第10話「この庶民風情が」

「いい左子・・・直角三角形というのはこう・・・斜めってる線が一番長いの、まずそこを疑ってはダメよ」

「・・・うん」

「で、残りの線の長さを自乗するとね・・・」



綾乃様が別件で出払っていて、主不在となった生徒会室。

やる気に溢れる我らが綾乃生徒会長は、生徒会の仕事を殆ど一人でやりたがるので、私達のやる事がなくなる時がある。


ゴミ・・・もとい、五味原さんは机に突っ伏してだらーっとしていた、やる事がなくなったらしい。

さっきから退屈そうに足をパタパタさせてる、ちょっとうるさい。

木立くんは会計の仕事がまだ残っているみたい・・・翌年の生徒会を意識しているのか、彼は仕事を多く割り振ってもらえるように志願していた・・・物好きめ。

まぁやる気がある人ががんばってくれるなら、それに越したことはないね。


私はというと・・・今の仕事量でもうんざりしている・・・まさかこんなにやる事があるなんて思わなかったよ。

特にめんどいのが生徒総会とかいうのがあってね・・・クラス委員とか部長とかが定期的に集まって、あれこれ決めるんだけど・・・

子供の我儘みたいな議題がしょっちゅうあがるのよ・・・これの相手が本当に不毛でね。


でも最近はあしらい方を覚えたよ、ちょっと大げさに「それは大変だ、生徒会が全力で取り組みます」って言うの。

そうやって大事になる気配を出すとだいたい「そこまでしなくても・・・」って、責任感じて妥協案で満足してくれるようになる。

下手にあれこれ言って逆らうよりもずっと面倒が少ない・・・綾乃様がいつも忙しそうなのはみんな知ってるしね。


私と左子にはあまり仕事が回されないので、そういう面倒事の後始末が主な仕事になってるかな。

肉体的にはたいしたことないけど精神的に疲れるやつ。


幸い今は特に問題もなく、ちょっとした時間が出来たので勉強でもしておこうと思ったら・・・左子にせがまれて勉強を教えることになったのだ。

数学の図形問題・・・三平方の定理っていう・・・私もあんまりよくわかってなかったけど、こうして教える側になるとちょっと見え方が変わるね。

左子相手だと微妙なニュアンスも伝わりやすいし、こうして教えるのも悪くないかも知れない。

そんな風に思ってたら、綾乃様が戻ってきた。


「あ、お帰りなさい綾乃さ・・・会長」

「ただいま・・・あら、勉強をしてたの?」

「左子がなんかやる気だしちゃって・・・」

「いいわね・・・私も右子に教えてもらおうかしら」

「いやいや、私、綾乃様に教える程じゃ・・・」

「はいはーい!私にも、私にも教えてくださいよ先輩!」


ゴミ子・・・お前さっきまでダラダラしてたろ。

さすがに左子じゃなくてもジト目にならざるを得ないぞ。


「・・・同じ学年なんだから木立くんにでも教われば?」

「先輩わかってないなぁ、綾乃様と机を並べて・・・っていうのが良いんじゃないですか!勉強会、やりましょうよー!」

「いいわね、今度うちでやりましょうか」

「綾乃様?!」

「やたっ!・・・って事はアレですよね、また先輩はメイド服で・・・」

「ちょ・・・そんなものに興味持たなくていいから!」

「いえいえ、私もメイドになりたいです!将来雇ってくださいメイド長~」

「メイド長じゃないし!そんなのならないから!」

「ええっ、ならないんですか?」

「ならないわよ!・・・って、綾乃様も残念そうな顔しないでもらえます?」


くそぅ、ゴミ子め・・・だいたいお前の学力で私達についてこれるのか?

