正拳の龍

@panchitaro

第1話 平凡

1. 国本由比。とある町の喫茶店のウェイトレスである。マスターは私の旦那朗。2年前に結婚した。所謂授かり結婚である。2年前に前のマスターの片桐さんが、体調不良のため、もう引退の時期のため、そして、私の出産のため、少し、というより店のほとんどのことを手伝ってくれていたため、私の旦那が後を継ぐことのなり、夫婦経営と言う形になった。それから数か月後子供が生まれた。子供の名前は「優」。かわいい女の子であった。

 私たちには町の人には知られてはいけない秘密があった。それは、朗は元やくざと言うこと。そして私は、そのやくざを大量に殺した女だということ。なぜ、そのようになったかと言うことは追々話そう。私は、旦那と出会うまで、感情のない女だった。なぜなら、殺しに感情は無用だと、教え込まれたからであった。復讐のためのはいえ、数々の命を奪ったことには変わりはない。そして、旦那も、自分の恩人を私のために手を掛けたのだ。復讐を終えて死のうとしたとき、止めてくれたのは旦那だった。最初は感謝の念こそ浮かばなかったが、今では、もったいないくらいの幸せを感じている。この平凡な幸せを守るためなら私はどんなことだってやる。

2.黒沢組は壊滅した知らせを聞いた、謎の男と、その友人で警察官である柳は、とあるビルの屋上で話し込んでいた。

「あの、荒巻が死んだか。犯人は?」

「若い長身の、赤いドレスの女だ。これが写真さ。まあ、やくざがどう死んでもらっても本音のところ、どうでもいいとしか。やくざ事務所何て少なくなったとはいえ、腐るほどあるんだ。また新たな”顧問先”を見つけるさ。」

「お前の集り事情はどうでもいいとして、この女に興味がある。こいつのことを、お前の情報網で調べてくれ。」

「分かったよ。”黒龍”」

 ”黒龍”その素性は未だ不明だが、裏社会において、その名を知らぬ者はいない。なぜなら、黒龍と出会ったが最後、その組織は必ず壊滅させられてしまう。そして、使用する武器は、己の五体のみ。強さの謎は未だ明かされず.....

3.喫茶店では、客足はまばらで、常連客がたまにふらっとやってきては日常会話を少しやって帰るだけである。

「由比ちゃん。親父さん早く元気になるといいね。」そういって、去っていくのが通例であったが、今日は、いつも見ない顔が店を訪れた。

「いらっしゃいませー」長身の男性だった。全身が黒に統一されていた。長髪であり、人種的に黒いということではなく、雰囲気そのものが黒かった。

「ブラック一つ」声も、飲み物までもが黒だった。

「ああ」吐く息までもが黒かった。

「久々に新規のお客さんかな?」様子を見に来た片桐さんが一瞬にして、青ざめていくのが分かった。

「どうしたんですかマスター」元々、体がおぼつかないので、肩を貸してやることが多かったが、それを振りほどき、私を店の奥に連れて行った。

「やばい、男が来日してきた。」それは、私でも分かった。

「何者ですか?あの男は」

「”黒龍”あの男に狙われたが最後、全ての終焉を意味する。もし仮に、君が赤龍の女だということがバレて、私も協力者だということがバレたら」

「最悪、死ぬということですか」

「それより危ないのは、娘さんの命だ。奴の狙った獲物は、血族まで根絶やしにする。」

「それじゃあまるで」

「荒巻のようだと言いたいところだろうが性質は全く違う。やつと違って黒龍は、利益のために動いているわけではない。はたまた正義のためでもない。」

「何のために」

「分からない...」すると、奥から声がした。旦那・朗が黒龍を見送ったのだろうか。

「あなた。」

「ああ。さっきのお客さんが、由比に手紙だって。昔の先生だっていうから受け取っといたよ。」一体何の用だ?

4.「あんたが、”黒龍”さんかい?」

  「そう呼ばれているな。何の用だ。」

「往古組って知ってるだろ」

「聞いたことはある。それがどうした。」

「あんたが潰してくれたって聞いたんでさ。そこの組長とは兄弟分なんだ。言いたいこと分かるよな?」

「ああ。いつでも来な」男どもは拳銃を取り出した。10人ほどが黒龍を囲んでいたが、黒龍は微動だにしなかった。

「撃て!!」パン、パン、パン、乾いた音が暗黒街に響くが、、

「どうした?もう弾切れか?」

「何をしたお前?」かすり傷どころか出血が一切見当たらなかった。すると、黒龍の手から、大量の砂のようなものが落とされた。

「まさか?」一丁につき装填弾は8発、それが、10人なので計80発。それをすべてさばききったのであった。

「あまりにも、遅すぎてな。うっかり握りつぶしちまった。」銃弾を握りつぶせば、果たして砂のようになるのか、そんな疑問は隅に置き、やくざたちは、懐から短刀を出し、黒龍に襲い掛かった。

