第22話 我が侭な天女(二)

 直人は、高天原の漆としては『無能とまでは言われぬように』、しかし玄冬としては『一般人に強い影響力を持たぬように』生きてきた。

 自分の能力の見せ方と伏せ方、自分と他人との距離感を制御する方法は、七年の間に師匠が教えてくれた。


 それを、こんな他愛のない学校行事で、つい最近出会ったばかりの、腹違いの妹かもしれない少女の我が侭の為に、崩せというのか。


「直くんっ!ダンクシュートしてよ!しないとチューしちゃうぞ!!」

「いい加減にしろ!!俺の部屋出禁にするぞ!!」


 直人は0.01秒で後悔した。

 今のは絶対、墓穴を掘った。周囲の視線が痛い。

 直人は大声を出さない《設定》なのに、二度も例外をやらかしてしまった。


 滅茶苦茶だ。

 設定も。生き方も。


 懸命に生きてきた紅は、《本気》を出そうとしない直人を、このままでは居させてくれないのだろう。


「無茶振りしやがって!!」

 バスケ部間のパスをカットして跳び、空中で体を捻ってスリーポイントを放った。


「高天原、お前って何者?実は忍者?」

「陰キャの七番目だろ。今更態度変えるなよ」


 いくら直人ひとりが《本気》を出そうとしてもで、チームプレイなのだから相手を完全に防ぐのは不自然だ。

 そんな勝ち方をしても、ギャラリーはともかくチームメイトの中には釈然としない思いが残るだろう。


 だから、追いかけて、追いかけて、点差を詰めて、また開けられて、それでも追いかけて追いかけて、やっと


 一点差。

 しかし残り2秒。


「これで満足かよ!!」

 高く跳んだ直人の両手がゴールのリングを掴み、真下に放たれたボールが床を跳ねた。――――そこで、ホイッスル。


「高天原あああああ!!」

「チョー達様あああああ!!」

「ダンクすげええええ!!!」

「マジ勝ったじゃんコノヤローーー!!!」

「痛えよ」


 こんなに一方的にボコられたことはない。

 こんなに青春な感じにボコられたこともない。

 たまには、悪くないかもしれない。


――――なんて、どうかしている。


 明らかに落ち込んでいる様子の相手チームと挨拶をして、直人達はコートから出た。

「バスケ部からスカウト来るんじゃね?」

「来ねえよ」


 どの部活動にも参加する気は無い。

 直人の身体能力は、高校生レベルのスポーツではチートだ。

 たまたま特殊な家系に産まれ、幼い頃から特殊な鍛錬を積んで鍛えた肉体。


 特殊で過酷な鍛錬に耐える事が出来たこと自体が既に才能で、師を殺せる酷薄を備えていたから、《玄冬》の名を継ぐことが出来た。


 この学校に集う少年少女と、その輪に飛び込んであっという間に友人に囲まれるようになった紅。そのどちらとも、直人は違う生き物なのだ。


「直くん!」


 紅が、陸上部からスカウトが来そうな俊足で突進してきた。

「カッコよかったよ~!!」


 直人は紅の体を抱き止めたが、全く減速せずに、寧ろ加速して飛び付かれるのは二度目。


 紅は、直人を信じていると言ったけれども、それは直人がよろめきも引っ繰り返りもせずに受け止められることを『知っている』ということだ。


――――お前こそ、何者なんだ?


 本当に、紅は《弥栄一族》の者なのだろうか。

 遺言で母を殺した、それだけでは済まない《人殺し》と呼ばれる女たちのひとりなのだろうか。


「すっごくカッコよかったよ!」

「……どうも」

「世界で一番カッコイイよ!」

「それは無い」

「も~!僕は嘘は吐いてもお世辞は言わない女なのにー!!」

「……べに」


 直人は、静かにその名を呼んだ。


「なぁに?」

「俺を試すな。お前が我が侭でも、お前が望むことは、出来る限り叶えてやるから」


 紅は、黒目がちな目で直人を見上げ、きょとんとした。

 でも、すぐににこりと笑った。


「うん、わかったよ!」

 直人に抱き付いていた細腕が緩み、柔らかな体が遠ざかる。


 思うより聞き分けが良くて、拍子抜けして、一抹の寂しささえ感じただなんて、気の所為だ。


 直人は苦笑すると、紅の頭を軽くぽんぽんと撫でて背を向けた。

 その背後で、何故かキャーッとという女子の歓声だか悲鳴だかよく判らない音声。でも、コソコソと、


「ほら、リアル頭ぽんぽんだよ!」

「直人君が笑うとこ初めて見た!」

「陰キャじゃなくて、実はクール系!?」


「全部聞こえてるっつーの……」


 確かに、俺は笑わないキャラだったな、と直人は思った。


 無表情は、設定と言うよりも自然に身に付いてしまった標準仕様だと思うのだが、覚えていない幼少期はどうだったのだろう?


 最後に心から笑ったのはいつなのか、その記憶は彼方で覚えていなくても。

 これからは、きっとそうではなくなっていく予感がした――――紅の隣で。


「うーん、僕以外の子に、直くんの笑顔、見られちゃったなあ……」


 もう、直人は体育館から出て行ったから聞こえないだろう。

 紅は、得意気に言った。


「直くんが素敵なのも僕にいっぱい優しいのも、いつもだよ!」


 友人達の、いいなあ、羨ましい、私もあんなお兄ちゃん欲しい、と言う声を聞きながら、紅は小さく「みんなウソツキだなあ」と呟いた。


――――本当は、直くんみたいなお兄ちゃんじゃなくて、彼氏でしょ?


 紅は笑った。

「ふふっ、直くんみたいな人なんて何処にもいないし、直くんは僕のだから、あげないよ!」


 直人は紅の兄、ではないかもしれないから。

 せめて、紅が母の《依頼》が果たすまでは、独占していたいから。

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