第2話「声を聞く、声を出す。それは疲れることだ。」

高校に入学して一か月が経った。僕は相変わらず『透明』だ。


誰にも話しかけられないし、誰かと視線が合うなんてこともない。もはや僕自身が存在しているかどうかさえ怪しくなっている。


もしかしたら本当に『透明人間』になったのかもしれない。


「連絡事項は特にない。よし、それじゃあ帰っていいぞ」


帰りのホームルームが終わった。僕は荷物を持ち、教室の外に出る。


そして周りに人がいなくなってから「同じグループの人、戸惑ってたな」と呟いた。


六時間目、国語の授業でビブリオバトルというのをやった。ビブリオバトルというのは簡単に言えば、時間内に本の紹介をするというものだ。


僕は今まで誰のことも見ずに生活してきた。そしてクラスメイトも透明人間である僕を見てこなかった。


でもビブリオバトルは違う。


発表という以上、僕は同じグループの人に向けて話さなければいけないし、逆にグループの人は僕の話を聞かなければいけない。要するにそれぞれが相手を意識しなければ成り立たないということ。


そしてそれは僕にとって大きな負担となる。


今まで透明人間として生きてきた僕はクラスメイトと関わるどころか、彼らの顔すら見てこなかった。だってずっと下を向いて生きてきたから。


「それでは発表を始めてください」


そのとき僕は久しぶりに目線を上げることになった。誰とも関わりたくない、目を合わせたくないと思っている自分がいるのだが、せめてこの時くらいは……


「……っ‼」


目線を上げたとき自然とグループの人と目が合い、息が詰まった。


「……っ……ぁ……」


クラスメイトが透明人間ぼくを見ている。誰にも見られることのなかった僕に、視線が集まっている。彼らの顔には霧のようなものがかかっていて、完璧に表情を読み取ることができない。これはたぶん、僕がちゃんと人と向き合っていないからだ。


手の震えが止まらない。声が出ない。


こんな状態でも相手のことを見て、発表しなければいけないのか。そう思ったとき僕は諦めた。


だいたい透明人間だった僕が、こんな風に他人の視線を浴びながら発表するなんて無理に決まってる。僕は孤独な人間だ。


「はい、終了です。次に発表する人は準備をしてください」


結局、僕は何も喋らずに終わった。


一瞬だけ同じグループの人を見てみると、すごく困惑した表情を浮かべていた。


そして僕は「すみません」と呟き、視線を下に向けた。そして再び僕は透明人間になった。




「眩しい……」


そうしてそんな回想は学校の外に出ると同時に終わりを告げた。


外は太陽の光が眩しくて、僕みたいな家に引きこもるタイプの人間には辛かった。


学校から家までは徒歩二十分。帰る道は周りにお店などがないからか、いつも人が少ない。いるとすれば公園で遊んでいる子供くらいだ。


そしてその公園のすぐ目の前までやってきたとき、ブランコの近くで何か光っているものを見つけた。太陽の光が反射しているからか異常に眩しい。


僕は好奇心から、その場所に行ってみる。


「これは……鍵?」


手にとってみると、それは鍵だった。大きさや形からして家の鍵だと思う。誰が落としたのだろうか。


周りを見渡してみたとき、遠くから走ってくる人を見つけた。明らかに僕の方に向かってきている。


そしてこちらに来た時、その人は「はぁはぁ」と息切れをしていた。この感じだと相当焦っていたのだろう。


「すみませんっ、家の鍵落としちゃって。近くに落ちてませんでした?」


その人は見た感じ高校生のようだった。


僕は手に握っていたものを見せる。


「あぁ‼ これですこれ‼ すみません、ありがとうございます。助かりました~」


「……見つかって良かったです」


僕がそう言うと、彼女は目を細めて僕を言った。


「もしかして同じクラスのうえくん?」


「えっと、そうですけど……」


申し訳ないけれど、僕はクラスメイトの名前を誰一人として覚えていない。


「私、あさ。席は廊下側」


「あ、そ、そうですか……」


まともに人と話すのが久しぶりすぎて、緊張であまり声が出ない。


「あのさ、突然で申し訳ないんだけど、これから仲良くできたり……というか友達になってくれたりしないかな?」


本当に突然だったため僕は思わず唖然としてしまった。しかも『友達になってほしい』だなんて。なんでわざわざ僕みたいな人間と。


「それは、なんで、ですか」


「えっと、上野くんっていつも一人というか、クラスであまり馴染めてないというか……その、私にとって謎の人物?なんだよね。それに鍵拾ってもらった縁だし?」


浅見さんはとても言いづらそうにしていた。おそらく僕のことを思ってのことだろう。


クラスに馴染めていないのは本人が気にしていることかもしれない。だから傷つけないようにしなければ。そう思っているように感じた。


「だから仲良くなって、上野くんのこと知りたいんだよね」


まさかそんな風に思ってくれている人がいるだなんて思ってもいなかった。


きっと浅見さんは優しい人なんだろうな。


「っていうのは建前?みたいな感じで……本当は心配してたんだ。上野くんのこと」


「僕を、ですか」


「上野くん、いつも学校にいるとき楽しくなさそうっていうか、すごく苦しそうに見えて。それにみんなからも話しかけられないじゃん? なんか透明人間みたいで可哀想だったから」


そう言った後、浅見さんは焦ったように。


「あっ、ごめん。上から目線みたいになっちゃったね。友達っていうのは強制じゃなないし、気持ち悪いとか思ったら別に……」


「あ、そんな、全然、だいじょうぶ、ですよ」


話すのは得意じゃない。だから僕はジェスチャーを交えながら必死に伝えた。


「こんな僕で、よかったら、友達に……なってください」


すると浅見さんの表情は緊張からすごく嬉しそうなものへと変わった。


これだけ嬉しそうにしてくれるということは、さっき彼女が言ったことは本心なんだと僕は思った。そうでなければ、こんなに喜ばない。


「ほんとう⁉ ありがとう‼ すっごく嬉しい‼」


浅見さんは僕の手を掴んで言った。


嬉しいのは僕も一緒だ。まさかこんな風に仲良くできそうな人と出会えるだなんて。


「こ、これから、よろしく……お願いします」


「こちらこそよろしくねっ」


ただ僕は人が怖い。だから簡単に人を信用したりできない。


浅見さんには申し訳ないけど、僕が心を開くまでは時間がかかりそうだ。

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