派手に仕上げすぎてんだよ

 もっともらしいツラをしたカツが、コホンと咳ばらいをすると、手にした水晶玉に向かって声を張り上げる。


「さぁ皆さん、大変お待たせいたしました!これより悪ケ山あしがやまカップ、いよいよ開催です!司会はワタクシ卦樽井けだるい組の末端構成員、カツが務めさせていただきまーす!」



 カツの声が大きく響き渡ると、フェリダたち傭兵団ら勿論、言葉が分からないはずの魔物までがウワーッと大声を上げる。

 当然、黙って見過ごせるはずがない。ツカツカ歩み寄ると、カツの耳をひねり上げる。


「なにやってんだバカ。誰が司会しろっつったんだよ」

「痛ててて!いや、司会いるでしょ、こんだけデカい話になってんですから!」


 のたうち回りながら俺の手をほどくと、カツは満面の笑顔を寄せてきやがる。


「それに、この対決が盛り上がって終われば、ひょっとしたら和解って話にもなるかもしれませんよ。良く言うじゃないですか、『雨降ってジ・エンド』って」

「そこは固まっとけ、そして終わるな」


 腰に手を当ててうなだれてると、おどおどとした視線を感じた。首を向けた先で、リデリンドが申し訳なさそうに上目遣いでこっちを見てる。


「なんだって水晶玉あんなもん貸しちまったんだ」


 カツが握りしめてる水晶玉には、風の精霊が封じられてるらしい。

 その力で拡声器よろしくカツの声を大きくしてるそうだが、そもそもがリデリンドの持ち物だった。


「も、申し訳ありません。どうしてもボージー様……と、……カガリ様……を応援したくて、つい……」

「気持ちはありがてぇんだがよ」


 溜め息をつきながら周囲を見回す。

 観戦席にびっしり座る魔物、声援を上げるフェリダたち。良く見りゃダロキンまで、幌から乗り出してニコニコとこっちを見てる。さながら「お祭り騒ぎ」の見本だ。


「せめてお前だけはまともであれよ……」

「本当にごめんなさい、次から気を付けます」

「……次から?」


 頭を下げたリデリンドが小走りに去っていく間も、カツのうっとうしい口上は続いてる。


「片や泣く子ももっと泣いちゃう魔王の軍勢、片や異世界から来た人間と亜人の連合軍!果たして勝利を手にするのはどちらなのか?!解説のリデリンドさん、この世紀の一戦、どう思われます?」

