都市伝説【とどおかさん】

琳々

都市伝説【とどおかさん】


「ねえ、知ってる?」


その声を聞いた瞬間、また始まった、と思った。

聞いたところで人生において何の役にも立たない、噂好きなクラスメイトの与太話。

興奮気味に話す女子生徒の傍ら、つまんなそうに頬杖をついたもう一人が口を開いた。

「……今度は何の噂?」

「あのね、友達から聞いた都市伝説。ヤバイらしいんだ」

「はあ?そーいってこの間の心霊スポットの話も、結局ガセだったじゃんか」

「いやこれはマジ。絶対ホンモノ!」

眉をしかめたメガネの少女が、まあ聞くだけ聞いてやるよ、と先を促すと、彼女はどこからか仕入れた都市伝説とやらを話し始めた。

その怪異の名前は【とどおかさん】。

【とどおかさん】はSNSに突然現れる。

SNSの媒体は様々らしいが、とにかくある日突然自分宛にダイレクトメッセージが送られてくる。

メッセージはひとことだけ、『感想を聞いてみる?』と。それに続いて何かのURLが貼られているそうだ。

「そのリンクを踏むとどうなるの?」

「なんかね、動画サイトが開くの。再生してみると感想トークが始まるんだって」

「……感想って、何の?」

「【とどおかさん】の最近読んだ本とか、漫画とか?」

「雑談ラジオってこと?知らない人のそんなの聞いて面白いか?」

「面白いらしいよ、聞いた話だと」

「ふうん……で、その面白話が聞けるラジオURLが送られてくるっていうのの、どこが都市伝説なの」

ただの迷惑メールじゃないか、と訝しんでいると、話し手の生徒はとんでもない、と首を横に振った。

「いやいや、ヤバイのはここからだよ。URLは定期的にDMで送られてくる。途中でやめることなくずっと視聴を続けていると、あるタイミングで急に質問がくるの」

「なんて?」

「『とどおかになりたい?』って」

「…………。」

「それでYESって答えちゃったら、【とどおかさん】に取り込まれて人格が乗っ取られちゃうんだって」

「でも、知らない人になりたいとか思わないでしょ、フツー」

「ラジオを聞いているうちにだんだん【とどおかさん】への憧れが強くなって、【とどおかさん】みたいになりたいって思うとかなんとか」

「精神操作系か、そこは都市伝説っぽいね。でもさ、肯定しなきゃ回避できるんでしょ」

「まあね。あと【とどおかさん】から逃れる方法もある。そうすれば、二度とDMは来なくなるそうだよ」

「へえ、親切設計だ。どーすんの?」

「なに?気乗りしてなさそうだった割に、結構ノリノリじゃないですかあ、オネーサン」

「うざ。一応聞いとくってだけだし」

「ふふ、わかったよ。こう書いてDM返信すればいいんだって。そうすれば配信停止する方法を教えてくれる」

と言って、少女はシャーペンを取り出し、さらさらと机の上に何か書きつけた。


そこまで聞いて、私は読みかけの本に視線を落とした。

二つ前の席に座っている女子生徒とその友人は、まだ件のトドオカサンとやらで盛り上がっている。

高校生にもなって休み時間に話す話題が都市伝説なんて、ずいぶん暇な連中だ、と鼻で笑う。

――下らない。そんなことを話している暇があるなら、数学の公式のひとつでも覚えたらいいのに。

という見下すような台詞は、心の中で呟いただけなのでもちろん誰にも聞かれることはなかった。

チャイムの音が鳴ると同時に都市伝説ガールズも各々の席に戻ったので、先ほどの話を思考の外に追いやり、授業に集中することにした。


帰宅後、制服も着替えずすぐにベッドにダイブ。そして、スマホのアプリを開いた。

