しかしすんなりいかねぇな
「……なぁ」
くわえ煙草で声をかけると、ジアルガは仁王立ちしたまま、隣の俺をギロリと睨みつけやがる。
「気安く話しかけるな。決闘の前だぞ」
「……決闘っつうか1ゲームな」
殺意をみなぎらせてるジアルガを前に、どうにか一言だけ返すと、思わず頭を掻いた。
無論、町やリデリンドがかかってるからには、大勝負なのは間違いない。ただ、これからやろうとしてるのは、何度考えてもただのボウリングだ。俺らに迫ってるはずの危機感と対戦の内容が、どうにもチグハグで調子が狂う。
本調子が出ない理由は、他にもある。むしろ本題はこっちだ。一度大きく咳ばらいをすると、ジアルガに改めて顔を向ける。
「提案なんだがよ」
「まさか貴様……臆したのではないだろうな」
フンと鼻を鳴らしたジアルガは金色の目をカッと見開くと、マントを仰々しく
「決闘はボウリングだ。無論、指相撲など却下よ!」
「まだなにも言ってねぇんだがな」
やんわり始まった頭痛に顔をしかめながら、煙を吐き出す。
「いや、勝負は勝負で構わねぇんだが……今回はその、なんだ……『遊びで』ってことにゃならねぇか」
「なぁぁにぃ?」
グルリと首をこっちに向けたジアルガは、口の端からボウと火を漏らす。さっきから動きがいちいちうっとうしいな、コイツ。
「やはり臆したのだな、カガリキョージ。今更になって、この大一番を『試遊にしろ』と……挙げ句『指相撲に変更しろ』と、そう言いたいのか?!」
「半分合ってて半分言った覚えすらねぇよ」
「貴様……どうあっても俺にボウリングをさせない腹積もりか!だが残念だな、ここはどうあっても倒したピンの数で片を付けさせてもらうぞ!」
「もうただただボウリングやりてぇだけじゃねぇか」
呆れながら返すと、顎で濠の先を指した。
「俺はボウリングで構やしねぇんだ。ただよ」
「ちょっとー、ここ釘打ったの誰ー?ガッタガタなんだけど」
金槌を片手にしたフェリダが大声を出すと、せわしなく動いてる魔物の中から、一匹のオークが「フゴ」と名乗りを上げてる。
「あのね……こんな風に斜めに釘打ったら、きちんと固定しないでしょ?あんたら全員が乗るんだから、ちゃんと丁寧に組まないと。言ってること分かる?」
「……フゴン」
「そっか。分かれば良いの、分かれば。しっかりやんなさいよ?」
満足そうな顔のフェリダは、首を回すと遠くに向かって手を振る。
「ゴルリラー、もう丸太はそんぐらいで良いかもー!設営の方に回ってー!」
「分かったー!これ運んだら、もウホかの作業に回るよー!」
ゴリラモードのゴルリラが、バカみたいに太い木を担いでノシノシ戻ってくる。フェリダの前には、既に運ばれてきた木が山積みだ。それを何匹かのゴブリンが運び出すと、オークの指示を受けながら、雑な木材に加工してく。
「観戦席まで作る必要あっか?」
ぼやかずにはいられない俺に向かって、ジアルガがニヤリと不敵に笑う。
「そうか、カガリキョージ。大勢の前で負けるのがよほど怖いと見える」
「いや、そういう話じゃなくてよ」
「安心しろ、始まってしまえば決着などすぐだ。お前もピンも、俺という存在の前には立っていることなど出来んのだからな!フフフ……ハァーッハッハッハ!」
「お前とは来世でも噛み合う気がしねぇわ……」
そう。ボウリングでの対決が決まって早々、「この場にいる全員に証人になってもらう必要がある」だのと
「どうでしょう、だいぶ平らになったと思うんですけど……」
「……左側にまだ少しだけ傾いてるようですな。もう少し調整しましょう、トビタ殿」
額の汗を拭うトビタのおっさん、地面に這いつくばって水平を取ってるゴーワン。ポケットに手を突っ込んだまま近付いてみると、レーンの設営を任された二人は真剣そのものだ。
「なぁ……ここまでやんなくても良いんじゃねぇか」
「いえいえ、ダメです」
呆れ交じりの俺の一言に、飛田のおっさんはスチャリと眼鏡を上げる。
