つよつよ妹にせめられるよわよわ姉の百合
百合豚
第1話 両想いなら、禁断じゃないんだよ♡
禁断の恋……というものに、年頃の女の子は憧れるものだ。叶わない夢を幻想視して、それを追いかける自分に酔いしれる。なんとも間抜けで、愚かで、可愛らしいのだろうか。過去、自分がそうであったように、その記憶はやがて形骸化し、ひいては悪性の腫瘍になりうる。私は、未だあどけなさの抜けない妹に、そんな思いはして欲しくなかった。
「ミハルお姉ちゃんっ♡ 大好き……」
「……っ。離して」
ぎゅうっと力強く私に抱きついてくるのは、私の妹であるコハル。私とは二歳差で、中学三年の子供だ。そんな彼女から、私は毎日熱烈なアプローチを仕掛けられている。
ある日はお風呂に侵入してきたり、ある日はベッドに侵入してきたり、最悪だったのは、トイレに侵入してきた時だった。どうやらコハルは、私がいる密室空間に侵入する悪癖があるらしい。
ただ、もちろんそれだけではなくて。昨日なんて、寝ている最中に襲われかけた。「無理やりするなんて大嫌い」って言ってやることで事なきを得たが、私が眠ったままだったらヤバかっただろう。そのせいで今日、私は寝室のセキュリティ強化に幾ばくかの時間とお金を割くことになった。
「はぁ~……、お姉ちゃんの匂い……♡ 安心するよぉ……」
「……」
私の服に手をかけ始めた妹を手で押し退けつつ、私は自分の部屋に直行する。
「あっ! 待ってよ!」
後ろでなにやら言っているが、無視する。ちゃんと拒絶してるのにコハルが言うこと聞かないから悪い。悪い子にはお仕置きってのはこれ相場が決まってるんで。
「ふー、やっと一人になれた」
鞄をおろして、扉の鍵を閉める。扉の向こう側から、「チッ」と聞こえたので、もう少し遅かったら危ない目にあっていた。でもまだ安心するには早いので、今日学校帰りに買ってきドアロックを三つほど取り付ける。なんとなくまだ心細いけど、これで最低限私のプライベートは守られるはずだ。
「ねぇ、お姉ちゃん。なにもしないから開けて?」
「……」
私の妹がこんな風になってしまったのは、たしか一年ほど前のことだ。当時の私には、好きな人がいた。年上の大人なお姉さんで、いつだって私をリードしてくれるような、とっても素敵な人。まあ、結局想いすら告げられずに終わっちゃったんだけど。その人に恋人できちゃって……。
私が失恋したって知ってから、何を思ったのか、コハルからのもうアプローチが始まった。最初は冗談とか、私を元気付けるためとか、色々理由は思い浮かんだけど、すぐに本気だって気づいた。私を見つめるその瞳の奥に、真っ直ぐで、それでいてたしかな熱を感じ取っちゃったから。
「……」
「お姉ちゃ~ん? 無視は傷つくよぉ」
でも、私はコハルの気持ちに答えるわけにはいかない。私たちは姉妹だし、私はコハルに妹以外の認識を持っていない。それに、叶わない恋に身を費やす虚しさを、私は知ってしまったから。だから、コハルが将来傷つかないように、さっさと私を嫌いになってもらう必要がある。
そのために始めたのが、無愛想になることだ。基本的に私から話しかけることはなく、会話をしても五分以内に切り上げるように意識している。無論、笑いかけることや、優しい言葉遣いなんてしない。返事は端的に、事務的に。コハルから話しかけられた時もこれを徹底する。これは完璧な作戦だ。
「もぉ!! お姉ちゃん!! 開けてよっ!!」
これをすることで、コハルは私の事を嫌いに─────
「お姉ちゃんは……そんなに私の事が嫌いなの……?」
「そんなわけ無い。今開ける」
「やったぁ! お姉ちゃん大好きっ!」
「あ」
しまった、脊髄反射で……。
この作戦の大きな欠陥は、私がわりとシスコンであった事だった。
「えへへ。お姉ちゃん……ぎゅぅ~~~……♡」
「……っ」
私の妹……可愛すぎんか。あう、しまった、本音が……。
ぶっちゃけてしまうと、過去の恋愛にトラウマとかない。それを塗り替えてしまうほどの愛を向けられてしまっているから。
またぶっちゃけると、コハルからのアプローチはそれはもう死ぬほど嬉しい。傷心中にあんなに愛を向けられたら好きにもなってしまうし、好きな人からのアプローチなんて……ねぇ?