最初のやくざの手首を折り、自分の方に突き刺し、そして、反対から来たやくざを肘打ちで、内臓を破壊、正面から突っ込んできたやくざに対しては、両手でやくざの両耳を叩き鼓膜を破った。どれだけ、やくざが喧嘩慣れしていようと、一人の人間を10人で一斉に襲うことはできない。多くて四人までである。さらに、やくざは、自分だけの手柄を欲するため、連係プレーなどは一切取ろうとしないのである。その性質を衝き、黒龍は一人一人、丁寧に沈めていった。

「ちっ。次は兵隊を用意する。期待して待っていてくれ。」

「ああ。」そう言ってやくざは去っていった。

5.黒龍とやくざの戦闘を眺めていた男は、こうつぶやいた。

「あれが、黒龍か。噂通り恐ろしい男だ。だが、赤龍はあんたのものじゃないぜ?じいさまからの因縁を果たすのは俺だ!!」

その男の名は”緑龍”こと、那須隆一。彼の子孫である、那須与一は弓の名手として、平安時代に活躍していたが、彼がすごかったのは弓の実力ではなく、眼。敵の急所を確実に仕留める眼であった。

 彼は現在、狙撃手として、超A級の実力を持つ。狙撃のスピードは0.001秒と言われている。今日の狙撃のターゲットは、とある県議会議員であった。彼は、傍若無人な態度で有名であったが、県民からの信頼は厚く、彼の独裁政権によって苦しめられているものも少なくなかった。彼の家は、数キロ先からでもわかる立派な豪邸であった。当然セキュリティーは厚く、窓からの狙撃は完全に不可能であった。だが、一度だけ窓が開く瞬間があった。それは、愛人を犯すとき、少し、ほんの数センチ窓を開けるというものであった。だが、そこまでやっても、その隙間を銃弾が通ることはないと高をくくっていた。

「お前はふしだらな女だな!!お前のよがり声を周りに聞かせてやる。」

「いや、開けないで、誰かに見られたら恥ずかしいわ。」その時、キャン、キャン、と金属が重なり合う音が聞えた。

「誰だ!!」不審者を確認しようとしたその時。」パン!!男の額に突然穴が開いたのであった。

「きゃああああ!!」女は悲鳴を上げ、SPがすぐに駆け付けるも、即死と判断された。

6.由比は、子供を保育園に預けていた。別に預けなくても良かったのだが、子供、優には、やさしく、思いやりのある子に育ってほしいと双方話し合いの元、保育園に預けることにした。まだ2歳で言葉は話せないが、自分の気持ちを素直に伝えられるということは、由比には失ってしまった経験であるが故、感動はさらに大きかった。由比は時々不安になる。人間らしい生活を徐々に取り戻しつつはあるものの、それは、子供にとって本当に人間らしいものなのか?最初に旦那に接してきたみたいに、作ったものになっていないかと。だが、現に子供は明るい表情を見せているので、少しばかり安心している。保育園の様子を聞いても、健全な2歳児を全うしているように見えるのだ。そんなことを考えていると、ある女が話しかけてきた。

「かわいいお子さんですね。おいくつですか?」女は優に目線を合わせるように膝をまげた。

「2ちゃい。」”2”を作る指の形がおぼつかないまま、彼女なりに懸命に2を表して見せた。

「こんちは。どなたかの保護者さんですか?」見かけない顔だと思った。だが、保育園付近なので、私と同じく、誰かの迎いかとも思ったが、女は不思議そうな顔をしてこういった。

「あれ?見覚えありませんか。この顔に」私は絶句した。なぜなら、そこには、殺したはずの女が立っていたからであった。正直、あれから殺した相手のことなどは記憶から抹消していたつもりだったが、こうした些細なことをきっかけに、思い出されていくのであった。すると娘が何かを察したのか、泣き出してしまったのである。

「よしよし、どうちたの」

「気が付きましたか。まあ。私は本人ではなく。2歳下の妹ですがね。」こちらの様子など意に介さず。語り始めた。

「私は、荒巻の女の妹。菊花(ジュファ)です。」

「私を殺しに来たの?」

「まさか。私はそんな、下品なことは致しません。逆にいつ死んでくれるか、楽しみにしていたところだったんです。自分では殺せませんから相手が死ぬのを待つしかありませんわ。許せなかったんですよ。体の弱い私を置いて、家を出ていきながら、やくざの愛人になって幸せをを感じてたあの女が...妹というだけでどれだけ我慢を強いられてきたか。あんな女地獄に落ちればいいんです。」

