第17話 人殺しの天女(一)

 忍は「つれないねえ」と言いつつ、機嫌を悪くした様子でもない。


「今、お前が考えてること当ててみようか。『仕事の取引相手と必要な連絡を取っているだけで、仲良くする必要はない』だろ?」

「前半は合ってる。後半は思ったことがない」

「へえ?」


 忍は、意外に思った。この弟はでは、同母兄で恩人である《弐》の継人以外には、心を閉ざしているし今後開ける気も無いと思っていたのだが。


「仕事とプライベートの線引きはあるけど、拒否はしてないって感じ?」

「拒否はしてない。でも、俺と忍が仲良くって、何をどうするんだ?」


 直人の異母兄、《高天原の肆》高天原忍は、彼らしくもなくぽかんとした。

 そして、今日もこの弟は面白いと笑った。


「今時、ロボットでもそんなん言わないぞ。もうちょっと人間らしく生きてみろ」

「…………」


 人間らしくとは、どういう意味かわからないと言えば、また忍は面白がるのだろうか。

 ひとでなし、くらいでないと、玄冬を名乗ることは出来ないのではないか?


 でも、直人の師は、先代玄冬の功は、ひとでなしだっただろうか――――


「俺を呼び出した要件は?」

「《依頼》の最新の情報だよ。まずは――――」


 大画面に、パッと立体の人物像が映し出された。


「驚いた?」

 忍は、謎かけのように言った。


「そっくりだろ?八坂紅ちゃんに」


 ディスプレイに映っていたのは、鎖骨から上の美しい女性だった。

 透き通るように白い肌と、赤い唇と、濡羽色の髪。黒曜石の瞳は大きく、しかし目尻はスッと切れ長だ。


 憂い顔のようにも僅かな微笑みのようにも見える、その女性は――――


「因みに、俺は驚いたよ。八坂紅ちゃんはカメラ映像しか見ていないけど、ここまで双子状態とはね。年齢は違うけど、それ以外の違いってほくろの位置くらいだろ?」


 忍の言う通りだった。そっくりだ。

 紅は左目下の泣きぼくろが印象的だが、緻密な再現映像であろうこの女性は、口元のほくろが赤い唇を引き立てるような色香がある。


「彼女はの通称は、八坂蘭。紅ちゃんの母親だよ。推定29歳当時の画像から創り出した映像なんだけど、二十歳くらいでも通用する。……天女だから歳を取らない、って言われても違和感がないよ」


 天女。今、忍はさらりと口にしたが、直人は同じ言葉を聞いたことがある。

 紅が、嬉しそうに言っていた――お母さんとお揃いだと。


「創り出した、っていうことは、忍はこの人の姿を知らなかったんだな」

「ふふ、聞き逃してくれないね。そうだよ。名前は偽名だろうし、写真のひとつも残っていない所からの人捜しだ。それでも、似顔絵や写真は人捜しの基本だよ」


 今日の忍は、口が軽い。

 直人が依頼したのは紅の出自と生い立ちであって、その母親の情報は過程に過ぎない。


「八坂蘭を探す依頼も引き受けていたのか?」

「本来は、依頼人と依頼内容は明かさないのが《情報屋》のポリシーだけどね。でも、八坂蘭の死亡と八坂紅の居場所がわかった今なら、紅ちゃんのボディーガードに情報を渡しておく方がいい……っていう俺の自己判断さ」


 紅が見せた魔性の笑みと、謎の言葉がよぎる。


――――本命は、僕じゃないの。

 間に合わなくてよかった。お母さんは、誰の妻にもならずに済んだもの――――


「八坂蘭の行方についての捜査依頼人は、我らが父上・高天原識ではない、とは言っておこうか。過去の恋人か愛人を捜す為に、自分の息子の手を借りなかったことは、少しは倫理観が残っていたのかもしれないねえ」


 可笑しそうに目を細める忍は、どこかいたずらな猫を思わせる。

 それでいて、凜とした母親・梓にも、優等生代表の妹・睦にも似ているのが不思議だ。


「俺が、情報戦で負けたのは初めてだよ。まあ、俺は八坂蘭の顔も知らない所から始めたのがハンデではあるけど、我が父上に暴力性以外で負けるのは、本当不本意なんだよね」

「当主の前で言ってみろ」

「いやいやいや、命の危険を感じるのは、直人に人質に取られた一回だけで最後にしたいね。俺は平和主義者なんだよ」


 平和主義の科学者は、好戦的な表情で、美しい女性像を見つめた。


「天下の高天原財閥総帥でも、三十年近くかかったとはいえ、俺よりも先に紅ちゃんに辿り付いていた。これはもう、『執念』ひとつでやり遂げたようなものだよ。例え、父上が私財の大半を注ぎ込んでいたとしてもね」


 執念。直人も、紅の依頼を受けた時に同じ感想を持った。

 天下の高天原財閥総帥ならば、いくらでも好みの女を妾に出来るだろうに。だが、この天女のように美しい女だけは、唯一最期まで意のままにならなかったのだ。

 

「捜していた期間は、十六年じゃなくて、三十年なのか?」

 紅が十五歳になったばかり。妊娠期間も合わせれば前者になるし、紅自身もそう言っていた。


「通算だよ。紅ちゃんを、自分と八坂蘭の娘だって確信して連れ込んだ程度には、十六年近く前に接触している。でも、それより更に前、30年くらい前が、ふたりが始めに出会った時期だ。俺は、推測でものを言うのは好きじゃないんけどねえ……お前の心当たりは何だ?」


 直人は、忍とは違う。情報が足りない時には、推測と勘で生き抜いてきた。


「……高天原識が、次期当主に決定した頃」


 直人は続けた。


「三十年前、先代の《壱》で正妻の長男・高天原永人ひさとが死んだ。表向きは、突然の病死。秘匿情報は、投身自殺。疑惑は有っても証拠は無かったのが、他殺」


 忍が、言葉を繋げた。


「当時の状況は、先代当主が病身を理由に、《壱》の永人ひさとに当主の座を譲ろうとしていた矢先だ。父上は、次男であっても《四番目》だったし、野心的で高天原家の秩序を乱しかねないから、藤川家に婿入りする話が進んでいた。……っていう、あまりにも都合が良すぎるタイミングでね」

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