第21話「お目目が不思議な色してますもん」
「そっか、三人ともアルバイト採用されたんだ、良かったね」
「・・・ん」
アルバイトの面接の翌日の放課後。
紅茶研の部室へとやって来た私と左子がマニュアルを取り出すと、さっそく葵ちゃんが食いついてきた。
「でもまだマニュアルの内容を全然覚えてなくて・・・夏休みまでに覚えられると良いんだけど・・・」
さすがに教室でマニュアルを出すわけにはいかないけれど、この部室なら全く問題ない。
先日のテスト勉強と同じノリで、美味しい紅茶を頂きながらマニュアルを読み込もうという計画だ。
そしてこの計画最大の利点が、今目の前にいる・・・
「でも今がんばってマニュアルを覚えても、実際は全然違ってたりするから気を付けてね」
「やっぱりそうなんだ・・・葵ちゃん、ちょっと見てもらっても良いかな?」
「え・・・良いけど・・・参考になるかなぁ・・・」
いやいや、参考になりまくりだから。
葵ちゃんは中学時代からアルバイトを経験している、言わばアルバイト界のサラブレッドみたいな存在だ。
とても高校一年とは思えないくらいにバイト慣れしたこのチート庶民の意見は、マニュアル以上の価値がある。
「ああ、例えばこの辺かな・・・」
パラパラとマニュアルを流し読みしていた葵ちゃんの手が止まった。
ちなみに今彼女が読んでもらっているのはキッチン用の方だ、クラス委員である綾乃様は今学期最後の生徒総会に出席しているので、今日ここには来ない。
だから今日はキッチンの方を重点的にやるつもりだ。
葵ちゃんが開いたページには、『ライスの提供方法』と書かれていた。
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『ライスの提供方法』
ライスは専用の炊飯器によって一階につき10合炊飯、10分ほどの蒸らし時間を置いてから提供します。
必ず計量器を使って、通常200g、大ライスは300g計量してください。
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ご丁寧にイラストで計量器の使い方がわかりやすく解説されていた。
うん、特に問題はなさそうに見えるけど・・・これがいったい何だと言うんだろう。
「この計量器なんだけど・・・使わない可能性があるよ」
「えっ・・・でも必ずって・・・」
「うん、例えば10人前を一つ一つ計ってたら、結構時間がかかるでしょ?あまりお客さんを待たせちゃいけないよね?」
「でも量が少なかったりしたらそれこそ問題なんじゃ・・・」
「だから、身体で覚えるんだよ・・・計量器を使わなくても200gとか分かるようにならないといけないんだ」
「・・・マジで?」
「うんマジ」
即答された、冗談を言ってる顔でもない。
そんな職人みたいな事を要求されるの?アルバイトだよ?
「まぁ店にも寄るんだけどね・・・でも『どっきりビッキー』でしょ?提供速度は回転率にも関わってくるから、時短が求められると思う」
「えーと・・・どっきりビッキーってそういうお店なの?と言うか、どういうお店なの?」
いきなりどっきりビッキーでしょ?って言われても、わかんないよ葵ちゃん。
お客の回転率から連想するのは薄利多売だけど・・・あそこは別に安くもなかった気が・・・
「ほら、あそこファミレスなのにハンバーグしかないでしょ?」
「や、デザートとかサラダはあるけど・・・」
「そうじゃなくて・・・ええと・・・『赤煉瓦』だと、パスタもドリアもカツ丼もやってるんだけど、そういうメニューの種類がないでしょ?」
「ああ・・・たしかに・・・一応ハンバーグ専門店だから」
「そこだよ、メニューをハンバーグだけにする事で、提供速度を上げているんだ」
・・・そうだったのか。
私はてっきりハンバーグの味に自信があるからだとばかり・・・
