桜が咲くころ
桜田 優鈴
第1話
鼻の奥がツン、と痛い。
「……桜が咲いたら、な」
いつ会えるの。―――そう泣きながらしがみついた私の頭を撫でて、彼は確かにそう言った。
けれど。
今、彼が私の側から離れてから三度目の春が過ぎ、世界は無情にも全身で夏を訴えていた。
✻ ✻ ✻
十八歳になった現在、私には十一人もの兄弟がいる。しかしその十一人…否、今まで一時でも兄弟となった者達全てと、一切血の繋がりはなかった。
「ただいま」
茹だる様な暑さを、日陰を縫ってかわしつつ、やっとの思いで高校から帰宅する。
「しぃ姉ちゃん、お帰りなさい」
「お帰り」
途端に、末の妹
「廊下は危ないから走っちゃ駄目って言っているでしょう」
注意するときは、屈んで目線をしっかりと合わせてから。もう身体に染み付いていること。
「ご、ごめんなさっ………」
どんなに優しい口調を心がけていても、研ぎ澄まされた彼女たちの感覚は敏感に怒られる危険性を察知して、直ぐに子供らしからぬ影を見せる。特に二ヶ月前に仲間入りしたばかりの佐奈は、零れそうになる涙を、唇を強く噛むことで堪えていた。泣くことさえ許されない環境で、ここに連れられてくるまでの時を独りで生きてきたのだ。簡単には消えぬ癖になってしまっている唇を噛む行為は、常に佐奈の口元に赤黒い痕となって心の傷を示す。
「泣いていいんだよ、佐奈」
そっと抱きしめると、腕の中で小さな身体がびくんと撥ねた。
「これからはお姉ちゃんたちが、佐奈と一緒にいるから。もう、独りで戦わなくていいんだよ。ずっと、頑張ったね」
硬くなっていた筋肉が緩んでいくのがわかる。少し離れた位置でこちらを窺っている真保美に手招きし、一緒に抱きしめた。
「大好きだよ。佐奈、真保美」
殴るように肩を叩かれ、慌てて振り返る。
「玄関で何やってんだ。邪魔」
中学二年生の弟が、仁王立ちしていた。道を空けると、さっさと自室へ引きこもってしまう。
「健兄ちゃん、怖い」
不安げに私のスカートの裾を引っ張ってくる妹たち。
「大丈夫だよ。健もね、どうしたらいいかわからなくなっているの。だから傷つけるようなことも言っちゃうと思う。そんなときは、二人が健を助けてあげて」
「しぃ姉ちゃんみたいに?」
まさか自分を例示されるとは思ってもみなかった。
「ありがとう」
無性に嬉しくて思わず礼を述べると、幼い妹たちは共に首を傾げた。
「支えあって生きていく。それが私たち兄弟だから」
一人ずつ頭を撫でてから、私も自室へ入った。
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