「あの、そうですね……どちらの代表にも、普段の力を余すことなく発揮してもらいたい……です、はい」


「今回は見逃せってか」


 いつの間にか設けられてた司会席、カツの隣にストンと座ったエルフの王女様を前に、もうそれしか言葉が出てこない。



「さぁーそれでは皆さんお待ちかね、選手の紹介です!まずは魔王軍から!」


 いよいよカツのテンションが上がり始めてる。水晶玉を握った右手の小指がピンと立ってて、腹立たしいったらない。


「数多の魔物を従える、あの魔王軍の五魔将が一人!フォーダン領でその名を知らぬ者はない、人呼んで『至高の暴虐』!黒竜、ジーアールーガー!!」


 名前を呼ばれると同時に、地響きにも似た大歓声だ。一歩前に出たジアルガが右手を上げ、薄ら笑いを浮かべながら応える。

 確かに、魔物共の数を考えれば納得の大人気だが、そんなことより。


「カツの野郎、なんだってあんなに詳しいんだよ。五魔将なんて話、初めて聞いたぜ」


 くわえ煙草で首を傾げてると、ボージーがフォームの確認をしながら疑問に答える。


「あぁ、あの口上なら、ジアルガ本人がカツに頼んどったぞ。何度か目の前で練習もさせておったわい」

「乗り気が過ぎんだろ」

「ちなみに今の『至高の暴虐』という文言、カツが考えて見事採用されとった」

「見事なもんか。至高の大バカかよ」


「そして、五魔将ジアルガとペアを組むのはー……ゴーブーリーンー!!」


「人選のセンス死んでるな」

「とにかく自分が目立ちたいんじゃろ」


 ボージーと二人、なんだかスンと冷静になったところで、カツがいよいよこっちを向いた。できないんならウインクなんてするんじゃねぇ。


「対しますは人間と亜人連合、まずはこの人!一流の戦士にして超一流の職工、うっかりミスは星の数!『カガリよ、すまんかった』ドワーフ、ボォォージィィー!!」


「……なぁんか気合いが入らんのじゃけど」

「まぁそう言うな。どれもこれも外れてねぇ」


 浮かないツラで小さく手を上げるボージーを横目に、思わず小さく吹き出す。

 いや、笑ってられる立場じゃない。次は俺だ。


「トリを務めますは……我らが兄貴、今日も背中が大きいぜ!殴って蹴ってぶっ放す、スーツを着た生きる爆弾!『ぬか漬け旨ぇだろ』カガリ恭司キョウジー!!」


「いじり倒してきたか……そうかそうか、フフフ……」

「カガリよ、穏便にじゃぞ、穏便に!」


 低く笑う俺にボージーが慌ててると、必要以上に胸板を張ったジアルガが、ゆっくりこっちに近付いてきた。芝居がかったというより、もうコントの気配まである。


「……遂にこの時がやってきたな、カガリキョージ」

「そうだな、半日かかったしな」

「二度と立ち上がろうと思えぬほど、貴様を徹底的に叩き潰してくれるわ!」

「ボウリングでだろ」

「そう!他ならぬ、あのボウリングでだ!!ハーッハッハッハッハ!!」

「声でけぇな……」


 うんざりしながら、噛み合わない会話に煙を吐いた。




「では、私からルールを説明します」


 俺たち二組の間にチユノハが立つ。お前もそっち側のテンションなのかよ。


「ピンは10本。1レーンと呼ばれる中で、その10ピンを倒す為に2回まで投げられます。これを合計5レーン分繰り返して、より倒した数が多い方の勝利です」


「なんだ、聞いていた通りではないか。これでは拍子抜けだな」

「拍子だか間だか抜けてるとこ申し訳ねぇが、決まった通りにやるのがルールってもんだ、覚えとけ」

「良かろう、貴様に免じて覚えておいてやる!」


 バサッと翻ったジアルガのマントが、俺の顔を勝手に撫でてく。そうだな、どっかしらでアレ引きちぎってやろう。


「一投で10ピン全部を倒した場合、そのレーンではそれ以上投げられない代わりに、特別に得点が加算されます」

「ふむ。いわゆる『全倒』じゃな」


 太い腕を組んだボージーが漏らすと、ジアルガとゴブリンの魔王組も首を縦に振ってる。こっちの世界じゃストライクをそう呼んでるらしい。


 つまり、ガターがないという違いこそあるが、俺が知ってるボウリングの短いバージョンってことだ。それならダロキンとやった時と大した差はない。



「それでは早速いってみましょう!まずは先攻の魔王軍、栄えある第一投はどっちだ?!」

「ここは当然、俺だろうな」


 ノリノリのカツの実況に、一歩踏み出したのはジアルガだった。球を手に堂々と佇んでる。


「おい、カガリキョージよ」

「はいはい」


 めんどくさくなって適当に返してみたが、ジアルガはそんなことお構いなしに続ける。


「貴様はボウリングで魔球を見たことがあるか?」

「……魔球だぁ?」


 つい鼻で笑っちまった。カーブをかけることこそ出来ても、魔球なんてもん、ボウリングにそもそも存在するはずがない。だが。


「貴様の世界とこの世界、よもや道理が全て同じだとは思っていないだろうな」


 ジアルガの一言に、一気に我に返らされる。

 今さら過ぎるが、ここは異世界だ。魔法も使えれば魔物だってうろついてる。俺らが暮らしてたあっちの世界とは何もかも違い過ぎてる。となれば、ボウリングだって知ってるヤツとは限らない。


 嫌な予感で胸がざわついた。

 まさか、俺の常識モノサシの外にある何かしらを隠してるんだろうか。だが。


「そんなら見せてみろよ、その魔球ってのをよ」


 くわえ煙草のまま言い放つと、負けずに堂々と腕を組む。


 ジアルガが魔球とやらを扱えるとしても、俺がやるべきことは最初からたったひとつだけ。


 そう。勝つことだ。

 

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