺らの手にゃ負えない。
溜め息を吐きながら、まだしっかり気絶してるゼフトを足先で乱暴に揺する。
「おいジジイ、永眠してぇ年頃なのは分かるが、いい加減起きやがれ」
「……あぁもう、心底やかましいわ!!おちおち気も失えんわい!」
「おぉ、渡んなかったみてぇだな、三途の川」
起き抜けになにをそんなにイラついてんのかは知らないが、ガランバンの諸事情をまとめて話す。
「……ってことでよ、コイツは山さえ食えりゃ満足なだけなんだ。王国側で面倒みてやりゃ、戦力になんじゃねぇのか」
「と言うか……どうしたんじゃ、突然」
ゼフトが、真っ白な眉の片っぽをぐいと押し上げる。
「魔王軍の手下の面倒を見ろなどと善人面しおって……一体、どういう風の吹き回しじゃ?何を企んどる?」
「なにも吹いちゃいねぇし企んでもいねぇよ」
答えながらつい苦笑いだ。自分の行いのしっぺ返しを恐れてんのか、卑怯者ってのは警戒心がひと際強い。
わざわざこんな話をしなくちゃならないのも痒くて仕方ないが、真意を打ち明ける。
「ただよ……なにも知らねぇガキが、自分のやってることもろくに分かんねぇまま、人から恨まれんのは違う気がするだけだ。お前だって話して分かってんだろ?ガランバンがまだガキだって」
「なにを寝ぼけたことを……魔王軍の事情など、王国軍に関係あるものか。わしは、」
「またまたぁ」
我慢できなかったのか、近くにいた兵士が半笑いで口を挟んでくる。
「前に言ってたじゃないですか、『孫を思い出して本腰が入らない』って」
「ななな、なぁーにを口走っとるんじゃこの馬鹿者!!」
図星だったんだろう、ゼフトは真っ赤な顔して目ん玉ひん剥いた。つい口元がほころんじまったが、自分の片眉が意地悪く上がってるのも分かってる。
「ははぁーん……つまりアレか。ちょい戦ってみたら孫ぐらいのガキで気が引けるし、大将軍って仕事にもくたびれちまって休みてぇし、いっそここで時間潰しちまおうって
「う……ぐぬぬぬ……」
「どうやら当たりみてぇだな、そのツラ見る限り」
歩行者信号よろしく青くなったり赤くなったりしてるジジイを眺めながら、腕を組んで考える。
ガランバンは拾われただけで、魔王軍でいることにこだわりはない。だが、いざ抜けるとなれば魔王軍からは間違いなく追手が来る。
ゼフトたち王国軍は俺らを含め、王国に都合の悪い存在をどうにかしたい。だが、王都には帰らずのんびり過ごしたい。
一方の俺らは、どっちにも立ち去ってもらいたい。更に言うなら、俺個人はガランバンをどうにかしてやりたいと思っちゃいるが、俺らじゃ面倒みきれない。
となりゃ、出る答えなんざ自然とひとつに絞られる。
「よし、ジジイ。手伝え」
「手伝え……とは、なにをどうするつもりじゃ」
ようやく乾いたズボンを履きながら、俺はゼフトの質問に応じる。
「引っこ抜くんだよ、ガランバンを」
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