言われてみれば、サラダも盛り付けが気にならないコールスローだし・・・デザートも繊細な感じはしなかった。
「だからこの仕事は速さが求められると思う」
「うわぁ・・・何か思ったよりも大変そうだけど・・・左子、やれそう?」
「・・・大丈夫」
最初からキッチン担当として採用されている左子が心配になってきたけど、左子はやる気のようだ。
今の葵ちゃんの話をノートにしっかり書き留めている。
むしろ私の方が不安になってきた・・・妹の心配をしている場合じゃないかも。
「右子ちゃんは接客担当なんだっけ?」
「まぁ一応・・・接客の仕事を覚えたら、キッチンも教わるつもりなんだけどね」
今の話を聞いた後だと、どうしても歯切れが悪くなってしまう。
一応前世で接客の経験はあるんだけど・・・大丈夫かなぁ。
「接客は店の色が出るから何とも言えないね、店長さん次第でもすごい変わるよ」
「そ、そうなんだ・・・」
「でも基本的には活気があった方が好まれるから、声はしっかり出した方が良いと思う」
「声・・・」
その辺はなんとなくわかる、面接の時のお姉さんも声がすごい出てた。
だから間違っても左子は接客に出せないよね。
「そう言えば葵ちゃんは『赤煉瓦』に採用されたの?さっきメニューの話してたけど」
「うん、あと掛け持ちで『カラオケ村』も通ったよ、夕方からはそっちに行くつもり」
掛け持ちか・・・さすがチート庶民。
今この場に綾乃様がいなくて良かったよ・・・変に対抗意識燃やして「私達も掛け持ちしましょう」とか言い出しかねない。
「あ、割引券貰ってきたからあげるね」
「ありがとう・・・行けるかどうかはわからないけど・・・」
カラオケか・・・前世も今も全く無縁の人生だったよ。
でも綾乃様と一緒なら・・・って綾乃様もカラオケは無縁か。
割引券くれた葵ちゃんには申し訳ないけれど、行かない可能性が濃厚だ。
「気にしなくて良いよ、うちのクラスの子達もカラオケに興味なさそうだったし・・・」
「ああ・・・やっぱりそういう学校だよね」
葵ちゃんは同じクラスの子達にも配った後のようだ。
やっぱりお金持ちのご子息はカラオケなんかしないんだろうか・・・でもうちのクラスを見てるとそうでもなさそうな・・・
あ、内心興味はあっても親が許さないって子が多いのかも。
「良いねぇ、カラオケ・・・僕も一度行ってみたいものだよ」
・・・ここにもいた。
さっきから羨まし気な視線を感じてはいたけど・・・ひょっとしてアルバイトにも興味があったりするのかな。
でも礼司さまの厳しいご家庭じゃまず無理だろうなぁ・・・諦めきった遠い目に哀愁を感じるよ。
「礼司さまは夏休みにどこか出掛けたりは・・・」
「毎年、京都には行くよ」
「京都、良いじゃないですか歴史があって」
「裏千家の人達と茶会をしないといけなくてね・・・毎年気が重いよ」
「あ・・・」
実家の茶道の用事か・・・それじゃあ自由時間なんてないんだろうな・・・
皆が楽しみにしている夏休みも、礼司さまにとってはあまり来てほしくない茶道漬けの日々だ。
私達の表情が曇ったのを察してか、彼は殊更明るく振る舞った。
「ごめんごめん、愚痴っても仕方ないさ・・・夏休みが明けたら君達のアルバイトの話をここで聞かせてもらおうかな」
「そ、そりゃあもう、面白エピソードを楽しみにしててください!」
「ふふ、期待してるよ」
さすがに掛け持ちしてるチート庶民には敵わないかも知れないけど・・・でもこっちは3人いるからね。
綾乃様の好感度もしっかりと稼がせてもらうんだから・・・負けないぞ、葵ちゃん。
・・・と、こんな感じで今日のお茶会が終わって、私達は生徒総会を終えた綾乃様と合流した。
一学期最後とあって欠席者は一人もなく、生徒会、各クラス委員、各部活の部長が一堂に会する中で、綾乃様は緊張しっぱなしだったとか。
「それで・・・生徒会長に代理を頼まれたのだけれど・・・どうしようかしら」