そうだ、学力で振るい落してやろう。


「五味原さん、私達ね、あの姫ヶ藤学園に入る予定で、そういうレベルの勉強をするんだけど・・・」

「「えっ」」


あれ・・・リアクションが多いぞ・・・

おそるおそる振り返ると、綾乃様がゴミ子同様に驚きの表情を浮かべていた。


「右子・・・姫ヶ藤学園に通いたかったの?」

「や、綾乃様が通うだろうから当然私達も・・・って・・・」

「私は普通の学校に一緒に通えればって思ってたんだけど・・・そう、姫ヶ藤学園、ね・・・」


・・・しまった、影武者の綾乃様には知らされてなかったんだ。

余計な事を知ってしまった?・・・彼女に危険が無ければいいんだけど・・・


「そ、そうですよね!私も綾乃様にはあの学園が相応しいと思います!制服もお洒落だし・・・」


ゴミ子の方は心なしか声のトーンが落ちた気がする、やっぱり学力的に厳しそうだ。

うん、残念だったね・・・やっぱり身の程ってやつは大事だよ。

落ち込む彼女を気遣うように、肩を叩いてあげようか。


「そういうわけだからね・・・五味原さん、ごめんね」

「いいえ!私決めました!これから姫ヶ藤を目指します!」

「・・・マジで?」

「はい、マジです!マジなんで勉強しっかり教えてください!」

「ええええ!」

「姫ヶ藤となると私も不安になって来たわ、勉強会がんばりましょうね」

「・・・おー」



かくして・・・定期的な勉強会が加わり、よりハードなスケジュールとなった私達生徒会。

その甲斐はあって、綾乃様は常に学年成績トップ、私と左子がそれに続く形で2位と3位を独占する形になった。

ゴミ子の方も徐々に成績を上げている・・・ひょっとしたら入学ラインには届くかも知れない。


そして時は流れ・・・


無事に生徒会長の座を引き継いだ在校生代表、木立くんに送られて、私達はこの中学を卒業した。


「卒業おべでどうございまじゅ、先輩・・・」


おお、ゴミ子が泣いている・・・面倒な子だったけど、こうして見るとちょっとかわいく見えなくもない。

対して木立くんの方は平静そのものだ、さすがは生徒会長と言ったところか。


「木立くん、先輩の第二ボタンあげよっか?」

「要りません、そもそも女子の制服に第二ボタンなんてないでしょう」

「ふっふっふ、あるんだなこれが」

「えっ、あるんですか?!」


あ、驚いた顔、初めて見たかも・・・ボタンと言うか、セーラーカラー留めてるやつなんだけどね。

でもどれが第二なんだろう・・・まぁどれでもいっか。


「せっかくだけら受け取りなさい、ほらゴミ子も・・・姫ヶ藤で待ってるからね?」

「はいぃいいい、絶対、ごうかくしましゅううぅぅ!」

「わかったから、もう泣かない・・・って、鼻水つけるなぁああああ!」

「ずびびー!」

「ひ左子、こいつ引き剥がして!はやく!」

「もうずごじ、もうずごじだげぇ・・・ずずずびぃ!」

「いやぁああああああ!」



ふぅ・・・最後に酷い目にあった。

ゴミ子め・・・私は根に持つからな・・・姫ヶ藤に入学してきた時は覚えてろ。



散々な卒業式の後・・・入学式がやって来る。

ちなみに入試の成績は47位、結構上位に入れたと思う。

もちろんてっぺんの方にはゲームの主人公、一年葵の名前が・・・ちゃんとがんばったんだね。


それはともあれ入学式の日。

朝から左子と一緒に私立姫ヶ藤学園の制服に着替え・・・わぁ本物だ。


正直これが一番嬉しいかも知れない、すごいテンション上がる。

明るめのグレーのブレザーに、藤色のスカート・・・お高い学校なだけあって生地も仕立てもすごく良い。

それっぽい色の服でコスプレみたいな事をした事もあるけど、やっぱり本物には遠く及ばないね。

そしてスカートと同じ藤色のネクタイ、リボンタイじゃない所が大人っぽくて好きなんだよ。

ただ、これには問題があって・・・


「ううっ・・・ネクタイが上手く結べない・・・」

「・・・私も」


左子、お前もか・・・ネクタイなんて初めて触るもんなぁ・・・前世の高校ではセーラー服だったよ。

首に巻くまでは良いんだけど、紐がね・・・前と後ろの長さが釣り合ってくれない、ベロンってスカートの方まで垂れ下がっちゃう。

結び目の形もなんか違う気がするんだよね・・・綺麗にキュッってならない。


「右子さん、左子さん、仕度はよろしくて?」

「わ、綾乃様、もももうちょっと待ってください!」


綾乃様の声・・・私達がなかなか来ないから様子を見に来たのだろう。

綾乃様は形から入るタイプなのか、数か月前から姫ヶ藤式の言葉遣いを始めている。

おかげでゲームの綾乃グレースにますますそっくりになって・・・焦って尚更うまく結べない。


「もう、いったい何をやっているの?」


ついにしびれを切らして綾乃様がドアを開けた・・・所詮は使用人部屋、主の侵入を止める事などできない。

扉を開けて遠慮なく入ってきたその姿に・・・私の両目は釘付けになった。


金色に輝く長い髪がブレザーのグレーを銀色のように錯覚させる・・・彼女が着ると同じ制服も印象が別物。

そしてキリッとした眉と青い瞳が冷ややかな印象を与えている・・・まさにゲームで見た姿そのままだ。

ここまでくると認めざるを得ない、彼女こそ二階堂綾乃グレース・・・ゲームで主人公の前に立ち塞がる悪のお嬢様。


「ああ・・・タイが結べないのね、貸しなさい」


するすると・・・衣擦れの音がする。

綾乃様の手が首の後ろに回り・・・あ、この状況漫画で見た事ある。

たしかアレもお金持ちのお嬢様が出てくる・・・「タイが曲がっていてよ」ってやつだ・・・曲がるどころの問題じゃなかったけど。



