俺はこれからカップル系Ⅴtuberを始めるらしい

まぬぱあ

第1話ブイ…何それ…〇海オンエアみたいな?

俺はふと頭上にあった桜を見上げた。


その桜はこの『集日しゅうび学園』の巨大な校舎に日の光を隠されても巨大に、雄大に咲き誇っていた。


桜がつい先日咲いたばかりだと思っていたが、足元にはかなり多めの桜の花びらが散っていた。

しかしこのような場合には絶好なロケーションであるといえる。


右手にはスマホのトーク画面。


そこには

『明日の放課後校舎裏で待ってます』

の文章


正確に言うと待たれてはいないわけだったのだが、そんなのは関係ない。


これは告白なのだ。


女の子からの。


まだ新学期始まったばかりなので、顔と名前も覚えていない人がほとんどだったのだがここに来てやっとだ。


彼女ができる。


その期待だけで俺は有頂天の中にいた。


俺の周りの友人は早々に仲間内で彼女を作り楽しい学生生活を送っていた。

もちろん友人と遊ぶのは楽しいし、彼女がいても俺を一人にするようなことはない最高のやつらなのだが、俺だって青春に潤いが欲しい。



『小山』なんて愛らしい苗字だし、それなりに期待できるのだが…いささか遅い気がする。


すると俺の後ろから小走りで誰かが走ってくる音がした。

俺は意を決して振り返った。


え…。


「お待たせ…ッしました…ッ!」


そこには誰もが見ほれる美少女がいた。


背は俺よりも二回りほど小さく、その上庇護欲を掻き立てるその美貌と合わせて何やらイケナイことをしているかのように思える。


そして何より、圧倒的だったのがそのプロポーションである。

男だったらそのコンパクトグラマーともいえる体に視線が行くのはもはや抗えないのだ。


俺は今から告白なのに人の体つきをじろじろ見るのは最悪の一言であるが、少女はだいぶ急いでここに来たのだろう、ひざに手をつき呼吸を整えるので精一杯の様子だ。


「君が小山さん?ごめん、まだ顔と名前一致しなくてさ」

「はい…私、小山美香って言います。松前駿まつまえしゅん君ですよね」


軽く世話話を振る。


「はじめまして、だよね。去年とか全然他のクラスに友達いなかったし、あんまり見て回ってないから俺が一方的に知らないだけなんだけど…」


「はい、そうです…ね。

正式にご挨拶してのはこれが初めてです…初めましてでこんなぶしつけなお願い聞いていただき、ありがとうございます」


「バイトもないし、ちょうど暇だったし全然気にしなくていいよ」


「いえ…貴重なお時間をいただいてる訳ですから…」


なんか随分と内気な子だな、見た目は完璧清楚系可愛い女子なのにこんなに腰が低いと逆に申し訳なくなってくるな。


そういって彼女は呼吸を整え、おどおどしながらこちらに視線を向けた。

その時やっと彼女と視線が合ったが、俺はそれにほんの少しだけ違和感を覚えた。


(こんな人クラスにいたっけ…?)


クラスメイトじゃなくてもこんなかわいい子がいたら、ある程度は名前を聞きそうなのだが──


「ま、松前君!きょ…今日はお願いごとがあって、来ました!」


おっといけない。というか、どこのクラスに所属しているのかは大した問題ではない。

彼女がどんな人物で俺と価値観が合う事の方が大事なのだ。


「私と!…その…」


恥じらう彼女を見て不意に鼓動が高鳴った。

少し内気に感じるが、なんだかんだうまくやっていけるかもしれない。

何よりも、俺を選んでくれたんだ。

なんて考えていると、こちらまで気恥ずかしくなっていしまう。


「カップル──」


名前だって今知ったような子だが、時間をかけて仲を深めていければいい。

幸運なことにもほぼ幽霊部員でバイト漬けの日々を送っていたのだ。


時間だって金だって少しは工面がある。


うん、大丈夫そうだ。

俺は彼女の言葉にただ『はい』といえばいいのだ。

俺は彼女のセリフを言いきる前に結論は出ているのだ。


「もちろん。こちらこそ──」


「──系Vtuberになってください!」


「──喜んでえなんて?」


え?なんて?


「ですから、カップル系Vtuberで天下を取ってほしいんです!」


なんか要求上がってない?

カップルになってくださいじゃなくて?

カップル…系?

付き合う訳じゃなくて?


「あー…よく言ってる意味が、分からないんだけど、俺たち付き合うってことでいい…の?」

「そんな!付き合うなんて滅相もない!わ…私なんかじゃ恐れ多いです!」


違うん?

てかたまーに見るカップル系ユーチューバーって付き合ってるんじゃないの?

あれ、嘘だったんか?


つまり、彼女が言いたいことをまとめると…


「その、つまり…だけして、ユーチューバーとして売りだしてほしいってことでいいんだよね?」

「Vtuberです!」

「ブ…なんて?」

「Vtuberです!」


ユーチューバーは知っているが、それとなにやら違う様子だ。

そもそも俺はそんなにSNSを使わない人間なのだ。スマホも通話ができる目覚まし機能付きミュージックプレイヤーの認識だ。


「俺は、その…ブイチューバーにそんな詳しくないんだ。だから教えてくれない?」


俺は仕切りなおすように彼女に問いかける。

というか、この際カップル系だとしても構うか。要するに付き合うまでの期間があるだけでその内本当にしてしまえばいいんだ。

せっかくこんな可愛い女の子が俺に興味を持ってくれるのだ。


しかし、小山さんは絶望した表情で


「Vtuberをご存じ…ないのですか!?」


ご存じないといわれても…俺はない頭をフル活用して言葉を絞り出す。


「えっと、とにかくユーチューブに動画をあげる人なんだよ…ね?」

「本当に…Vtuberをご存じない人なんですか…?」


めちゃくちゃびっくりされた。知ってるも何も初耳だ。

意気消沈している彼女はすっと一歩後ろに下がると。


「じゃ…じゃあ、この話は…なかった…ことに」

「待って」


逃げ出しそうになる彼女の肩を引き留めるように掴み彼女を思いとどまらせる。

逃がすわけないだろ。

意地でも食い下がってやる。


「確かに、俺ブイチューバ―の事知らないし、カップル系って始めるの凄い勇気いるけど、小山さん面白いし、なんとなくアリだし、そのブイチューバ―一緒に始めたいんだ」


「松前君…」


「それにさ結局のところ、動画撮ったり企画考えなきゃいけないんでしょ?それだってお金使うし…俺バイトで貯蓄あるし結構なんでもできると思うよ」


「松前君…!」


彼女は意を決したようにこちらに近寄ると俺の手を握りこう言った。


「松前君!ふつつかものですが、よろしくお願いします!」


彼女はそれだけ言い残すと何やら目に闘志を宿し足早に去っていった。


きっと前々からそのブイチューバ―に憧れてたのだろう。何かに全力を燃やせるという事はどんなジャンルでもかけがえがないものなのだろう。


俺もその夢を手伝いつつゆっくり仲良くなっていけばいい。


それにしても──


「距離感わからねー…」


俺の放った独り言は桜吹雪の中にゆっくり消えて行った。
























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