アラサー社畜と猫耳少女の異世界まんぷく放浪記

ゆーやけさん

第1話 アラサー社畜と猫耳少女

「なんなんだよここ……植物は見たことないのばっかだし、スマホは圏外だし……」


 鬱蒼とした森の中で周囲を見回しながら、俺、三原みはら 叶多かなたは小声で愚痴をこぼす。


 つい数時間前まで、俺は確かにキャンプ場の中で趣味のソロキャンプを楽しんでいたはず。

 それなのにテントの中で少し仮眠をして起きたら、いつのまにかテントごと知らない森の中に移動していた……というのが、今の状況だ。


 大掛かりなイタズラに巻き込まれたのか、はたまた悪質なドッキリ企画の被害者にでも選ばれたのか。

 まあ何であろうと、せっかく久々の連休を使ってソロキャンプに来たのだからその時間を無駄にしてしまってはもったいない。

 

 とにかくまずはこの森の中から出ようと、十徳ナイフで木の幹に傷をつけながら森の中を彷徨うことおよそ1時間。

 基本装備は超軽量式ウルトラライトだから負担は少ないとはいえ、そろそろ歩くのに疲れてきたな、なんて思ったその時のことだった────


「……誰か、倒れてる?」


 ────俺が、白猫のコスプレをしたその少女と出会ったのは。



 ◇────◇



「……ふぅ、そろそろ火も安定してきたか」


 焚き火が良い感じになってきたのを察した俺は、ひとつ大きな息を吐いてコンパクトチェアに腰掛ける。


 秋の肌寒さに染み渡る炎の優しい温もり。ゆらゆらと燃える炎を見ていると、先程までの心の焦りが消えていくのを感じる。

 全身に染み渡る癒しの感覚、これがキャンプの醍醐味というやつだ。


「ん、んん……あったかい……」

「おっ、起きたか」


 そうして焚き火に当てられながら俺が癒されていると、ブランケットの上に寝転がせていた少女が目を覚ましたようだ。

 

 ぼうっとした表情で周囲を見渡しているその少女が、俺の方に視線を向ける。

 すると、彼女は目を大きく見開いたかと思うと、奇怪な叫び声をあげながら凄まじい速度のバックステップで俺の近くから飛び退いた。


「う、うにゃっ!?」

「ちょっと、暴れたら危ないよ。焚き火に当たって火傷したら大変なんだから」

「なんでここにヒトが……まさか、私を見せ物に……!?」

「そんなことしないから! 落ち着いて!」


 どうやらこの子は起きたばかりで気が動転してしまっているらしい。

 警戒の意思を前面に出した彼女は、丸っこい猫耳をピンと横にしながら縞模様の尻尾を逆立てている……いやあれ可動式なのかよ。現代のコスプレ技術も進化したもんだ。

 

「じ、じゃあ、何が目的で……」

「君が地面で寝てて危ないと思ったから移動させただけで、害意はないよ。ほら、現に寝てる君には何もしてないし」

「うん……でも、もう大丈夫、だから……」


 なんとか誤解は解けたようだが、それでもまだ彼女はこちらを警戒しているのか早急にこの場を立ち去ろうとしている。

 起きたら知らない大人の男が近くにいたのだからこの反応は当然だろう。


 しかしこちらも、はいそうですかと言って行かせるわけにはいかない。

 こんな12歳くらいの子が一人で森にいる理由や、そもそもここはどこなのかということを聞かなければならないし、それに……


「ちょっと待って。君、お腹減ってるだろ? 寝てる時にお腹鳴ってたぞ」

「それは……う、うぅ……」

「……俺から離れててもいいから、座って待ってて。すぐに美味しいもの作るからさ」


 俺が色々と準備をしている間、この子の腹の虫が何度も鳴いていた。多分、相当腹が減っているのだろう。


 恥ずかしそうな顔をしてその場に座り込んだ彼女を尻目に、俺は金網が温まってきたのを見計らって料理を開始する。


 キャンプバッグの中から取り出したのは、タッパー入りの温野菜とバゲットにソーセージ、そして大きめのカマンベールチーズ。

 そう、今から作るのはキャンプ飯の定番、チーズフォンデュである。


 まずはシェルカップにカマンベールチーズを入れ、そこに少し牛乳を注いだ後に蓋をして金網の上に乗せる。

 その横に残りの食材たちを並べていけば、ほとんど準備は完了だ。


「くんくん……い、いい匂い……」

(料理に釣られて近づいてきてる……)


 野菜独特の甘い香りと、小麦の香ばしい匂いが周囲に満ちる。

 ニンジンやジャガイモについた薄い焼き色や、火が通ったスナップエンドウの鮮やかな緑など、見ているだけでお腹が空いてきた。


 それに釣られたのか、俺を警戒していただきはずの少女がちょっとずつこちらに近づいてきた。


(にしてもこの子、改めて見てもべっぴんさんだな。まあ、容姿が整ってなきゃコスプレなんてそうそうできないか)


 目を閉じながらくんくんと匂いを確かめる彼女の顔を見ると、改めて愛らしい顔立ちをした子だなと感じる。


 透き通るように綺麗な肌に、西洋人形のように整った顔立ち。白銀色に輝くふわふわのロングヘアが彼女の小さな顔を包んでいる。

 こんな美少女であれば、モデルのオーディションでも受ければまず合格間違いなしなんじゃなかろうか。


「よし、そろそろチーズも溶けたし……ほら、君もここまで来たなら座りな」

「あれっ!? なんでこんな近くに……」

「別に何もしないって。それに、火の近くの方があったかいだろ?」

「……うん、分かった」


 ……と、そんなことを考えていたらもうチーズフォンデュが完成したようだ。


 シェルカップの蓋を開けると、カマンベールチーズの濃厚な匂いが溢れ出す。

 シェルカップの中に竹串を通してみると、牛乳と混ざり合ったチーズがとろりと尾を引きながら上がってくる……あぁ、もう見てるだけで美味しい。


 火の向かいにある椅子に座っている少女も、青色の大きな瞳を輝かせながらチーズに釘付けになっている。

 彼女の空腹も限界みたいだし、これ以上待たせるのも可哀想だろう。


「竹串はそこから取ってくれていいから。ちゃんと2本使って刺すんだぞ」

「こ、こう……?」

「そう、上手い上手い。あとはそれをチーズにたっぷりつけて……」

「ほ、ほあぁ……!!」


 感嘆と機体の入り混じった声を漏らしながら、彼女はとろとろのチーズに身を包んだソーセージを口に運ぶ。

 果たして、気に入ってもらえるだろうか……

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