黒い背景にシンプルな『X』が表示されているそれは、全世界の人が使っている有名SNSだ。まあ、私は前の青い鳥の方が好きだったが。

ともかく、基本ボッチで帰宅部の私にとって、唯一の趣味といえるのがこの文字投稿メインのSNSだ。

タイムラインに戻ればいつでも仲間がいて、色んな話をしている。

インターネットの世界はひどく居心地がよく、勉強で疲れた私を癒してくれる。

リアルの友人なんていらない、私の現実はここにある。

――なんて言ったら親は心配するだろうから、この趣味は内緒にしているんだけど。

「ん?」

いつものように画面をスイスイ動かしてフォロワーたちの投稿を眺めていると、通知アイコンに赤い表示が出た。

ダイレクトメールだ、とタップすると、そこには知らないアカウントからのひとことだけのメッセージ。


『感想を聞いてみる?』


私は目を見開いた。

まさか、と思い送り主をタップしてホーム画面に飛ぶと、アカウント名は『トドオカ』、プロフィールには『17歳JK』とだけ書いてあった。

フォローもフォロワー数もゼロ、投稿欄は真っ白で何の情報も得られない。

「ウソ、マジで……?」

思わず声も出る。

今日聞いたばかりの、絶対ウソだと決めつけていた都市伝説が自分の身に降りかかるなんて。

「で、でもよくある悪戯かもしれないし」

SNSにおいてスパムや詐欺DMは日常茶飯事だ。

無料で百万円あげるとか、エッチな写真を見せてあげるとか、そういった類のものもこういう捨てアカウントから無差別にくるじゃないか。

【とどおかさん】だって、きっとそのうちの一つで無駄な尾ひれ羽ひれがついただけ……


私は改めてDMの画面を見た。

噂好きの同級生が話していた通り、メッセージの後にはURLが貼られていた。

動画投稿サイトの文字が見えるから、そこに投稿された動画に飛びそうだ。

「…………。」

無言で画面を眺めること、数十秒。

こんなDMを送ってくるような奴、いつもなら一発ブロック、その後通報で終了だ。

しかし。

「ちょっと見るだけ。面白い動画ってどんなやつか、確かめるだけ……」

魔が差したというか、怖いもの見たさというやつか――結局、青色文字のリンクに指を置いた。

要するに、私もバカにしていたクラスメイト同様、こんな都市伝説を試してやるくらいに暇だったということだ。


リンク先は予想通り、とある動画投稿サイトだった。

しかし、再生ボタンを押しても動画は始まらず黒い画面がずっと映っている。

「うーん、動画死んでる?」

と思ったら、急にイヤホン越しに音声が聞こえた。

軽快な男性の声で、これから週刊少年誌の感想を話すと言った。

「画像なしで音声だけで、漫画の感想トーク?……なーんだ」

拍子抜けだ、と私は脱力した。

漫画はたまに無料WEB漫画を読むくらいで、小学生が好むような少年誌は読んだことがなかった。

さすがにアニメ化や映画化している作品は聞いたことがあったが、週刊誌を追っていないのでその感想と言われても内容がまるで分からない。

「まあ、一応最後まで聞いてみるか……」

私は気が進まないながらも、明るい関西弁の男性の声に耳を傾けた。



数日後。

「……まだかなあ」

私はソワソワしながらDMの通知を待っていた。

あれから、毎日くるDMとそのリンク先のラジオ動画、通称『トドラジ』に私はまんまとハマってしまった。

最初は全然知らない漫画の話をしているので、面白いともなんとも思ってなかったが、話し手の【とどおかさん】の進行、ノリのいいツッコミ、コメントとのやり取りが面白く、どんどんのめりこんでいった。