「ボウリングだろうとなんだろうと、決闘なのは確かですから。レーンの出来栄えで有利不利があるんじゃ本末転倒ですしね」
「既に派手に転んでる気もするんだがな」
「トビタ殿の仰るとおりです、カガリ殿!」
俺の呟きを耳ざとく拾い上げたのはゴーワンだった。選ばれなかったことなんて忘れちまったかと思うほど、爽快な笑顔を向けてくる。
「騎士たちの一騎打ちがもっとも有名ですが、この異世界では、一対一の決闘は珍しくありません。そして、勝敗に互いの大切なものを賭けることも多いのです」
「そういや賭けごと好きなんだもんな、お前ら」
「えぇ、そうです。そしてなんであれ、決闘は公正でなくてはなりません」
ゴーワンは手作りのレーンへと視線を落とす。
「一騎打ちする騎士の一人が馬上槍を、もう一人が長ネギを持っていたらどうですか、カガリ殿」
「そんなわけあるかよ」
「そういうことです」
「どういうことだよ」
しきりに頷くゴーワンに思わず漏らしたが、その真剣な横顔から、この世界のヤツらが決闘に真剣なことだけはなんとなく伝わってくる。
良く良く考えてみれば、魔物という危険が隣り合わせってことは、命を賭けて毎日暮らしてるってことだ。賭けるものが何であれ、そして対決相手が魔物だったとしても、決闘自体はきちんと行われることが大前提なんだろう。
そこまで真剣に決闘を考えてくれてるなら、球を転がすだけって考え方も改めなゃならないし、観戦席も百歩譲って飲み込んだって良い。だが。
「おっさん、なにしてんだよ」
次に足を向けたのは、濠のほとりに停められた馬車だった。言うまでもなく、ダロキンのあれだ。
「なにって……見て分かんねぇか?商売だよ、商売」
幌の中にどっしりと構えたダロキンは、俺を見てニンマリ笑ってやがった。ビールやワインに似た酒樽が用意され、干し肉や魚なんかも並んでる。
挙げ句、既に魔物がちょっとした列を作ってた。緊張感がねぇんだよな、どいつもこいつも。
「町の中でおとなしくしてる約束だったろ。なんで露店開いてやがんだ」
「勿論そのつもりだったさ、最初はな。だが残念だったな、商人ってのは金の匂いにゃ敏感なんだよ。……おい、1枚足りてねぇぞ」
慌てて小銭を付け足したオークにビールと干し魚を渡すと、ダロキンは「毎度ぅ」と笑顔で手を振る。いい加減、いちいち言うのもおっくうになってくる。
「……危なくなったらすぐ引き返せよ、良いな」
「んなこた言われなくても分かってるさ。命あっての商いってもんよ」
溜め息と煙を吐き出してると、幌の奥からひょこっと顔が出てくる。
「ダロキンさーん、樽が空になりそうなんですけど、次ってどれから使えば良いんです?」
「バイトしてんじゃねぇ!」
タオルを頭に巻いたカツの頭を、思い切りはたきつけてやった。
四段のそこそこ立派な観戦席、ちょっとした露店、こだわり抜かれたレーン。三つを何度も眺め回してる俺の傍を、酒とつまみを抱えた魔物と弓使いチームがワイワイと通り過ぎてく。
「祭じゃねぇんだぞ、っとによ……」
そう呆れてはみたものの、これだけの大勢を前に決闘なんてのは、初めての経験だ。
どうしようもなかった
「そろそろ出番だぞ」
「うむ、ようやくかの!見せてやるぞ、わしの腕前!」
自信満々に立ち上がったボージーとは正反対に、リデリンドが眉をハの字にして駆け寄ってきた。その視線に、どうにも嫌な予感がする。
「どうした、なんかあったか」
「何かあったというほどのことではない……とは思いたいのですけど」
「なんだよ、歯切れ悪ぃな。どうしたってんだ」
問い詰めると、リデリンドは小さく頷いた後、口を開く。
「会場の設営を待つ間、ボージー様とお話していたんですけど……ボウリングの球を持つの、百年以上ぶりだそうです」
「あ゛ぁ?!」
今日イチのガラの悪い大声が、俺の口から飛び出してた。
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