第9話「ここが・・・綾乃様のお屋敷」
「こ、ここが・・・綾乃様のお屋敷・・・」
丘の向こうにそびえる白亜の城。
二階堂家の屋敷を前に、モブ顔の一年、五味原さんが感動に震えていた。
うわ、比喩とかじゃなく本当にぷるぷる震えてるよ、この人・・・
「・・・あの、本当に僕らなんかがお邪魔して良かったんですか?」
「ええ、気にせずゆっくりしていくと良いわ・・・門限があれば今のうちに千場須に伝えておいて」
「別に門限はないですけど・・・あんな高そうな車で家まで送ってもらうのも気が退けるというか・・・」
申請が無事に通ったので、我ら二階堂候補一派は放課後、お屋敷に集まる事になった。
別に教室でも良いんじゃないかと思ったんだけど、他の生徒の迷惑になるって綾乃様が主張したのだ。
あの様子だと、友達が増えて嬉しいんだろうね・・・あんなのだけど。
「右子、左子、お茶とお菓子の用意をお願い」
「はーい」
「ああっ!この壺、十二代目の備前作じゃないですか、人間国宝の!1000万くらいするんじゃないですか?」
「そうなの?五味原さんは詳しいのね」
後ろからなんか物騒な金額が聞こえてきた・・・昔割ったやつもそんなにするのかな。
お菓子の方は左子に任せてお茶を入れていると、千場須さんに呼び止められた。
「お二人とも、屋敷にいる時は着替えていただけますかな」
「あ・・・」
そういえば制服のままだった。
今は学校の活動の延長みたいなものだし、着替えなくてもいいかなって思ってたけど・・・そうはいかないようだ。
「あまり厳しい事は言いたくありませんが、それが屋敷のルールですので・・・」
「ですよね・・・」
パーツ交換式だから着替えそのものは楽なんだけど・・・外の人間にメイド姿を見せるのは抵抗がある。
私が躊躇ってる間に左子はさっさと着替えてしまった、あの子は結構割り切ってるのかな。
なかなか着替えない私をジト目で見てる・・・もう、着替えれば良いんでしょ、わかったってば。
「メイドさんだ!先輩がメイドさんになってる!こうやって毎日綾乃様のお世話をしているのですね!」
うわめんどくさい。
カートを曳いて現れた私達のメイド姿を見て、五味原さんがある意味予想通りの反応を示した。
こうなるから嫌だったんだよなー・・・ゴミ子め。
「ふふっ、そうなの・・・二人にはいつも助けてもらっているのよ」
「くぅ、憧れるぅ!」
綾乃様も嬉しそうにしないで、ゴミ子が止まらなくなるから!
「やっぱりこういうお屋敷にはメイドさんですよね、先輩、メイド服触っても良いですか?」
「別に良いけど・・・」
「うわぁ・・・やっぱりエプロンの下は黒ですよね、うんうん」
それ・・・あんたが今着てるやつと同じなんだけど。
そういえば木立くんの方は反応ないのかな・・・中学生男子なんてこういうの好きそうだけど。
ほらほら、メイド服だぞ~・・・あ、チラ見した・・・なるほどそういうタイプか。
「もういいかな五味原さん、お茶とか出すんで・・・」
「はいっ!堪能させて頂きました・・・ってこの香りは、ダージリンのファーストフラッシュですね!」
「よ、よくわかったわね・・・」
紅茶の種類とかわかんないんだけど・・・きっと良い茶葉使ってるんだろうなー。
そしてお茶請けとして出てきたのは、ちょっと厚みのある苺ショートケーキ・・・たぶんホールケーキを6等分したものだろう。
さっき左子の口元からベリー系の匂いがしてたから、用意した時につまみ食いしたんだろうね、お姉ちゃんは気付いてるぞ。
「さぁ頂きましょう」
「「いただきます」」
こんな感じで、お茶会風にゆるく会議が始まった。
「ええと、選挙に向けて、まず必要になるのがポスターとチラシなんだけど・・・」
「その前に質問良いですか?」
「何かしら」
おや木立くん、おとなしそうに見えていきなり質問か。
私としてはポスターとチラシ・・・実際の選挙が始まる前に用意しておかないといけない物だ。
特に手書きで作らないといけないらしいポスターは早く着手してしまいたいんだけど・・・
「二階堂先輩は何か目標とかビジョンみたいなのはあるんですか?生徒会長になった時の・・・僕まだその辺の話聞いてなくて」
ビジョン?・・・もやしのくせに生意気な。
いったい中学の生徒会に何期待してるんだ?よくある漫画の生徒会みたいな権力なんてないぞ?
だいたい綾乃様はあの女に無茶振りされて仕方なく立候補したから、そんなものは・・・
「そうね・・・みんなの背中を少し・・・少しだけ押せるような生徒会、かしら」
「背中を押す?」
「何もしないまま諦めてしまうような事に、勇気を出して最初の一歩を・・・その背中を押してあげられたら良いなって」
「漠然としてますね、具体的なプランは何かあるんですか?」
こいつ・・・ガンガン切り込んでくる。
勧誘した時はちょろそうな後輩だと思ったのに・・・ひょっとして翌年の生徒会長とか狙ってるのか?
あんまり綾乃様を困らせないでほしいんだけど・・・って綾乃様?
