第15話 お姉ちゃんのケチ
───私は異常者だ。
そんな単純なことに気づいたのは、取り返しのつかない失敗をした後だった。
今でも夢に見る。残酷なまでに鮮明で、無情なまでに幼い、そんな夢。
今日もだ。無知な自分に罰が下る瞬間を切り取った、ワンカットのノンフィクション映画。何回も焼き増しされて、薄れるどころか脳にこびりついて消えない。そんな記憶。
『私……先生が好きなんです』
中学三年生、思春期真っ只中だった私には、初恋の相手がいた。三年間、私のクラスの担任を務めていた先生。女性だ。優しくて、笑顔があたたかくて、全てを委ねたくなってしまうような柔らかさがあった。
気づいたら恋心を抱いていて、卒業で離れ離れになると思うと、いてもたってもいられなくなるくらいには大好きで。
だから私は思いの丈をぶちまけた……んだけど……
『……ごめんなさい、あなたの気持ちに応えることはできないわ』
ここまではよかった。実際、私自身にも、この恋が実るなんて甘い考えはなかったし。親しかったとしても、先生にとって私は、数多くいる生徒の一人であって、恋愛対象には入っていないのだろう。とか考えていた。
でも、先生にとっては違ったらしい。いや、ここで「違う」のは私だった。
『そもそも女どうしなんて……ミハルさん、あなた少しおかしいわよ……』
『え……?』
「おかしい」……。まあ、当然の反応……だったんだろう。当時の私には、女性どうしの恋愛は普通のことだと思っていた。授業でだって、マイノリティではあれど、尊重されるべきだって、先生が教えてくれたことなのにさ。
『おかしい……? えっと……なにが……ですか?』
『わからないの? 女性どうしで恋愛するのが、よ』
正直、聞いていたくなかったし、泣き叫んで耳を塞いでしまいたかった。心はヒビが入ってぼろぼろだったし、好きな人がそんな言葉を吐いているところなんて、見たくなかった。
『で、でも……尊重されてるって……』
『方便に決まってるでしょ? あんなものを真に受けるなんてどうかしてるわ。……気持ち悪い』
『……あ、ごめっ、なさ……』
ダメだった。蔑むように言われた言葉。吐き捨てられた嫌悪感。そのどれもが私の心を深く刺し、根本からずたずたに引き裂いた。
それでもまだ先生が好きで、そんなこと言ってほしくなくて。必死ですがって、泣きじゃくってでも、繋ぎ止めておきたかった。
『き、嫌わないで……くださっ……』
『……』
パシッと乾いた音が響いて、伸ばした手が振り払われた。それは完全なる拒絶。もう自分のテリトリーに踏みいるなというものだった。
先生はそれ以上、私に手をあげたり、何かを言ったりすることはなく、ただ無言で去っていく。
『ごめん……なさい。先生……嫌わないで……』
『……』
私の最後の懇願すら、先生の足音に踏みつけられて消えていった。
♯︎♯︎♯︎
「……最悪の目覚めだ」
流れる涙を裾で拭きながら、ポツリと呟いた。
体は大量に汗をかいていて、それを吸った浴衣がまた気持ち悪い。ぱっと朝風呂に入ることにした。
ふと横を見ると、既にコハルはいない。時計はまだ六時くらいだから、私がお寝坊さんな訳ではなく。もしかしたら温泉に浸かってるのかも。
「それはちょっと気まずいなぁ」
でも、私の足は自然と脱衣所へと歩を進めていく。悪夢を見たあとって、人肌が恋しくなるんだよぅ。
「あ……やっぱり」
脱衣所には、コハルのものと思しき浴衣と下着が。まあ、確定演出なんですが。
大衆のほうに行くか、少しは悩んだものの、やっぱりここで入ることにした。コハルと話したい気分だし。
「おはよ、コハル」
「……おはよう、お姉ちゃん」
案の定、浴場にはコハルがいた。温泉に肩まで浸かっている。あったかそう。
でも、心なしか元気がない。昨日のこともあるし、やっぱり気まずいのかな。それは私もおんなじなんだけどさ。
挨拶をした後も、話しかけてくるでもなく、コハルはただただぼーっとしている。いつもなら襲ってきそうなところなのに。
そのお陰(?)もあってか、なんの苦労もなく体を洗い終えた私は、コハルの隣に座った。あ~……温泉あったけぇ。
「……その、昨日はごめんなさい」
ぼそっと、コハルが言った。水音にもかき消されそうな小さな声だったけど、私には確かに聞こえた。
「襲っちゃったし……ひどいこと、言ったし……」
もともと小さかったのに、言葉を紡げば紡ぐほど、よりしぼんでいく。なんだか穴のあいた風船みたい。
そんなことを考えてしまったからなのか、返事を思いつくより先に、笑いが漏れてしまった。
「ふふっ……」
「な、何がおかしいの」
顔を赤らめたコハルがちょっと不服そうに唸る。可愛い。
「コハルらしくないなって」
「……意味わかんないよ」
今度はほっぺを膨らませてそっぽを向くコハル。ふてくされた子どもみたいで可愛い。
「ひどいことなんて思ってないよ」
「……え?」
「私、確かに逃げてるだけだったし」
コハルの頬をつつきながら、自分を嘲るようにぼやく。
「コハルがちゃんと言ってくれなかったら、私はずっと逃げてたと思う。先生のことからも、コハルからも、私の気持ちからも」
「……うん」
昨日、コハルを泣かせちゃってから、ずっと考えていた。自分がどうしたいとか、コハルをどうしたいとか。いろいろ。
眠る直前まで思い詰めてたからか、ほんとに嫌な悪夢を見たけど。でも、少しだけ、まとまった。まだ結論はでてないけど、伝えたいことはちゃんとあるから。
「私は……まだ、自分がどうしたいとかはわかんない。考えてる途中」
「……考えて、くれてるんだ」
「うん、妹を泣かせちゃったし。このままじゃ姉失格だからね」
コハルがくすっと笑う。ちょっとくらいはは元気でてくれたのかな?
「もう、逃げる気はないから……。少しだけ、待ってほしい……かな」
どきどきしながらコハルを待つ。気分はさながら処刑台前の死刑囚だ。コハルの言葉一つで、私はバッサリと切られてしまう。
でも、そんなことにはならないんだろうなっていう確信があった。
「しょうがないなぁっ……」
なぜって、コハルが笑ってくれているからだ。
「ありがとう、コハル」
私たちは、二人して笑いあった。これからは、考えることがいっぱいあるけど、ひとまずは喜ばせてほしい。
私たち姉妹の、仲直りの瞬間だからね。
「あ、でも。えっちなのはダメだよ」
「……お姉ちゃんのケチ」
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