最近では話についていきたいがために、コンビニで少年誌を立ち読みしている。

我ながらものすごい変化だ、と思った。

そのうちに、私の中にある願望が生まれた。

即ち、【とどおかさん】のような人間になりたい、という願望が。

明るく、リーダーシップがあり、みんなに慕われていて、話も面白い。

そんな人になれたなら、クラスで人気者になれるだろう、と。

勉強をしているだけの人生に何らかの変化をもたらすだろうと、本気で考えていた。

ピコン。

と、そこで通知音がした。

授業がもうすぐ始まる時間だったが、私は机の下にスマホを隠しながら、DMを開いた。

そこにはいつもの『感想を聞いてみる?』というメッセージと、URL。

――今日も放課後の楽しみができた。

私はにんまりと笑みを浮かべ、はやく授業が終わらないかな、と思いながら前を向いた。


「あー、今日も面白かったなあ」

どさっとベッドの上に倒れこみ、はあ、とため息を吐く。

ラジオの通知が来た後すぐに聞きたかったのだが、塾、夕飯とお風呂、明日の宿題を済ませてからになったので、22時を過ぎた今、ようやく視聴できた。

「【とどおかさん】って天才だよね……私もあんな風に話せたらなあ」

と最近考えていたことをそのまま口に出す。

私にもう少しトーク力があれば。

もう少し明るい性格だったら。

【とどおかさん】のラジオを聞いてから、度々思うことだ。

ピコン。

と、その時、通知音がした。

「?」

私は眉を上げた。

ラジオ動画の告知は一日か二日に一回だけだ。

今日の日中にその通知があったから、今日はもう来ないと思っていたのに。

なんだろ、と思いながらDMを開くと、いつものメッセージとは違う文言が表示されていた。


『トドオカになりたい?』


なりたい!!

と反射的に思った。

だって、さっきも考えていたのだ。

【とどおかさん】みたいになれたら、今みたいな友達のひとりもいないつまらない人生を変えられるんじゃないかって。

もっといろんな人と交流して、楽しいお話ができるようになるんじゃないかって。

すっと指を動かし、なりたいです、とタイプして送信しようとした、

その時。

「あれ……これって」

ふと我に返った。

そういえば、都市伝説について話していたクラスメイトが言っていた。

ある日動画の告知他にコメントが来て、それで……

「——!!」

瞬間、私はスマホを投げ出した。

思い出したのだ。

ここで肯定の返事をしてしまうと、【とどおかさん】に取り込まれてしまうと。

そうだ、きっと自分は【とどおかさん】に心を操られかけていた。

奴は弱い心に入り込み、自分に憧れるように仕向けて、心を乗っ取ろうとしていたに違いない。

「あ、危なかった……これにYESって答えちゃいけないんだよね」

危機を脱したことに安堵し、心臓辺りに手を当てて、とりあえず心を落ち着かせる。

そして次のことについて考えた。

これになんて返事をすればいいか、だ。

返答しなかった時のペナルティについては知らないが、このまま放置すればまたラジオのURLが来て、精神を操られ――いつしか『トドオカになりたい』と答えてしまうのではないか、と思った。


「【とどおかさん】から逃れる方法を、やってみるしかない……」


噂の発端の少女が、机の上に書いた言葉。

それを書いて返信すれば、もうDMは来なくなると彼女は言っていた。

放課後、彼女の机に書いてあった言葉を、ちらっと盗み見た言葉を――下らないとは思いながらも覚えていた。

私はそれを慎重に打って、【とどおかさん】に宛てて送信した。


URLの羅列が続くDM欄。

その一番最後、『トドオカになりたい?』の後に、私の送信した言葉、

『音楽には興味がない』

が表示された。


その数秒後、相手から、黒々とした長文の返信がきた。

「!」

私は驚きに目を見開いた。


『平素より幣ラジオをご視聴いただきありがとうございます。配信停止にあたって、ご自身で解約の手続きを行う必要がありますので、ご案内させていただきます。

本日の0時までに下記に示す動物・昆虫のうち任意のひとつを食してください。確認できましたら、今後の案内を停止させていただきます。ただし、時間内に食されなかった場合は、ペナルティとして【トドオカ】陣営に強制的に加入いただきますので、悪しからずご了承ください。』


数行にも及ぶ長い文は馬鹿に丁寧で、そして狂っていた。

狂っているというのは、提示された昆虫・動物のリストだ。

コオロギ、サソリ、ワニ、カンガルー……

市場に、少なくとも一般的な日本のスーパーには売っていない、いわゆるゲテモノと呼ばれるものだ。

これを、食べろって?しかも今日の0時までに!!

「無理!無理に決まってんじゃん!!」

私は絶叫した。

時刻はちょうど23時になるところだった。

あたりの店なんかとっくに閉まっているし、どう考えてもこの指示を行うには無理がある。

これはやはり、都市伝説などではなくただの悪戯では、と思った。

もうこんな返信無視して寝てしまおうか、と布団に入ろうとした、その時。

『あと1時間です』

と見知らぬ声がして、背筋が泡立った。


――違う。これは悪戯なんかじゃない。

指定されたゲテモノを食べないと、私は【とどおかさん】になってしまう!