じゃあ、なんでコハルの想いに応えないのか。あんな仰々しい理由まででっち上げて、彼女のことを拒絶するのか。それは、私の意地だ。もしくはプライド。だって、あんなに拒否をし続けていたのに、今さら「私も好き」なんて恥ずかしくて言えるわけがない。
私がチョロいうえにチキンなのは百も承知なんだけど、それでも私は、未だにこのちっぽけなプライドを守り抜いている。
「お姉ちゃん、今日一緒にお風呂に入って、一緒に寝よ? いいよね♡」
「……だめ」
「なんで?」
なんとか理性を保って断る。だって、そんなことをしたら、本当に我慢ができなくなってしまう。昨日のだって本当に、ほんとーーーーーーーに必死だったんだ。今日もなんてお姉ちゃん無理だよ。
けど、そんな胸の内なんて明かせるはずもなく。そうしたら、コハルは納得なんてしてくれるはずもなく。その綺麗にすんでいた瞳を、私への愛でどろっと濁らせて、私の服の裾をきゅっと掴む。
「ねえ、答えてよ。じゃないと私、イケナイコト……しちゃうかもよ」
「……っ」
耳元でささやかれるコハルの声に、背中がのけ反って、身体中がビクビクと震える。そんな私を締め付けるように、コハルは背中へと腕を回した。また、抱きつかれてる。
「お姉ちゃんってさ……耳、弱いよね♡」
「……」
耳から頭の奥まで突き抜ける、甘ったるい声に、私は黙って首を振ることしか出来ない。手が汗ばんできて、心なしか呼吸も浅くなってくる。コハルに触れられている腰が熱くて……これじゃ、妹に発情する変態なお姉ちゃんみたいじゃないか。
「嘘……♡ だって、いつもすぐ離れるのに、今は一向に離れようとしないもん。腕にさ、力……入らないんじゃないの?」
「……」
顔が熱くてなっているのが、自分でも良くわかる。多分、コハルにも伝わってる。私の腕に力が入っていないことだってわかってるんだから、鼓動が速まってるのも、それが期待を表してしまっていることだって、彼女はきっとわかっている。
離れなきゃ、これ以上はいけない。そう、頭ではわかっているはずなのに。コハルの声で、脊髄が溶けちゃったみたいだ。頭と身体が分離して、思うように動けない。だと言うのに、コハルの体温も、甘い香りも、柔らかな肢体の感触も、その輪郭を私が指で沿っているように、鮮明に感じ取れる。それがどうしようもないほど愛おしくて、余計に動けなくなる。
「こんなに長く抱きついたのはいつぶりかな?」
私を抱き締めるてに力を込めながら、コハルが囁く。
「それこそ、一年ぶりかもね。私がお姉ちゃんにアプローチしだしてから、お姉ちゃんってば露骨に私のこと避けるんだもん。私ちょっと傷ついてるよ」
「……っ!? ご、ごめっ……」
「あぁ、謝らなくてもいいよ」
「……ぅぇ……?」
チュッとリップ音をたてて、コハルが私の耳に口づけする。それだけでもっと力が抜けて、もたれ掛かるようにコハルに体重をかけてしまう。そんな私を、愛おしそうに抱き止めて、コハルは頭を撫でてくる。
「それでも、私を見捨てられない、優しいお姉ちゃんが、私は大好きだから……♡」
あぁ……なんて幸せなのだろうか。もう、いっそ……このまま─────
「ただいまー!」
「……!?」
玄関のドアの開く音とともに、母さんの声が聞こえてくる。その声に我に返った私は、とっさにコハルを押し返して、少し距離を取る。私は今、何を考えていた? いっそのこと……って、流れに身を任せようとしちゃって……。
「お姉ちゃん」
私がやらかしを猛省しているところを見て、コハルがまた近づいてくる。とっさに身構えるが、コハルは特段なにかをするでもなく、ただ一言。
「両想いなら、禁断じゃないんだよ♡」
それだけで言って、私の部屋から出ていった。少しして、コハルと母さんの話し声が聞こえると、私は自室の扉を閉めた。
「……っ~~~~~!!!!?」
出来上がった静寂の空間に、私の声になら無い叫び声がこだました。
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