「はい・・・次は左子のを結ぶから、よく見ていて」


今度は左子のネクタイを私が見やすいようにゆっくりと結んでくれた。

心なしかさっきより優しい目をしてる・・・やっぱり中身はずっと一緒に過ごした綾乃様なんだよな・・・


「慣れるまではシールを貼って目印にすると良いわ」


そう言って、かわいらしいハート形のシールをくれた・・・ほら、こういう所なんかゲームとは違う。


ようやく仕度を終えた私達を乗せて、急加速気味に車が走り出す・・・慣れ親しんだ千場須さんの送り迎えだ。

姫ヶ藤学園までは中学よりも距離がある・・・私達が手間取った分もあってか、千場須さんの運転は少し荒かった。


入学式の前に、クラス分けの発表がある。

さすがにこの学園に二階堂家の権力は及ばない、今までのように三人一緒のクラスというわけにはいかなかった。


「そ、そんな・・・なんて事なの」


その場で崩れ落ちそうになったのは綾乃様だった。

なぜならば・・・私と左子が同じクラス、綾乃様だけ別のクラスになってしまったから。

一人で大丈夫かな・・・生徒会長として活動していく中で、対人スキルは充分身に付いたとは思うんだけど・・・

しかし私と左子を一緒にするのか・・・双子は分けた方が楽な気がするんだけど・・・何か理由があるのかな。


そして、それと分かる人だかりが4つ・・・ああ、さすがにあの四人は分けるよね。

攻略対象のイケメン達・・・通称四天王・・・という事は一人は同じクラスか、誰だろう。

・・・まぁ、あの辺の情報は放っておいてもすぐ噂になるだろうから後でいっか。


葵ちゃんはどこのクラスかな・・・あ、いた、目が合った・・・ってこっち来る?!


「あ、あの!」


いきなりがしっと捕えられてしまった。

ど、どうした葵ちゃん?


「私達3年前に会ったよね?グラウンドの裏手の・・・あの辺りで!」

「あ、ああ・・・」


そうか・・・私の事、覚えててくれたんだ。


「あれからお父さんが応援してくれるって言ってくれてね、勉強もがんばって・・・入試もほら、言われた通りオール90点・・・」


うわぁ・・・本当に初期能力値が再現されてるよ。

成長にマイナス補正が掛かってゲーム中伸びにくい代わりに、最初から全部の能力が高いやつ。

一ヶ所に突出させられないから特定のキャラを狙うには向かないんだけれど、全員攻略のハーレムルートには最適な能力構成だ。

特に序盤の能力アップに手間をかけずに済むのが大きいんだよね。


「私ね、ずっとお礼を言いたかったんだ・・・あなたが背中を押してくれたから・・・」


すっごい信頼の眼差し・・・ここでこの子の手を取れば親友のポジションは間違いない。

そして、この子のチートめいた能力値に私のゲーム知識が加われば、ハーレムルートは確定したも同然。

イケメン達に囲まれた薔薇色の学園生活が待っている。




・・・でも・・・私は・・・



手が震える・・・声が・・・出ない。



この手を取って再会を喜び合えば良いじゃないか。


健闘を讃え合えば良いじゃないか・・・お互い合格できて良かったねって。


そうだ、あの猫達は元気にしてるかな・・・ちゅるちゅーるを買って昼休みにでも一緒に・・・




あれ・・・おかしいな。




どうして・・・綾乃様の顔が浮かぶんだろう。


ゲームで何度も酷い目に遭わされた綾乃グレース本人なのに。


お金の力に物を言わせて来るようなお嬢様なのに。


友達が出来なくて生徒会のメンバーも集められなかったぼっちなのに。


怖くて一人で夜にトイレもいけないような人なのに。


人の誕生日に焦げたケーキを作ってくるような人なのに。




ダメだ、私・・・この手を・・・取れないよ。


だって、葵ちゃんの手を取ったら、綾乃様は・・・



(右子さん・・・右子さん・・・)



ああ、幻聴まで聞こえてきた・・・うわ、私ってば、どんだけ・・・



「右子さん!」

「うわ、あ、綾乃様?!」


良かった、幻聴じゃなかった・・・さすがにそこまでじゃないよね、うん・・・

それだとまるでアレだもんね・・・メンヘラだっけ、ヤンデレだっけ・・・なんかそういうやつ。


「貴女・・・うちの右子さんに何か?」

「え・・・いや、私、その子と3年前に・・・」

「3年前?それはおかしいわ・・・だって右子さんはずっと私と一緒に居たのだもの、貴女に会っていたなら私にも会っているはず・・・」


あれ・・・なにやら不穏な空気が・・・


「でも私、間違いなくその子と・・・あの場所で・・・」

「私に口答えとは、何様になったおつもりかしら?・・・この庶民風情が」



それは、すごく聞き覚えのあるあの台詞だった・・・声の冷たさも、押しつぶされそうな威圧感も・・・


「まぁ良いわ、本人に聞いてみれば全てはっきりするもの・・・」


確かに、彼女は悪役だった・・・彼女は間違いなく二階堂綾乃グレース・・・ゲームにおける最大の敵だ。



・・・それでも、私は・・・



「右子、あの人はそう言っているけど、会った覚えはある?」



私は・・・選んでしまった。


それが、どういう結果を招くのかを知りながら・・・



「いいえ、全然知らない人です」

「そう・・・そうよね」

「そんな・・・」



葵ちゃん、ごめん・・・私達、友達にはなれそうにないや。


だって今から貴女は・・・私の・・・私達の敵なんだもの。

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