第14話 伝説の男(二)
話を出した女生徒は、祟る女神に慌ててフォローした。
「今は誰もいじめてないよ。全部失敗して返り討ちに遭ってるし、中一の初め頃の話だから、後から入学してきた小学生にまで語り継がれる昔話って言うか、伝説になってるんだよ」
「ふぅん?直くんって、目立つことは好きじゃなさそうなのに、案外有名人なんだね。で、何をされてどんな返り討ち?」
「あー、しょーもない話なんだけどね」
一部の男子生徒が、グシャグシャに丸めた紙を直人にぶつけるという、幼稚な嫌がらせをしていた。
「紙だから怪我はしなかっただろうけど…、しょーもないとか幼稚とかで済んじゃうの…?一対複数で、いじめる側は楽しんでるって構図、やられる方は折り紙よりも心が折れるよ…?そいつらの人生、バキバキに折りに行くから居場所教えてくれる?」
「くれちゃん落ち着いて!直人君が折れるわけないから!!」
それはそうだね、と紅は落ち着き、ストンと椅子に座り直した。
「で、ぶつけられた直くんは、どうしたの?」
「律儀に紙クズを拾ったんだよ。それでね」
~三年前回想~
「これ、お前らが捨てたゴミだよな?」
「えー?知らねえよ。気のせいじゃね?」
「じゃー、思い出せよ。ゴミはゴミ箱に捨てなきゃな」
直人は、見事な背負い投げでひとりの男子を床に叩き付けると、馬乗りになってその男子の口の中に、ギュウギュウと紙屑を押し込んだ。容赦無く、頬がパンパンになって伸びきった唇から漏れそうになるまで詰め込んだ。
「何泣いてんだ?ゴミ箱は泣かねえんだよ。鼻水も垂らさねえんだよ。それともゴミはお前か?お前がクズか?」
口は紙クズでいっぱい、鼻は鼻水いっぱいで息が詰まった男子生徒が、白目になった所でゴミ捨て終了。
ほかのいじめる側だった男子たちが、慌てて口の中から涎まみれの紙ゴミを取り出し、直人自ら中学では校内使用禁止のはずのスマートフォンで救急車を呼び、事なきを得た。
そして、直人の異名は『掃除屋』になった。
~回想終了~
紅は盛大に笑い出した。
「あはははははは何それー!直くんの背負い投げ、見たかったな~格好良かっただろうな~。『掃除屋』ってセンスいいね~そんな名前の殺し屋とかいそうだよ。でもさ、それって事なきじゃなくない?」
「まあ、高天原家に手を出して、退学処分にならなかっただけでも……」
「高天原じゃなかったら、直くんが停学処分くらいにはなりそうな案件だねえ。ソイツは停学くらいで済んだの?」
「ううん、自主退学……」
「やっぱり、無かったことにならなかったんだね」
「…あ、紙クズじゃなくて、消しゴムパターンもあったよ。こっちは笑える話」
紙クズ事件よりも前。
やはり男子が、一番後ろの並びの席から直人に消しゴムをぶつけるという地味な遊びをしていた。
その為にわざわざ消しゴムをいくつも買ってきたのだから、変な熱意は感じられるが。
「地味…?熱意…?心の傷は、消しゴムじゃ消えないんだよ…?そいつ、まだこの世から消えていないんだったら名前教えてくれる…?」
「くれちゃん落ち着いて!背負い投げで掃除屋の直人君だよ!?」
「そうだったね」
地獄の底から呪っている様相だった紅は、きゅるんと元の愛らしい表情に戻った。
「そもそも、消しゴムが当たってなかったんだよ。投げた方もノーコンだし、いい線行っても直人君は背中に目でも付いてんの?って感じに避けちゃうし」
「いい線って何…?みんな当たって欲しくてワクワクしてたの…?」
「くれちゃん落ち着いて!逆、逆だから!寧ろ、直人君の避け技が面白くって、投げてる方はイラついてむきになってる状況だったから!」
そして、何個目かに直人の頭に消しゴムが当たるかと思った時、直人はスパァンと素手で消しゴムを弾き返した。
その消しゴムは投げた生徒の人中にヒットして、当たった生徒が椅子ごとひっくり返ったので周囲が爆笑、何も気付いていなかった教師から「授業中にふざけるな!」と雷を落とされた。
「じんちゅう?って何?」
「私も、その時に初めて知ったんだよ。鼻と唇の間の溝で、急所なんだって」
叱られたのに、倒れた生徒が起き上がらない。
不審に思った隣の席の生徒が、どうしたのだろうと確かめると、
「口の端から、ダラ~って血を流して気絶してた…。半目だったし、ちょっとホラーだった」
慌てて教師が確認し、養護教諭を呼べと叫んだのだが、
「必要無えよ。ちょっとばかり寝てるだけだ。放っておけ」
と、《高天原の漆》が言ったので、教師は誰の応援も呼べなくなった。
結局、その生徒は授業再開から五分ほどで意識を取り戻し、口周りに付いた血を洗う為の退室が許された。
因みに、口の端からダラ~は、『人中』に強い衝撃をくらった時に歯茎が少し切れたからで、唾液と混じって流れたので血の量が多く見えただけだった。
「先生にチョークぶつけられ……なかったことも、あったよね」
「チョークを投げる先生っているの?僕、都市伝説か昭和で滅びた人種だと思ってたよ」
その昭和の遺物の教師が、授業中に机に突っ伏している居眠り現行犯・高天原直人にチョークを投げた。
直人は難無くチョークを指で受け止めると、ダーツみたいに投げ返して教師の鼻の穴に嵌まった。
取り出そうとしたら、鼻の穴の中で折れて残りが抜けなくなったので、直人が救急車を呼んだ。その後は昼寝を続行。
「サイレンの音するし救急隊員が駆け込んでくるし、他の教室まで騒ぎになったのに、直人君はそのまま寝てた。…くれちゃん、大丈夫?」
「……ひゃっ、ひゃっ、…腹筋、いたいぃ……ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ」
それで『チョークの達人』という異名が付いたが、ひそひそ声でも聞こえていたようで、
「九文字は多い。高天原よりも長いのはウザい」
と、直人がウザそうに言ったので、『チョー達』になった。
「そっかぁ。それで、みんな怖がってる割には高天原くんじゃなくて、直人君呼びなんだね」
なおとくん、なら五文字で済む。
男子が『直人さん』呼びしたら「お前は俺の舎弟かよ」と無表情で返されたので、男子は名字か名前の呼び捨てが定着している。
「大抵の事はどうでもよさそうだし、直人君の方から何かしたことはないんだ。ただ、何となく近寄り難い雰囲気で、みんな遠巻きにしちゃってたかな……。だから、ちょくちょく学校を休んでるんだけど、理由は誰も知らないの」
このクラスは、中学1年生からあまり顔ぶれが変わっていない。
一芸があり試合やコンクール等で公欠が多い生徒が集まっており、授業の遅れのフォロー体制が整っている。
「直人君って、体育の授業出ないし、体育祭も球技大会も、どっちも出たことがないんだよね。運動音痴説も流れたけど、背負い投げで消し達でチョー達なのにそれは無いって、結局高天原家の事情なのか、どこかで昼寝してるかなのかなってことで、みんな納得してる」
「チョー達だったらゴム達の方が、片仮名でお揃いっぽくない?」
「えっと…、お嬢様のくれちゃんにはわかんないだろうけど、そっちの方はなんか怪しい雰囲気が漂っちゃうから、消し達で……」
「そう?直くん気にしないと思うけどなあ。生より全然いいよ年齢的に」
「………………………………」
話題を変えよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます