第9話 星空

夜の森を、アウラさんの後ろについて歩く。


あの後、アウラさんは男たちを一か所に集めると、何かを唱えた。すると、男たちの姿は一瞬にして消え去ってしまった。立ち入り禁止の場所に入ったということで、罰を受けるらしく、専門の場所に送ったのだとか。


いろんなことがありすぎて、何を話せばいいか分からず、無言で歩みを進めていた。すると、前を歩いていたアウラさんがこちらに顔を向けた。


「遅くなってごめんなさいね。怖かったでしょう?」

「いえ、あの…。す、すみません。僕、迷子になってしまって…。こんな遠くに来るつもりはなかったんですけど、帰り方が分からなくて、それで…」

「うん。大丈夫よ。分かってるから。この森は特殊だから、いろんなことが起こるの。私も、考えなしだったわ。ごめんなさいね。」

「あ、アウラさんが謝る必要なんてないですよ!」

「いいえ、私の責任よ。危ない目に合わせてごめんなさい。」

「僕は大丈夫です!アウラさんが来てくれましたし。…ああいう人たちは、良く来るんですか?」

「そうね…。時々、かしら。いつもは、森の深部、川よりこちら側にたどり着く前に、張り巡らされた魔術で排除されるんだけど、今日は特別ね。ソータがこの世界に来た際に、大きな力が働いたから、その力を感知してここまでたどり着いてしまったのね…。」

「あの、壊れた結界は大丈夫なんですか?元に戻るんでしょうか?」

「大丈夫よ。さっき補修はしておいたから。明日また、補強しておくわ。」


しんみりと話しているうちに、いつの間にか家の前に着いていた。やっと見慣れたところに着いて、ほっとする。家に入ろうとすると、アウラさんから声がかかった。


「ソータ、見て。」


アウラさんの指が差している空へと、目を向ける。


「うわぁ!!」


そこには、一面の星空が広がっていた。キラキラと光る星の隣には、優しく輝く三日月が、俺たちを照らし出していた。


すると、どさりと隣で音がした。驚いて目を向けると、アウラさんが草の上に寝ころんでいるではないか。


「な、なにやってるんですか!?汚れますよ?」

「大丈夫よ!ソータもやってみたら?気持ちいわよ?」

「で、でも…」

「ほら、おいで。」


ポンポンと、草の生えた地面を手で叩きながら、アウラさんは艶やかに微笑む。俺はこの笑顔にひどく弱いのだ。この人の望みは全て叶えてあげたくないような、そんな気持ちにさせられる。


しぶしぶ、アウラさんの隣に寝転んで、空を見上げる。立って見上げるよりも、空が近くに感じるような気がして、確かに気持ちが良かった。


「たまに落ち込んだときとかは、こうやって空を見るの。そうすると、悩んでいたことがちっぽけに思えるでしょう?」

「…アウラさんでも、落ち込むことってあるんですか?」

「もちろんよ。…それって、私が能天気って言いたいのかしら?」

「いえ、そうじゃなくて!!アウラさんって、優しいし、料理とかなんでもできるし、できないことなんて、ないように思えて…。」

「できないことなんて、いっぱいあるわ。落ち込むこともね。今日も、行くのが遅くなってしまったし…。これでもちょっと、落ち込んでるのよ。」

「落ち込む必要なんてないです!ちゃんと助けてくれましたし、あいつらも入ってこなかったじゃないですか?」

「でも、こんな奥まで近づけてしまったわ。外部の人間を寄せ付けないのが、私の仕事なのに…。」

「でも、結果として何もなかったんですから、良かったじゃないですか。」

「そうね…。次はないわ!ソータのことも、ちゃんと守るから!」

「あ、ありがとうございます…。」


ーー男として、頼りきってばかりの自分が、本当に情けない…


アウラさんの言葉に、逆にこちらが落ち込んだ。だがこの星空を見ていると、それもどうでもいいことのように思えるから不思議だ。


ーーアウラさんの言う通りだ。


「なんか、こうやって星を見るの、すごい久しぶりです。元の世界では、星なんて見えなかったので。」

「あら、そうなの?」

「はい。夜も街が明るすぎて、星の光が見えないんです。」

「夜も明るいって、すごい文明ね!どうなっているの?」

「うーん…、説明しろって言われたら、僕も上手くできないんですけど…。」

「いいの!聞かせて?」


ワクワクと目を輝かせて、見つめてくるアウラさんは、月明かりに照らされて、いつもより一層魅惑的に見えた。食い入るように見つめた、次の瞬間ーー。


ドシン!!


「ぐあっっ!!!」


既視感しかないもふもふの巨体が目に入る。


「あら、カイじゃない。急にどうしたの?…あ!ごめんなさい。ご飯まだだったわね。ソータもごめんなさいね、長々と話し込んでしまったわ。」

「いえ…、だ、大丈夫…です…。」

「すぐ準備するわ!」


起き上がったアウラさんは、慌てて家の方にかけて行った。


ーーせっかくの機会を無駄にしやがって…!!


「おら、どけろ!!」


そう叫び、カイの巨体を投げ飛ばす。ストンと見事な着地を決めたそいつは、やっぱり表情の読めない顔でこちらを見た後、家の方に帰って行った。


「おい!!何の反応もなしか!!謝れーーっ!」


本当に、腹立たしい生き物である。苛立つ気持ちを抑え、立ち上がると、最後にもう一度空を見上げた。


あの日。ここに来た日に、元の世界で見た空には、星も月すらも見えなかった。それなのにこうして、今は満点の星空を見上げている。それがとても不思議な気がした。


家に入ると、いつものように美味しそうな匂いが漂ってきた。帰ってきた俺に気がついたアウラさんが、ふと思い出したかのように声をかける。


「ソータ!またソータの話、聞かせてね?」


いつものようにふわりと微笑むと、こちらの返答も待たずに、すぐ作業に戻っていった。


今日は色んなことがありすぎて、目がまわるような一日だった。ずっと歩き続けて、足もクタクタである。でも、アウラさんのこの笑顔を見ると、全てがどうでも良いように感じた。


こんな日々にも慣れつつある自分に驚きながらも、次は何が起こるのか、ワクワクする自分を誤魔化すことも出来なかった。

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