「??・・・何の代理ですか?」
「二学期の始業式に、生徒を代表して挨拶を・・・」
「え・・・なんでそんな」
当たり前の話だが『生徒を代表して~』というのは明らかに生徒会長の仕事だ。
クラス委員とはいえ、生徒会の役員でもない一年生がやる事じゃない。
「ほら私達、中学の時に生徒会やってたでしょう?その話をしたら会長が是非にって・・・」
「ああ・・・そういえばそうですね」
たしかに綾乃様は生徒会長の経験がある。
それを言ったら私も副会長だったわけだけど・・・今思えば似合わない事してたなぁ。
でもだからと言って綾乃様に頼むのか・・・そういうのはキングこと流也さまの方がまだ適任な気がするんだけど・・・あ、頼みにくかったのかな。
綾乃様の方が頼み事しやすそうな感じはするね・・・綾乃様も災難だなぁ・・・って、二学期の始業式・・・だ・・・と。
「アルバイトの事もあるから、断ろうかとも思ったんだけれど・・・」
「断りましょう、断るべきです!」
「み、右子?」
これはあれだよ、攻略対象の一人、十六夜 透(いざよい とおる)さまのイベントに関わるやつだ。
このまま綾乃様に代理をやらせると、イベントが発生してチート庶民が一気に好感度を稼いでしまう。
葵ちゃんには悪いけどここは断固阻止だ、イベントの発生を未然に防ごう。
「誰がどう見ても生徒会長がやるべき仕事じゃないですか、一年がしゃしゃり出る場所じゃないですよ」
「そ、そうかしら・・・」
「そうです、きっと生徒会長も冗談のつもりで言ったんじゃないですか?ここは遠慮して生徒会長を立てる所ですよ、真に受けて代理をやったら恥かいちゃいます」
「そ、そう・・・よね・・・」
あれ、綾乃様・・・妙に残念そうな。
ひょっとして、また生徒会長やりたかったのかな・・・でもゲームだと来年の生徒会長はキングなんだけど・・・
一応ルートによっては葵ちゃんが生徒会選に出てくる可能性もある・・・そのルートはなんとか阻止するつもりだけど。
まぁ、そんな事より今は・・・
「綾乃様、今はアルバイトに集中しましょう、がんばってマニュアルを覚えないと」
「そうね・・・接客・・・私に出来るかしら」
「じゃあ屋敷に帰ったら練習しましょうか」
「ええ、お願いするわ」
「ん・・・私も・・・厨房で練習したい」
「なら夕食はハンバーグをリクエストしましょうか」
相変わらず左子はすごいやる気だ・・・アルバイト先の調理の練習を自宅でやる人なんていないと思うけど・・・
まず、お屋敷の厨房を使えるような人間がアルバイトするなんてのが珍しいんだけど。
ちなみに綾乃様は本当にリクエストしたらしく・・・その日の夕食はハンバーグだった。
「三ツ星さんが厨房使う許可くれて良かったね」
「ん・・・毎日・・・練習がんばる」
「・・・でもさすがに毎日ハンバーグは困るから・・・明日はご飯をよそう練習にしよう?」
ハンバーグも嫌いじゃないんだけどね・・・でも毎日は・・・せめて一日置きでお願いしたい。
綾乃様はマニュアルの受け答えを一通り喋る練習かな。
私と交代で片方がお客さん役をやるんだけど・・・私相手でも緊張してる。
こういうのは慣れだから、回数こなして慣れてもらうしかないかな。
もちろん接客対応以外にも覚える事はある。
ドリンク類の提供やメンテナンスも接客側で行う仕事になっている。
でもそれらは実物に触れないと覚えられないかな・・・やっぱり課題は接客トークだ。
それからあっという間に数日が過ぎて、ついに夏休みが始まった。
うちのクラスの生徒達は、初日から飛行機でペルーに向かうらしい・・・いいなぁ。
私はと言うと・・・
ニャーニャーニャーニャー・・・カチ。
いつにも増して眠い目をこすりつつ手元の時計を見ると、時刻は朝4:30。
可愛さに釣られて買った猫の目覚まし時計だったけど、鳴き声はあんまり可愛くない。