「あなたはそれを言うために」

「いいえ。忠告に来ただけです。由比さん。いや、赤龍の女さん。」

「その名前で呼ぶのは...」

「復讐は、本人たちだけの問題ではありませんのよ。家族...友達...親戚...あなたは修羅の道をくぐってしまった。」

「どういう意味...」

「警戒すべきは、黒龍だけではないということです。勿論。私にも同じことが言えますが。」そういって、菊花は去った。

7.元黒澤会、黒川組三代目赤川組の織田は、ある相撲部屋を訪れていた。

「力金剛。お前に頼みがある。」

「何ですか。織田さん。春場所前に。」織田は黒龍の写真を見せた。

「この男知ってるか?」角界最強の男、力金剛は写真を見ただけで、強者であるということを見抜いた。本来、国技に携わる者が争いごとを引き受けることは、ご法度であったが、力金剛は、闘志の血をたぎらせていた。

「何もんですか?すぐにでもやりますよ。」

「こいつは、殺しの念が生んだ。殺意の結晶体だ。さっき組員から連絡があった。歌舞伎町で飲んでるらしい。」

力金剛と織田は歌舞伎町に向かった。

 黒龍は会員制のバーで飲んでいた。そこは赤川組が「みかじめ料」を取っていたところだったのですぐに分かった。

「よお。黒龍。約束通り兵隊を連れてきた。面貸せ。」

「横綱・力金剛。これが期待していた相手か。悪くない。」黒龍は外へ出た。

「最近行政が”歌舞伎町浄化作戦”を行っているらしい。乱闘騒ぎはすぐに警察が駆けつけるんだとよ。それはあくまで、北側だけの話だ。ここなら思う存分やっていい。」

「問題ない。10秒でかたをつける。」

「すごい自信だな」力金剛は、四股を踏み始めた。ずしん、とも、どしんとも違う、ものすごい地響きが力金剛の足によって繰り出された。

「あくまで、相撲のままで勝負に挑むわけか。」そう言った刹那、ドン!!と言った衝撃波と共に力金剛は、黒龍に突っ込んできた。アスファルトがまるで、土の地面のように足を足出すにつれどんどんと削られていった。そして、後ろにあるのは、電柱であった。このまま黒龍が押されると、そのままプレスされてしまう。力金剛の押出の威力は並みの力士とは比べ物にならない。電柱にぶつかれば、骨折どころの騒ぎではなくなってしまう。織田は、完全に黒龍を破壊したと思ったが、電柱の前に黒龍の姿はなかった。

「素晴らしいホールドであったぞ。力金剛。」力士は廻しを取って勝負をする。この場合の廻しは、黒龍のパンツのベルトであった。

ぶつける寸前まで廻しをしっかり持っていたが、すんでのところで回避されたのだ。すると

「何の真似だ。黒龍」

「俺も相撲をやってみたくてな」

「横綱相手に相撲...いくら黒龍でも、さすがに....」重心を低くし、相撲の構えを取った黒龍に横綱は

「俺のやることは変わらんがな。」そう言って再び、回しを取りに行った。今度はベルトではない。肉である。黒龍の肉を回しに見立て、撃ち落とす作戦であったが、次の瞬間には意識を遠くに持っていかれそうになっていた。

「あの、力金剛が、張り手に対応できなかった。」織田が驚くのも無理はなかった。張り手。相撲では基本中の基本。これまで何度も見てきたはずだった。予測できなかったとは思えない。何らかの対策は用意しているはずだったが、、

「ふふ。予測ができたとて、見えなければ意味がない。」言われてみればその通りだった。織田が張り手だと認識したのは、攻撃が終わり手の形を見て判断したに過ぎなかった。まぎれもない。顔付近にあるパーの形。そこから察しただけであった。

「まともに顔面に当たったのは、何年ぶりのことだ。」すると、今度は力金剛があっさり廻しを取られてしまった。

「今度は、相撲じゃないぜ?」

「何を言って...」ぶちぶちと音がした。肉が裂けたような音だった。黒龍は回しを上に引き上げ、股関節を引き裂こうとしていた。

「金玉が痛くなって興奮してきただろ?これじゃあ当分眠れやしない!!」

「ばか!!やめろ黒龍!!よせええ!!」ぶちっ!!廻しの糸が切れ、力金剛はその場に倒れた。

「早く病院へ、運んでやんな。」黒龍はそう言ってその場を去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る