第2話 学院の思い出①
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私たちは最低限の教育の土台を築くために学院に通っている。
学院は貴族だけではなく一定の基準を満たした平民も通っているのだが、そこでちょっとした、いや結構大変なトラブルが起きた。
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「ファレン様、おはようございます」
「ああ、おはようアリシア。今日は前髪を垂らしているのかい? 似合ってるね」
ファレン様は私のちょっとした変化にもすぐに気づいてくれる。
でも私も負けてはいないのだ。
「ありがとうございます、ファレン様こそ──」
私もファレン様のどんな些細な変化にも気づける自信がある。
だが!
「ファレン様こそ……あれ?」
私は首をかしげる。
「僕は何も変えてないから」
ファレン様が苦笑しながら言った。
あ、そういうパターンもあるのねと私は恥ずかしさを笑いでごまかし、ふとファレン様と目と目を合わせて──
──アリシア、君を愛している
──ファレン様、私もです
私の頭の中でそんな会話が繰り広げられ、そして!
「ファレン、アリシア、今は朝だしここは教室だぞ」
そんな声で正気に戻った。
王太子のジード様だ。
「も、申し訳ありません王太子殿下……」
ファレン様が慌てて頭を下げた。
「お恥ずかしいものをお見せしてしまいまして……」
私も顔を真っ赤にして謝罪する。
周囲を見てみるとニヤニヤとこちらを見ている友人知人の姿。
本当に恥ずかしい……。
「そう言えばファレン、もうじき模擬試合だな。君とは当たりたくないものだ、なんといっても容赦がないから」
ジード様が冗談めかして言うが、その表情をよくよく見ると少しひきつっている事がわかる。
ファレン様は本当に容赦がないのだ。
ファレン様のフルネームはファレン・セレ・キルシュタインと言うのだが、キルシュタイン伯爵家は代々王家の剣術指南役を任せられている。
剣の腕はもちろん学院一で、なんだったら剣を使わなくても素手で木を切断してしまうくらいは朝飯前にやってのけるのだ。
普段は優しくかっこよく、細やかな気遣いも欠かさないファレン様ではあるが、とても厳しい面もある。
人はそんなファレン様を怖いというし、実際に私も怖いとは思うけれど、キルシュタイン伯爵家のお勤めを考えればそれくらいでなければ務まらないとも思う。
それに普段穏やかなファレン様のワイルドな姿はちょっと……いや、かなりかっこいいとも思ってしまう。
そんなこと私が思っていると──
「そうですよ、ファレン様! 王子様にひどい事しちゃだめなんですからねっ」
神経をどこか逆撫でる様な甲高い声が教室に響いた。
隣のクラスのリンジィ・セラ・ヒンギス男爵令嬢だ。
実の所私はこのリンジィ様が少し苦手だったりする。
なぜなら──
◆
「やあ、リンジィ。今日も元気が良いね。君を見てると私も元気が出てくるよ」
ジード様がリンジィ様に声をかけた。
女なら誰でも気づくんじゃないだろうか、ジード様はあからさまにデレている。
体と体の距離を半歩縮め、なんとリンジィ様の髪にまで触れている。
髪に触れるのはどうかと思うが、デレる事自体は無理もないのだ。
なにせリンジィ様は大変お美しく──いや、お可愛く? とにかく妙な色気がある。
他の者たち、とくに殿方はそのほとんどがリンジィ様が教室に現れると相好を崩していた。
ただ、デレてはいけない立場というのもあるんじゃないだろうか?
例えば婚約者が居たりだとか。
私はちらと
──やっぱり
エレンディラ様は酷く冷たい目でジード様とリンジィ様を睨みつけていた。
私にはエレンディラ様の気持ちがわかる。
もしファレン様がリンジィ様をあんな目で見ていたらいい気はしないだろう。
ましてやエレンディラ様はファレン様の婚約者なのだから……。
ちなみにファレン様の様子は変わらない。
というより、私の方を見ていた。
ファレン様が何かにつけて私を見るのは慣れているので、私は軽く手を振ってみた。
ファレン様も手を振り返してくれる。
嬉しかった、が。
私は二人の令嬢の、それぞれ異なる視線を感じて困惑してしまった。
エレンディラ様からの探るような視線、そして──リンジィ様からの敵意に満ちた視線。
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