ちゃんと起きられるように、目覚ましはある程度不快な音が出るようになってるんだっけ。
「う、うーん・・・もう朝か・・・ひだりこー、ちゃんと眠れた?」
「ん・・・姉さん・・・おはよう」
左子の事だから昨夜は緊張して・・・と言うよりかは興奮して、かな?一睡もしてないんじゃないかと思ったんだけど。
ちゃんとベッドの上段から眠そうな声が聞こえてきた、眠れてはいるみたいだ。
これからしばらくはこの時間に起きることになる・・・早く慣れると良いんだけど・・・
さすがは夏の朝、窓の外はもう明るくなっている・・・冬場だと6時でもまだ暗かったりするんだけどね。
左子と一緒に手早く身支度を整えて綾乃様の部屋へ・・・綾乃様の事だから寝坊するとは思えないけれど、一応初日だしね。
ちなみに店長さんにサイドテール禁止を申し渡されているので、私達の髪型は普通のポニテだ。
「綾乃様、おはようございます」
「おはよう・・・こんな時間になってしまったのね」
綾乃様はまだベッドの中にいた。
私達が部屋に入って来るのに合わせて、ゆっくりと上体を起こす・・・その動きに合わせて金髪がサラサラと流れるのが美しい。
そして物憂げな青い瞳が・・・って、充血してる?!
「綾乃様・・・ひょっとして、緊張で眠れませんでした?」
「・・・なぜわかったの」
「そりゃあ、お目目が不思議な色してますもん」
「そ、そんなに変かしら・・・」
「変ではないですけど・・・むしろこれはこれで綺麗だし、ある意味貴重かも」
「み、右子ったら・・・何を言ってるのよ!」
単純に青+赤で紫色になるわけではなく・・・白目部分が赤みを帯びた結果、青い部分がこう・・・緑っぽく見える。
たしか何かの視覚効果だよね・・・って、あんまりジロジロ見てたせいで機嫌を損ねてしまったようで・・・綾乃様はそっぽを向いてしまった。
とりあえず、着替えを手伝おう・・・と言っても綾乃様の私服は例のTシャツなので、手伝う事もあまりないんだけど。
「今日がアルバイトの初日なのに・・・大丈夫ですか?」
「大丈夫よ・・・まだ眠くないし」
「髪型はどうします?私達はいつもの髪型だとダメらしいのでこうしてますけど」
「じゃあ私も二人と同じが良いわ」
そのリクエストに応えて綾乃様もポニーテールに・・・髪質が違うから同じポニテでも印象が違うなぁ。
私達のはボサボサでもっさり感がある尻尾なんだけど、綾乃様のは綺麗に纏まった真っすぐな尻尾だ。
食堂に着くと、今日は珍しく三ツ星シェフ自ら朝食を運んで来てくれた。
「僕も左子ちゃんの練習を見てあげてたからね・・・しっかり働いて来るんだよ」
「ん・・・任せて」
「左子の練習を見ててくれたんですか、ありがとうございます」
「いや、僕も昔の事を思い出して楽しかったよ」
そっか・・・厨房を貸してくれるだけじゃなくて、練習まで見てくれてたんだ。
気になるのはその成果だけど・・・
「あの・・・三ツ星さんから見て・・・左子、うまくやれそうですか?」
「うーん・・・特に問題ないんじゃないかな」
「ふふん」
お、シェフのお墨付きを頂いた。
心なしか左子もちょっと得意げだ、まだ不安はあるけど・・・これなら大丈夫かな。
「右子、左子・・・いよいよ今日からね、3人で力を合わせて働きましょう」
「はい、綾乃様」
「目標は『赤煉瓦』より多くの売り上げを稼ぐ事よ」
「はい、綾乃さ・・・ええっ?!」
「だって・・・葵さんには負けていられないもの」
「で、でも・・・さすがにそれは・・・」
「大丈夫・・・どっきりビッキーは良いお店」
「そうね、私達でもっと良いお店にしましょう」
「こくり」
「だ、大丈夫かなぁ・・・」
・・・こうして私達の夏休みが始まった。
なんか二人ともやる気がすごいんだけど・・・空回りしないといいなぁ。
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