「そうね、例えば去年の臨海学校・・・あれは生徒会の立案だと聞いています、普段の授業では出来ない体験・・・ああいった機会を多く作りたいわ」
「臨海学校以外だと何が出来そうですか?」
「ドイツにある姉妹校との関係が形だけのものになっているから、交流を持ちたいわね・・・あちらの協力を得られれば選択肢も広がると思います」
「・・・良いですね、そのプランを選挙の目玉にしましょう」
綾乃様、結構考えてたんだ・・・責任感あるなぁ。
所詮中学だからって何も考えてなかった自分が恥ずかしくなってきたぞ。
「二階堂の系列企業に協力を頼む事も出来るのだけど・・・家を利用するのは、やっぱり卑怯かしら?」
「良いんじゃないですか?それで生徒達が得するなら反対は出ないと思います」
「そうですよ!みんな二階堂家の威光に平伏せば良いんです!」
「や、それはどうかと思うよ・・・」
「なんでですか?!やっちゃいましょうよ!」
「・・・ケーキ美味しい」
結局、ドイツの姉妹校との交流を全面に押し出していこうという話になり、ポスターやチラシも国際色アピールの方向で作ることになった。
二階堂家の協力は・・・匂わせておけば何人かは勝手に誤解するだろう・・・ゴミ子のように。
「・・・これでだいたいのプランは決まったわね」
「ええ、みんな、お願いね」
「「おー」」
各作業の分担も決まって5人は一致団結。
こうして私達の選挙活動が始ま・・・らなかった。
『二階堂綾乃グレースさん、生徒会室に来てください』
選挙戦開始を翌日に控えたその日の謎の呼び出し・・・綾乃様は呆然とした顔で帰ってきた。
その両手いっぱいに5本の筒を抱えて・・・パッと見、卒業証書が入ってるやつに見えるけど・・・
「他の候補が全員辞退したって・・・」
「へ・・・」
「それでね、今年は自動的に私達が当選だって・・・これ皆の分の生徒会当選証書」
「ええええええ!」
「誰も綾乃様には敵わないと思ったんでしょう!当然の結果ですね!」
まさかの不戦勝。
ま、まぁ・・・こうなる可能性も考えなくはなかった・・・二階堂家が、あの女が裏から手を回せばこれくらいは。
・・・がんばってポスター描いたのになー。
「予定していた選挙演説の代わりに就任の挨拶をするように、って・・・持ち時間一人5分で」
「それ私も?」
「ええ、5人全員」
「・・・」
『この度、生徒会長に就任しました。二階堂綾乃グレースです』
スポットライトを浴びて、その金色の髪がキラキラと輝いている。
大勢の生徒達の視線が集まる中、臆する事無く堂々と語るその姿は・・・やはりゲームで見た綾乃グレースと瓜二つ。
『私は皆さんに、自分がやりたい事に挑戦してほしいと思っています、私達生徒会がそのきっかけを作りたい・・・迷っているその背中を一歩押してあげられる、そんな生徒会を目指します』
このやる気に溢れる綾乃様と、意外と有能だった一年生コンビ。
それに加えて二階堂家のバックアップも完備。
私達の代の生徒会は黄金時代として、この中学の歴史に名を残す事になる。
しかし私は不安を感じ始めていた。
もしも・・・
もしも彼女が影武者などではなく・・・綾乃グレース本人なのだとしたら・・・
いやいや、そんなわけがない。
見た目以外は別人じゃないか・・・でも・・・やっぱり別人だよ、うん。
私は葵ちゃんと共にハーレムルートへ進むんだ。
いつ起きるかわかってるイベントを回収するだけの簡単な作業で約束されている確かな勝利。
おこぼれにありつけるように私の能力値も上げてるよ、勉強がんばってる。
準備万端抜かりなし。
それなのに・・・どうしてこんなに胸がざわつくんだろう。
「右子先輩、緊張してるんですか?」
「え・・・ま、まぁね・・・あの綾乃様の後だし・・・」
「大丈夫ですよ!しっかり骨は拾いますから!」
「失敗する前提なの?!」
「その方が私達が楽になるんで!ここはひとつ後輩を助けると思って・・・」
「ああ、その心配はいらないと思うわよ」
「?」
『副会長、三本木右子です。双子なんですが、だいたい右にいる方が私です。よろしくお願いします』
疑問符の抜けないゴミ子を放っておいて、私は無難に自分の番をこなす。
綾乃様の後の緊張なんてたいしたことじゃない、この後を知っているのでむしろ気が楽だ。
『・・・これからも変わらず、会長となった二階堂さんを支えていきたいと思います』
最後に一礼して退場する・・・我ながら可もなく不可もなく、程々にやれたと思う。
そして・・・静寂が支配した。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・ぺこり」
持ち時間の5分を終始無言で通した左子である。
本当に何も言わなかった・・・後に「交響曲4分33秒」の通称で語り継がれる事になる伝説の演説だ。
「先輩、良いんですか?あれで?」
「別に良いんじゃない?・・・左子、お疲れ様」
「・・・ん」
「ほら、五味原さん、出番だよ」
「この空気むっちゃやりにくいんですけど?!私にどうしろと!」
「じゃあ骨は僕が拾いますね」
「そんな!」
「・・・がんば」
「うぇぇ」
「ほら、さっさと行きなさいって!」
往生際の悪いその背中をドンと押してあげる・・・たしかそんな生徒会だったよね?
副会長だし、さっそく有言実行だ。
・・・後の事は後になってから考えよう。
だけど時は無情に流れていく、二年の月日はあっという間だった。
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