「っいやだ!!」


私はパジャマからジャージに着替え、財布と携帯電話を引っ掴んで夜の街に繰り出した。


ゲテモノ、ゲテモノ……一体どこで売っている?

この時間に空いている店なんてコンビニくらいだけど、コンビニにはここに書かれている虫や動物の肉なんて売っていない。

そうこうしているうちに、無情にも時は過ぎる。

焦りに足がもつれて転びそうになる。でも、走るしかなかった。


いやだ!

いやだ!!

死にたくない!!!

ただ、興味本位でDMのリンクをクリックしただけだ!悪いことなんて何もしていないのに!!


「私は【とどおかさん】になんか、なりたくない!!」


悲痛な叫び声は、夜の闇に溶けて消えた。

商店街のど真ん中で叫んでも、誰も来てくれない。

誰も助けてくれないという絶望感が襲ってきて、目には涙が浮かんだ。


「……?」

と、ぼやける視界の隅で、光りを見つけた。

自動販売機だ。

でも、普通の飲み物が売っているやつじゃない。

ふらふらと近寄って商品をよく見てみると、なんと昆虫の売っている自動販売機だった。

「ゲテモノ……あった!!」

九死に一生とはこのことだ!!と私はすぐに駆け寄った。

DMで指定されている虫の種類と自販機で販売されている昆虫を見比べ、袋入りの『サソリ』を買うことにした。

価格が高いとか、そんなことは言ってられない。

無我夢中で紙幣を自販機に飲み込ませ、ボタンを押した。

出てきた商品の袋を開け中身を確認すると、そこには数匹のサソリが、図鑑で見る姿のまんま入っていた。

「……ぐ」

なんだこれは、何の罰ゲームだ。

普通に生きていてば食べる機会など一生来ない代物だ。

何で私がこんな目に……と泣きそうになる。

だが、

「た、食べないと。これを食べれば、【とどおかさん】にならずに済むんだから!」

私は一念発起した。

食べないと死ぬんだ、こいつを食べて生き延びられるのなら、なんだってしてやる!!

目を閉じ、なるべくにおいや味を感じないように息を止めて口の中に放り込んだ。

数回の咀嚼の後、ゴクリと飲み込む。

極度の緊張のせいか、味や触感についてはほとんど何も感じなかった。


「や、やった……」

サソリを食べることに成功した私は、その場にへたり込んだ。

指示通り、0時が来る前にゲテモノを食べることができたのだ。

これで危機は去った。

もう【とどおかさん】からDMは来ないし、明日からは退屈ながらも平和な日常が戻ってくることだろう。

しばらくSNSのDM欄は開けないな……と思いながら、残りのサソリが入った袋を近くのごみ箱に捨てた。

「帰るか……」

と真っ暗な道を歩き出そうとした、瞬間。

スマホの時計表示が0:00を差し、


「ダメでしょ」


背後からそんな声が聞こえた。

その声を聞いた瞬間、あ、ラジオと同じ声だ、と思った。

でもラジオの時と全く違う、無機質な――いや少し不機嫌そうな声色。


心臓がドクドクと鳴り、冷や汗が止まらない。

金縛りにあったように手も足も動かない。

しかし何かの力に引き寄せられるように、背後を振り向くと

そこには。


「食べるなら、最後までキッチリ食べないと」




=*=



「——ねえ、どうしたの?」

「何が?」

「いや、雰囲気変わったなって思って。週刊誌とか読むようなキャラじゃなかったじゃん」

「そうかな?漫画はね、最近ハマってるんだ」

笑いながら漫画雑誌を見せてくる女子生徒に、そうなんだ、と首を傾げる。

物静かで、休み時間は勉強か読書しかしていなかった子が、明るく陽気になったことに少々驚いていた。

「ああそうそう、面白い話があるんだけど、聞く?」

と、急にキャラチェンジした彼女が弾んだ声を出した。

「え、何?」

「都市伝説。【とどおかさん】って言うんだけど――」



END

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都市伝説【とどおかさん】 琳々 @rinrin_udul

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