七つの物語 色欲編

@poqco

第1話

「スゥーイー様、そろそろサキュバスとインキュバスを放つ時期になりました」


人界のように昼夜の移り変わりがない下界は、常に陰鬱とした空気が漂う。そんな下界の領域の一角には、壁面に敷き詰められたモニターが、今この瞬間どこかしこで情事に耽るものたちを映し出している。ここは、色欲の管轄領域である。画面の前の椅子に深く座り込んでいたスゥーイーは、正面を見つめたまま「ああ」と簡素な返事を返した。

スゥーイーは己の境遇に辟易していた。色欲という概念に生まれたことに気づいてから、自らの務めとして性の制御と増幅を繰り返し行っていたが、あまりにも永久と感じる時間を超えてきたがゆえに、性への倦厭が芽生え、自身の根底には諦念を越えて慢性的な憔悴が根付くほどになっていた。

欲そのものの思念体という存在なのに、制御する立場とはおかしな話だが、監視が必要になった発端は下界の者たちの性の奔放さである。あっちで交わり、こっちで交わり、日に何度も相手を変えては一回限りの関係を楽しむ、という軽さが問題だ。

スゥーイーの力の源は「精気」と呼ばれる、性交時にしか得られないものである。ただ、下界は常に交接し続けているがために、良質な欲を含んだ精気を得ることが難しい。

結果、出来上がったのがスゥーイーが駐在しているモニタールームだ。精気の濃度を視認することができるスゥーイーは、下界の各所に自分の造り出した魔物を遣わし、安易に精気の質を蔑めるような行為に及ぶ前に警邏、阻止することになっていった。

悩みの種はなくなった。いや、全くもってそうではなかった。なにせ、下界の奔放さは収まることを知らない。部屋の椅子に終日居座って画面を見続けていなければいけなくなったスゥーイーは、せっかく精気を管理したとしても、自らそれを掠取しに行く隙すら作ることができない。

よって、追加で精気を吸い取れる魔物も生み出す必要ができた。更には下界にとどまらず人界まで広範に放つことで、ようやくかろうじて安定した供給を得るようになったのだ。

しかも、サキュバスとインキュバスは短命だ。集めた精気はスゥーイーに還元されるように造っているため、どれだけ長く生きても一年が限界だった。なので、一年に一回、新たなサキュバスとインキュバスを生み出す必要があった。


スゥーイーの領域には、魔物を造り出す陣が敷かれた大きな部屋がある。部屋の中央に描かれている円陣には、スゥーイーにしか扱えない文字が羅列され、ほの暗く赤褐色に光っている。陣の前でしゃがんだスゥーイーは、床に手を置いてゆっくりと瞼をおろすと、手のひらから精力を注いでいく。先程まで、ほの暗い色で光っていた陣は、明度を増して煌めいて、白く眩い光芒がその場にいる者の視界を奪う。

「スゥーイー様、下界の南手の集落で大乱痴気が起こっていて大変な騒ぎです」

「またか、あそこはオークの集落だったか。管理するより潰した方がいいかもしれないな」

手足となって動いている魔物から声をかけられたスゥーイーは、陣に全てを注ぎ切る前に手を離していたことに気づかずにその魔物を振り返ると、即座に立ち上がり南手の集落を確認するためにモニタールームへ足を向ける。

「こいつらは、いつものように意識を整えてから人界の方に遣わしておけ」

「はい」

その場にいた魔物たちは、陣から造り出されてゆくサキュバスとインキュバスを、粛々と隣の準備室へと運んでいる。その様子を一瞥した後、スゥーイーはその場を立ち去った。

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