第五傷 痛み、痛みを集めるために 第51話
五限目、クラスでは再び戒田先生が倒れた話題が持ち上がった。それは倒れた理由が判明したからだ。
「脳震盪で倒れたんだって」
「へえー、疲労とか?」
「てか知ってる? 戒田、女子トイレのナプキン持ち帰ってたんだってさ」
「何それ、不審者じゃん」
「マジ脳震盪じゃなくて、死んでくれればよかったのに」
――クソだな。
還太朗は群がるクラスをぼーっと眺めていた。
「太刀川っている?」
教壇側のドアから体育主任が顔を出した。零は何も言わず、体育主任の下まで向かう。手を挙げたりするアクションをしても気が付かれないことを理解しているからだろう。還太朗は怪訝な顔をして横目で見守った。
「ああ、居たのか」
――呼び出しといて、居たのかってないだろ。
「ちょっと話がある」
「……はい」
その瞬間、還太朗の携帯に電話が掛かってきた。零からだ。
――見守れってことか。俺の音声が入っちゃまずいから、ミュートにすっか。
すぐに
どうやら零は生徒指導室へ通されたようだ。ガサゴソと衣擦れの音が混じるが、何を話しているのかは明瞭に聞こえた。
『太刀川はよく保健室に出入りしていたと保健委員会の奴らが言っているが、本当か?』
体育主任が問う。
『……頭痛が昔から酷いの、で、休ませてもらってま、した』
『そうか、戒田とはどういう関係だったんだ。仲がよかったりしたのか?』
――仲がいい、どころじゃないけどな。クソ、腹立つ。
『……いえ、ただベットを貸してもらっていただけなので、特別な会話をしたことがありま、せん。どちらかというと、淡泊な先生だったと、思い、ます。きっと、わたしが人と話すのが苦手なの、を察してくれてる感じ、でした』
『そうか。じゃあ今日は朝保健室へ行ったのか?」
核心に迫る質問ん位、零はやや間を開けてから答えた。
『巡回中、になっていたので、入って、ません。前を通りましたが、静かで何か起きているようには、見えません、でし、た』
『静かだったのか。取っ組み合いをする声とかは聞こえなかったのか? 戒田は強く頭を打ったらしいのだが』
『取っ組み合いだなんて、そんな……戒田先生がするイメージはありま、せん。……ただ、その前辺りに体調が悪い? 頭が痛いとは言っていました、気がします』
零は嘘を重ねて、自分に容疑が向かないようにする。
『それはいつの頃の話だ』
先生からの質疑はかなりしつこかった。事細かに訊いてくる。
――うぜえな。早く終われ。
『結構前、から言っていた気がしま、す。あまり会話をしないので、わかり、ません』
『そうか。何もしてないなら、もっとハキハキ喋れ。次で最後の質問だ』
やっと終わる、そう還太朗が気を抜いた時、度肝を抜かれる質問をされた。
『金髪の頭髪が保健室の掃除ロッカーに落ちていたそうだ。何か気がかりはあるか? 全校でも金髪の生徒は限られてくるんだが』
『……分かりません。掃除の際に紛れ込んだんじゃない、ですか? 憶測、ですが』
『掃除で紛れ込んだのか。それは無きにしも非ずだな。可能性としては充分ある』
還太朗は胸を撫で下ろす。上手く話しの方向を変えてくれたおかげで、還太朗に疑いが向くのを避けてくれた。
『よし、教室に戻っていいぞ。色々話してくれてありがとな』
『……はい、役に立てたら、嬉しい、です』
そう言って零は生徒指導室を出た。と同時に零の方から電話が切れた。
――よかった……マジで零がいい立ち回りをしてくれたな。
還太朗は携帯を無造作にポケットに突っ込んだ。
「ねえ、還ちゃん。ちょっといい?」
零の家で夕飯をつくっている際に、零が声を掛けてきた。
珍しいことだったので、ガスコンロの火を止める。
「どした、零」
「あのさ、ご飯食べ終わったら、計画の擦り合わせをしようか」
「……そうだな」
それだけ言い残すと、零は課題をやりにリビングのテーブルに戻った。零は、還太朗の宿題もやってくれる。それも還太朗が家事をしてくれるお礼だ。幸いなことに零は両利きなので、字が同じという点で糾弾されたことは一度もない。おまけに誰も零と還太朗に接点があり、一緒に夕食を食べていると思いもしないだろう。
宿題をしないといちいち呼び出してくる先生の課題をやってくれるので、還太朗は助かっている。
還太朗は勉強するところがなく、家で課題を広げると、父親の叱責や、兄に課題一式を無惨な姿に変えられてしまう。そのくせ、成績が悪いことに難癖をつけてくるので、無茶な奴らだと痛感している。
食後、二人で使っているスケジュール帳を取り出した。カバーも紙製なので、いつでも燃やして証拠隠滅ができる。
「今日、戒田で試したから、本番はばっちりだよ」
零は張り切って言った。比べて還太朗はあまり様子が浮かばないようだ。
「本当にやるのか……?」
「……どうしたの、還ちゃん」
「俺たちがやってることって、犯罪だろ? いいのか、零は」
還太朗はぶるぶると武者震いをしていた。普段の不良の姿からは想像できない。
「わたしは還ちゃんを守れるならなんでもいい。還ちゃんにはこれ以上、傷を負ってほしくないし、将来を邪魔されたくないの。それにこの計画は何年も前から約束してたじゃん」
そして零はスケジュール帳に指を置いた。
「計画はこの日ね。来週の月曜日、お父さんがハローワークに行く予定の日。きっと行かないでしょうけど」
この日。零は一呼吸置き、にっこりと笑った。
「この日、還ちゃんのお父さんを――しよう」
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